拾弐ノ色:痣[カカシ*サスケ] 

February 14 [Sat], 2009, 0:12


 何とは無しに撫でた頭が思ったよりも心地好くて、困った。




 [ 痣 ]




 ただ涙も見せずひとり、内に在る己の心と闘っている少年への憐憫では無かったか。
 幼い、と云えば闘志剥き出しで反発するだろうが、彼を縛める業は僅か拾余年という歳月の生が負うには余りに重い。
 労りとは違う。同情……それも何か違う気がする。
 生徒を守りたいと思うのはこの道の教師ならば少なからず抱く感情だろうが、初めて部下として成長した子供たちには殊更思い入れが深くなってしまって居るらしい。部下と割り切る積りでも、やはり放っておけない気持ちが何処かに在る様だ。
 自分と同じ眼を持つ少年だから尚のこと気にして居る。自覚は在った。
 彼の抱える苦しみの一端は自分になら解るのではないか。そう思いながら、同年代の子供たちよりも遥かに秀でた才能を発揮する彼を目の当たりにする度、身体中を巡る歴史を継いだ血から生まれる能力は、所詮後付けの自分の力とは比べ物にならない可能性を秘めているのだと思い知らされる。
 そして、それだけ深い苦悩が彼の身を締め付けてゆくのだろうことも。


 図らずも自分とふたりの時にサスケが自らの境遇について洩らすことが多いのは、彼もこの片眼を意識してのことなのだと思う。其の言葉には弱音や慰めを求めるものは一切無かったが、自らに課した復讐の遂行と野望の達成を望む一方、呪縛からの解放を願うもう一人の彼の存在も見え隠れして居た。中忍試験の途上で得た経験が、彼の心の奥底に憎しみだけではない何かを生み出したのだろう。

 その葛藤を黒い瞳に映して語る姿に、気づけば手を伸ばして居た。
 指先に触れた髪の毛がふわりと揺れる。
 何とは無しに撫でた頭が思ったよりも心地好くて、困った。
 何時もなら直ぐさま振り払う生意気な奴が、意外にも大人しく撫でられて居るのがまた好けない。

(あれ、)

 こんな感覚は過去にも幾度か経験したことが在る。
 不意に触れ合った手に引き寄せたい衝動を覚えたり。
 向けられた笑顔が変わらず傍に在ることを願ったり。
 それは忍びとして生きる者にとっては決して大手を広げて受け入れられる類の感情では無かったが、例え刹那的であれ一時の安らぎを与えて呉れる。女たちは自分の立場を解った上で付き合いをして居たし、それなりの幸せをお互いに見出しても居た。
 しかし今、自分の右手に小さな頭を委ねている相手は其の女たちとは違い過ぎる。立場や境遇は勿論、何よりその性は未熟ながらも確実に自分と同じ種を抱いている子供なのだ。
(参ったな……)
「……何時まで触ってんだよ。」
 抵抗が無いのを好いことに感触を愉しんで居たら、頭上から一向に退かない手へ遂に文句の声が上がる。
「ん〜、なんか気持ち好くってさ。」
「放せッ、」
 正直に云ってみたら乱暴に振り払われた。
「先生に対してそれは失礼ぢゃないか? サスケくん。」
「ふざけるな。」
 両手を広げ、戯けて参ったのポォズを取る俺をキッと睨み付けて来るが、その頬は微かに赤い。第七班の中で一番冷静なサスケではあったが、彼は幾分赤面症気味なところが在る。
 その様子が全く年相応の少年だったので思わず笑ってしまったのが好けなかった。
 彼は益々視線を強くする。
「冗談だよ。」
 そう応えてみたものの、自分の中に冗談では済まない何かが芽生え始めていることを感じ冷汗が流れた。
 気の所為……に、出来るだろうか。今なら未だ……。
 そう思おう。と云うよりも思いたかった。
 本当に、それこそ笑い話にもならない。
 可愛いと思うこの感情に特別な意味が在るなど考えたくも無い。
 慈しみの情でさえ自分には似合わぬと思うのに。
(帰ったら久しぶりにアスマちゃん誘って色街にでも出掛けるかな……)
 気を紛らわそうとそんなことを思ってみたが、馴染みの遊女を思い浮かべてみても如何にも乗り気にはなれそうに無かった。
「勘弁して呉れ……」
 小さく呟き頭を掻く上忍を、釣り気味の大きな眼が訝しげに見上げて来る。
 極まり悪く、まともに眼を合わせることが憚られ視線を下げた先には紅い口唇。
 年甲斐も無く心音が僅かに跳ねるのを自覚し、再び溜息を落とした。