母の門出

October 06 [Mon], 2014, 15:34
昨夜は、夜中3時に母が死ぬ夢を見て目がさめた。

夢の中で、ずーと、泣いていた。

涙が止まらず、目が覚めた後も、涙が止まらなかった。

夢の中の母は、優しくて、余計悲しかった。

ひとしきり泣いてまた寝た。



お母さん、今日からは新しいデイサービス。

母にとって2つ目のデイサービスだった、認知症対応のひいらきの里は8月から行き始め、本当によくしていただいた。
お風呂にも入れるようになり、母も楽しんでいる様子が垣間見れるようになり、2ヶ月かけてやっと軌道に乗ったところで、デイサービスを変えたくはなかったが、、、後ろ髪を引かれる思いだったが、しかたがない。

今度のはケアマネに紹介頂いたとっておきのグループホーム併設のデイサービス。

母もまた慣れてくれたらうれしいな。


かかとのすり減った靴ばかりの母に新しい靴を購入したけど、
気に入ってくれるかなぁ、、、

台風が来てるけど、大丈夫かなぁ、、、

朝散歩行けないけど、機嫌悪くならないかなぁ、、、

心配ばかりが頭をよぎる。





機嫌はあまり良くなかったけど、
新しい靴を履いて、大雨の中出掛けていった。
お母さん、ゴメンね…

父、謎の発熱

September 11 [Thu], 2014, 19:47
9月3日ごろからか、

父が「熱っぽくて頭が痛くだるい」と言っていた。

その日から東京に行く日以外は毎朝母の散歩をうけもって、

父の代わりに買い物などをしたりした。

クリニックで検査するも1週間たっても熱の原因が判明しない。

クリニックから日赤病院を紹介され、

今週は日赤病院で血液検査などをした。

そして、9月10日水曜日。

いつものように母の散歩につきそい、

午前中は天川大島で仕事をして、昼過ぎに南町に帰るも

父から電話があった。

「明日から入院するように先生から電話があった」と。

「どうやら白血病らしい」なぜか声は少しウキウキしているように感じた。

父の入院と聞き、一番最初に思ったのは母の事。

いつかこんな時が来たら、、、と頭でシミュレーションはしていたが、

そんな日は突然やってきた。

母を一人にはできないので、天川大島で同居。

仕事はできれば続けていきたい。。。のか?

でも、仕事と母の介護は両立できない。



このところ調子よく穏やかに暮らせている母を

施設に入れていいものなのだろうか。。。

施設に入れれば確実に認知症は進むとケアマネは言う。

あぁ、この調子のよいまま1、2年は両親で暮らしてくれたら。。。。と思うにつけ、

お父さんのバカ!(T_T)という気持ちでいっぱい。

私はいったいどうしたいのか、

何が皆にとって最良なのか。。。。

お母さんに対する罪悪感に、落ち込むだけ落ち込んだ。



夜になり、高齢者の白血病について調べるまで、

父は白血病を普通に克服するとばかり思い込んでいた。




9月11日

今日は父の骨髄検査があり

病名の告知があった。

「骨髄異形成症候群」というのが病名らしい。


急性骨髄性白血病との違いは、

異形成の細胞の存在割合らしい。

父の状態は12%。

白血病は20%以上。

MDS−RAEB2 という区分だそうだ。なんじゃそら

骨髄異形成症候群は、急性骨髄性白血病の前段階のような状況ならしい。

急性骨髄性白血病に移行していくが、進行は遅いらしい。

ちょっとラッキーと思ったが、実はそうでもなかった。

急性骨髄性白血病は抗がん剤の効果が出やすいが、

骨髄異形成症候群からの急性骨髄性白血病は抗がん剤の効果が出づらいということだ。


骨髄異形成症候群から移行して急性骨髄性白血病になった場合は、

いきなり急性骨髄性白血病になった場合とは、病気が少し違うらしく、

骨髄異形成症候群からの急性骨髄性白血病は抗がん剤の効果が出づらいということ。



とにかく骨髄異形成症候群は、徐々に進行する急性の白血病であるということらしい。

また父はすでに急性白血病に近い段階だそうで、

4段階の内の3だということだ。

このまま放置したら余命は1年〜1年半。



治療としては3つが提示された。


1)支持治療

これは、入院をせずに輸血だけをして、赤血球数を増やし、白血球減少による感染症にかからないように生活をすることで。

感染症にさえかからなければ、そこまでは生きられるらしい。

体に負担がないので、高齢者向け。


2)新薬治療

ビダーザとかアザシチジンとかいう、新薬で、白血病への進行を遅らせる効果があるらしい。

一過性で血液の具合が悪くなるが、1か月投与することで、調子が戻るらしい。

その後は4週間に1週間の割合で入院し、投与をする。

抗がん剤とは異なり、体への負担が少ない。

余命は1年〜2年になるとのこと。

あれ?何もしなくて1年〜1年半? 半年しか進行が抑えられないの?????


