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July 20 [Fri], 2007, 11:30
取り入れられ、法要が行われ、仏にも先祖にも供物を捧げ祈るようになったのは自然な流れだったのであろう。政治力によって分けた明治の神仏分離が起きるまで、神社に鐘楼・仏堂があったり、本殿に仏像が祀られたりしたのは自然であったようだ。
 人々の信仰のなかでは神々への信仰と阿弥陀に対する信仰は全く別の物ではなく、それが一体化重層化し、日本独特の新しいものを数多く作っていくことになる。

 その後、阿弥陀信仰が日本に入ってくるようになり、ここでも日本古来の宗教と浄土仏教が習合する。人々は浄土に魅力を感じ、死後の世界に思いを寄せた。そして阿弥陀信仰の中でも「弥陀の来迎」を日本人は一番注目し、拡大させていったのである。阿弥陀が自分のところへ迎えに来て下さり、浄土へ連れて帰って下さる、という考えだ。弥陀の四十八願というものの中の、たった一つの項目である。そして平安時代以降、来迎図という浄土仏教芸術が生まれた。
 
日本の来迎図をいくつか見てみると、背景には山が使われていることがとても多い。これは
伊藤唯真は「山中に地獄と極楽の高いがあるという、この日本人特有の考え方がバックになっていなければ、聖衆来迎図の背景が必ずと言っていいほど山になっておることの意味あいがわからないと思」うと書いている。

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January 10 [Wed], 2007, 21:18
呼び名、関係がわからない証拠。

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January 06 [Sat], 2007, 0:47
全て言い訳

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December 29 [Fri], 2006, 0:34
鈍くて濃くて浅い紺
奥行きは、あるのだろうか
(あることはとうにわかってる)

点は埋もれてかすみ、
いつしかそれが当たり前で
([当たり前]に完全な共有はない)

甘くみちびく緑の色も
(進むことを許された色、葉緑)
主張を続ける無の白も
(冷たさに、人心地を求めて)




何にせよ、ちらばる色に罪はない

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December 29 [Fri], 2006, 0:25
[三つのことが仮定できます
 線のこと 先のこと 千のこと]

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December 29 [Fri], 2006, 0:24
体の中に一本の線
時折それが 姿勢を正させる
やはり揺らぐこともあるけれど

最近したいこと 

December 19 [Tue], 2006, 9:20
・ドローイング
・仏教について調べる
・写真
・東北、信越方面へ旅行
・もう一回高円寺に行く
・引っ越し
・部屋の改造
・機織り

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November 17 [Fri], 2006, 22:16
[形あるものはいつかは崩れ
形なきものはいつまでも残る]

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November 17 [Fri], 2006, 22:14
そういえば思い当たらないけれど

自己中心的ではないという人は
では何だと形容するんだろう

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November 15 [Wed], 2006, 19:07
良し悪しよりは向き不向き
P R
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