NFでふらふらぶらつきつつ、今週のご飯にカレー量産しつつ、月曜に来る予定の中学の友人二人が揃ってお泊まりしていきそうなのに慌てて部屋片付けてました。
夕方以降フルにかかったけどだいたい終わった。明日仕上げる。
今年あんまりサークルブースに居座ってないな……。明日は店番のためちゃんと居ます。
んで、鈴木其一展行ってきた。
江戸末期はやっぱりいいな。個人的に一番感性合う気がする。どの流派もかなり現代と感性近くなってるよね。写実と装飾と創意と伝統の混ざりかたが程よいです。
細見美術館は規模的にも気楽に見れて有難い。妙に安心して見れる展示だと思う。
しかし私は貴族趣味というか、高尚なにおいがしたら反発感じるんだよな……。いいものは認めるし楽しむし興味持つが、漂うハイカルチャー臭をぶち壊したい衝動がたまに激しい(兵庫のだまし絵展はその意味でも凄く良かった。小さい子供が楽しそうに見て回れる雰囲気があるとか)
美術だ芸術だ言う単語が含むニュアンスが気にくわなくて困る。その周りに勝手に漂ってる、趣味のいいお方しか受け付けませんよー、な空気が非常に苦手だ。
私が興味あるのは、作り手と生み出され方と受け入れられ方とその背景や思想であって。あの独特のお上品な雰囲気に触れたい気持ちは別にないんだよな……。
ハイカルもサブカルも芸術も美術も勝手に作られた定義だ、人間の手で作られた文化なら全部同じ土俵で語れやと思いつつ、色々と矛盾して悶々しております。
文化に境界が生まれるのが仕方ないのは分かるし所謂美術が本来的に富裕層のものなのも分かる。が、今の美術館博物館の閉鎖性はもっと思い切って変えていくべきものだろう、展示室である以上にもっと思い切った教育機関であるべきだろう…!
うん、取り組まれてるのもそう簡単にいかんのも分かってます。
まぁ、どうやら特に根拠なく気持ち悪く感じるから、なんとかもっと親しみやすいとこまで引き摺り下ろしてやりたいだけなのが本音らしい。最近の戦国武将みたく。そしてあの空気が少し解放的なものになればいい。変わればいいな。
まぁ自分は結局大衆芸術に落ち着く事になるらしいのですが。現代美術は垣根作りすぎで逆に好き。
好き嫌い言わず真面目に勉強するです。院試……2月。
あ、とりあえず来年から京都市で博物館ボランティアに参加する予定になっております。経験値積んできたい。ただいま月1で市の教育委員会にて講座受講中。京都市教育委員会、元小学校の施設をまんま利用しててなかなかに素敵でした。
いい経験出来たらいいんだけど。