3)強力化学療法

抗がん剤の投与をする。白血球が一度はゼロになるので、無菌室で、孤独に耐えながら

吐き気や、だるさ、感染症と戦いながら、4か月から半年間かけて投与する。

まれに完治する人がいるが、がんばって一度はよくなっても50%以上が再発する。

また、感染症で死亡するリスクも高い。

余命は書き留めなかったが、再発するまでの期間によるらしい。

早い人は3ヶ月で再発するとのこと。

つまり余命は1年〜2年が平均というところか。




想像していた骨髄移植による完治というのは、60歳未満の人だけが対象で、

高齢者には骨髄移植はできないらしい。

父も骨髄移植をするものと思っていたみたいだ。

3)強力化学療法 からの 2)新薬治療 ということもできるらしい。



父は、淡々としていた。ヒョーヒョーとしていたというか。

突然の余命宣告?に私はオロオロするばかり。

なのに父は、

自分は寿命に執着はない。

できるだけ苦しみたくないし、

家族にも迷惑をかけたくない。

病院で苦しみながら暮らすよりは、家に帰り、ジムに通ったりして過ごしたい。

という。

2)新薬治療 が妥当なんじゃないかと思っていると。。。

検査入院の1週間の間に家族と相談して一応の答えを出すことになった。


父の余命の話をしているとき、

母は、「早くかえりたい」とぐずり、

椅子の上でモゾモゾしたり、

うろうろ歩きまわっている。

帰ろう。帰ろう。という。

父の病気の事になんてみじんも興味がない。

仕方ない事だけど、認知症がそこまで進んでいるという事だ。



これはもう、父の余生を謳歌させてあげるほうに、

力を注ごう。

と私も決断した。


父はこのところ、本当によく母の世話をしてくれていた。

散歩につきそい、ご飯を3食用意し、掃除、洗濯、買い物、

母の歯磨き、薬の管理、病院、、、、

母は私と二人きりでいると、だんだん不安になるらしく、

父を探すようなそぶりがあったり、

父といると落ち着くような様子もある。



なにしろ、母に巻き起こるすべての事件に

オロオロするばかりの私の、本当に大きな支えになっていてくれたことを

今、思い知らされている。

お父さんが家にいなくて、本当に心細い。

やばい!憎まれっ子世にはばかるからこその長寿なのに、

父は憎まれっ子返上なのか!







夕方、ケアマネが様子を見に来てくれた。

父の事、母の事を相談したところ、

さっそく認知症対応のグループホームを

あたってみるとのこと。

ちょっと冷たいな。と感じることもある、ケアマネだけど、

最後は本当に力になってくれる。

ケアマネのお母さんも認知症で

グループホームにいるとのこと。

気持ちがわかると言ってくれた。

私の優先したい事項が父に絞れたことが

事をスムーズに進められるようになった要因なんだろう。



父に電話でその旨を伝えたら、

「おかあさん、かわいそうだな」

「ノンもかわいそうだ」

と言っていたが

お父さんにこれ以上負担かけたくないし、

治療に専念してほしい。家に帰ってきてからも、気兼ねなく過ごしてほしい。

なにより、家で常に何かを探して、うろうろしているお母さんの為でもある。

それに、いつでも会えるし、いつでも引き戻せる。といったら、

父も納得したみたいだ。

それが皆にとって一番いい」と言ってくれた。





認知症の新薬

July 07 [Mon], 2014, 22:01
金曜日にケアマネに紹介された精神科の医者に母を連れて行った。

このところ、独り言が激しい。

何を独り言言ってるのか聞いてみると、

映画のような妄想を語る。

誰か(すごい権力)が家に来て、

私や家族を落とす。とか連れ去るとか。

ここに住んでいた人は

それが恐ろしくて皆逃げた。

認知症なのに、その妄想はおおむね固定されている。

少し精神を病んでいるだろうか。




精神科の先生は老人だと聞いていた。

イメージでは、ヨボヨボで、しわしわの

ひょろっとした人だったが、

実際は、恰幅のよい、声が低くて、礼儀正しい、

顔にしわの少ない、紳士だった。



検査は、認知症のテストと、脳波の検査だった。


脳波を見た先生は、

お母様は元々聡明な方だったんじゃないですか?

とてもいい脳波ですね。

認知症も普通は後頭部の波から反応が悪くなるのに

かなり状態がいいですよ。

大丈夫。これなら大丈夫。

まだ薬で対応することで、普通に暮らせますよ。

上々です。上々。上々。

と褒めて?くださった。



メマリーという認知症の新薬を処方された。

ある精神科医のブログを見ると

メマリーは感覚的には10人に6人くらいははっきりとした効果がある。
経過が良い人は、非常におっとりし、穏やかな性格に変わったように見える。
しかし、10人のうち1〜3名は効果がなく、
10人のうち1〜2名はかえって興奮するなど病状が悪化する。

とある。

母によい効果があることを祈る気持ちだ。

先生は独り言に関しても、よいお薬があると言っていた。

が、いっぺんにたくさんの薬を処方はできない。

刺激が強すぎるのはかえってよくないらしい。


さっそく金曜日の昼からその薬を母に飲んでもらった。

土曜日に母に会いに行くと、

満面の笑顔で迎えてくれた。

父曰く、とたんに母が少し落ち着いたように見えると。


これは、、、さっそくよい効果が!!!

と思った。


でも、その日の内に機嫌が悪くなったり、よくなったりで、

私にはよい効果があったのかどうか、ちょっと疑問に感じるが

父は、確信的によい効果があったと言っている。


ま、父が一番身近にいるんだから、そう感じるならそうなのだろう。




そして、日曜日

サンドウィッチを作ったので、ニコとU君と公園に出かけ、

ピクニックでもしようと思っていた。

準備もできて、さて、、、、

というとき、父から電話が入った。


母が荒れていると。。。

何度も外に行きたがって、

もう4回も散歩に行っているのにおさまらない。

朝から怒っていてご飯も薬も飲まなかった。



先週、光センサーと、ドアセンサーを購入して

父に手渡した。

父はさっそく、玄関と、外の門に設置したが、

そのセンサーがなってからでは、父の足では母に追いつくのが大変らしい。


最近父は自身の足腰の状態が悪いらしく、

最近針治療にも通っている。

そんな状態だから、母の歩くスピードについていけないし、

長い距離を歩くのが辛いみたいだ。





私が母を連れ出す事にした。

昼を南町で食べた後、外に出たいというので、

買い物に行くことにした。

ただ、最近の母は買い物にまったく興味を示さない。

ドライブがてら農協に野菜を買いに行った後、

前橋公園に行った。

ずっと怒っている。

私が話しかけても答えてもくれない。

ニコリともしない。

ぐるーーーっと歩いて

ベンチに座って風に吹かれる。

もうやることがない。

だけどまだ14時にもならない。

どうやって時間をつぶしたらいいのやら。

帰りたくないと言っていたのに、

今は帰りたいといって怒っている。



このまま家に帰っても父がまた振り回されるだけなので

南町に帰り、銭湯に誘った。

日曜日はお風呂の日だし、広いお風呂に入ったら、

少し気分がよくなるのでは??

ナイスアイデア!

と思ったが、、、


湯船につかって、「気持ちいいね〜おかあさん」と言ったら、

「気持ちよくないよ!」と目を三角にして怒っている。


30分ほどでサッサと上がり、

髪を乾かしてあげたら、

なぜかタオルをたたきつけたりして、

怒りがマックス。

もう手におえない。。。

いい加減私も頭にきて、

「何をそんなに怒ってるの?もうどうしていいかわかんないよ!もう勝手にしな!」

と言ったら

「あぁ、勝手にするよ!言っとくけどね、私はあんたなんて知らないんだよ!」と言われ、、、

もう、私のことを他人扱いし、「あんた」と呼ばれるのにも慣れてきたけど、

やっぱり堪える。。。

や、キレた私が悪いんだけど。



U君に迎えに来てもらい、

天川大島に送り届けた。

いつもビールを飲むと、機嫌がよくなるので、

ちょっと早い時間だったがビールを勧めた。

ビールは飲むが、プンプン丸は直らなかった。

夕飯は父のリクエストで焼き肉にしたが

母の機嫌は最後まで治らなかった。



先生は、薬の量を一度に上げられないから

少しずつ増やすって言ってたので、

まだまだどうなるか分からないが、

もう父の限界が見える。

「もう少し頑張ろうよ!お父さん」っと言っているが、

返される返事が小さい。






月曜日

昼に顔を出すと、また母に振り回されて

父がヘトヘトだった。

朝はわりと普通だった機嫌が

ちょっとしたことで悪くなり、

プンプン丸になってるらしい。



私が見てるから、昼寝してきなよ。っと言ったら

1時間ほど昼寝をした。

起きてから、内鍵の話をしたら、さっそく

内鍵を買いに出かけた。



今日の母は独り言をずーーーと言いながら、うなずいている。

独り言を言いながら、ヘラヘラ笑ったりもしている。

やはり認知症の症状というより

少し精神を病んでいる気がする。




元気のない父を残し、家に帰った。


ケアマネに電話した。

警察犬騒ぎを報告し、

最近の両親のことを伝えた。

ケアマネも父の事を心配していた。



まだ新薬を飲ませ始めたばかりで

様子を見なくてはいけない時期だが、

もし施設を利用するとしたら、

待ち時間とかはどんなものなのか聞いてみた。



やはり、要介護1だと後回しになるので

待ち時間は長いかもしれないとのこと。

要介護レベルは、認知症のレベルと関係なく、

自分で歩けたり食事ができたりできると、

あまりレベルが上がらないらしい。

母の場合もせいぜい要介護2ではないかとのこと。



ただ、紹介してくださった先生が精神科を担当する施設があるが

先生の指示による入院?みたいな形で入所してはどうか?

その施設は、規模も大きく、敷地が広いしセキュリティーもしっかりしているから、

お母さんも歩き放題だし、デイサービスもある。

看護婦さんがいるからデイサービスよりよく見てもらえると思う。

とのこと。



なんかよさそうな話だ。

でもまだ父には施設の話はしないでほしいと伝えた。

だけどもし母の状態がよくならなければ、話を進めようと思う。

母が一度施設に行ったら、もう二度と家には帰れないだろうと思うと

涙が出た。

分かってる。父の事も考えなくちゃいけないって。分かってる。

父のためでもあるし、きっと母のためでもあるはず。

母が安らかに朗らかに過ごせる環境であることを切に願う。


薬が効いてくれたらいいな。

父には後で施設を探してみると伝えよう。。。。




母の認知症

July 02 [Wed], 2014, 21:57
何が悪かったんだろう。。。



母の認知症の症状が少し悪化し、

髪を自分でザクザク切ってしまったり、

父とノン以外の人の認識ができなくなったり、

散歩に出て迷子になるようになったりして、

そろそろ進行したかなぁ、、、というノリで

アリセプトを10mgに増やした。



迷子になるようになったことで、父が毎日監視するようになり、

それでは、父がジムに行けないし、息抜きもできないだろうし、

母も窮屈だろう、ということで、デイサービスに週1で行けるように手配をした。

母は私の家にも週3回、午前中だけ父に送られ来るようになり、

本当に、本当によかったと思っていた。

このまま3年くらいは続けられたらいいと思っていた。

ちょっとスッキリするほど、よい解決策を得たと思っていた。




それもほんの一瞬だった。

父ができるだけジムに行きたいというので、

調子がよかったのをいいことに、すぐに週2にデイサービスを増やした。

2週目くらいまでは、機嫌よく、デイサービスにも行ってたみたいだし、

私の家にも来て、おやつを食べて、笑っておしゃべりをしたりできていた。



ある日、私の家に来ても笑顔もなく、帰りたい帰りたい病になり

目をギュッとつぶり、独り言をコソコソと、ずーーーーーーーーーーと言うようになった。



デイサービスから、帰宅願望も強く、食事もとらず、怒ってしまい、

要するに手におえない旨、ケアマネを通して連絡がきた。

そこから、転がり落ちるように母の言動がおかしくなり、

妄想半分、感情半分で、言ってることも支離滅裂になった。

あれほど、大事にしていた手提げかばんを紛失してしまい、

父には怒りをあらわにするようになった。

明らかに認知症がいっきに進んでしまった!



私なりに認知症が進行した理由を挙げてみる。

1)父に怒鳴られながら自分の意志とは反して毎日出かけなくてはいけない。

2)デイケアは見知らぬ場所で、見知らぬ人が仲良くしている中での孤独感。

3)自分一人になりたいのに、常に父に監視されていて、外に出れない。

4)父はやさしく言っていると言っているが、絶対に頭ごなしに怒られている。


この4つが一度にやってきたのだ。

環境の変化で認知症は一気に進行するという事だから、

もうまさにこれが理由だろう。



父は父で、少し散歩に連れ出してあげると落ち着くと言っているが、

腰が痛いし、足もしびれるとかで、母が満足するほど散歩ができないらしい。

それに母は一人になりたいんだろう。

国道を渡ろうとしたので、「そっちに行っちゃだめだ!」と腕をつかんだら

何度か蹴られたうえに、腕を強く叩かれたとかで、

腕がはれ上がり、真っ青なあざができていた。



先日、警察犬が出動するという騒ぎを起こした。

雨が降ってきたので、警察も急いで探したほうがいいという判断で

警察犬が出動する決断をしたのだと思う。

結局出かけてから5時間経過したところで、5キロほど離れた場所で保護された。

びしょぬれで帰ってきた母は、入れ歯もなくしていた。

入れ歯を自分で外したことなど今まで一度もなかったのに。



母は徘徊をしたかったのではなく、

父から逃げたかったのだと思う。

父の制御する言葉を無視して、

迷うことなく、一直線に北に歩いて行った感じだったらしい。




今は露骨に父を嫌がる母。

結婚して以来、ずっと理性で我慢できていた父の言動が

ここにきて我慢が出来なくなったんだと思う。



私が仕事を辞めて同居することが一つの解決策なのだという事は

よくわかっている。

だけど、今のこの仕事には一旦辞めたら二度とこの業界自体に戻れないだろう。

パートでコンビニなどで働けば、収入は1/4くらいになってしまうだろう。

子供もいなく、いつまでも自立した生活を送るためには、いくら必要なのか。

この今の収入もできるだけ長く維持したい。



仕事を辞めないまま同居しても、

東京に週2回行って、夜10時過ぎに夕飯を食べる私たち夫婦は

両親とはあまりに生活の時間帯が異なり、

そうでなくても父との同居を解消したくて家を出たのに

また父の面倒まで見なくてはいけなくなったら、

心の負担は2倍3倍。。。

今は週3回、両親の家に私が通って仕事をしている。

今週は歯医者と精神科に連れて行くので半休も使ったりしているが、

私が行くと、父は私が遊んでいるとでも思っているのか、あれやこれや頼んでくる。

母の散歩。夕飯の買い出し。母の服の片づけ。

仕事ができないじゃん!忙しいまっただ中だったら、私もキレてたな。。。




結局、私も、父も、自分の都合だけで母の面倒が見きれない。

母抜きであの家に暮らしたい父

父抜きであの家に暮らしたい母

結局施設に住んでもらうことで、母に我慢を強いることになるのか。。。。

母だけが我慢しなくちゃいけない状況、、、そんなのフェアじゃないじゃんねぇ(涙)

これが親不孝でなくて何が親不孝なのか。。。

もっとがんばりたい。もう少しがんばって、親孝行したい。

だけど、どうしたらいいんだ。。。



精神科にかかって、精神安定剤みたいのを処方されたら、

母は少しは楽になるのか。。。?

デイサービスに笑顔で行ける日はくるのか、、、

その2つができるなら、まだまだ私にも親孝行ができる気がするのだけど。




父をこの家(南町)に住ませて

私が仕事を辞めて母と3人で天川大島に住む!

これか!











今日の母

June 13 [Fri], 2014, 19:09


母がデイサービスに行くようになり、

母が社会との接点を持ち、

少しでも楽しいと思える時間を過ごせるようになり、

本当に良かった。

と密かに喜んでいた。



ところが週に2回に増やした途端、

帰宅願望が出て、デイサービスの人を困らせているらしい。

昨日は東京で仕事をしている最中

ケアマネから電話があった。

「お母さん、帰宅願望がすごくて、

カンシャクを抑える薬を処方してもらってはどうですか?」

と言われた。

精神安定剤みたいなものを言っているのかなぁ、、、、

「そんな薬あるんですか???」

「ウチの母、確かに黙り込んでしまったりするけど、

カンシャク?なんて起こしたことないですよ?」

と聞いたら、

「とにかく、これではちょっと、、、」みたいな返事で、



落ち込んでしまった。


やっぱこのケアマネは、、、はずれ なんだろうか、、、

まず薬を勧めるなんて、、、

もしかして母のお世話になってる施設は

認知症の人がすくなくて、

認知症の人のケアが未熟なんだろうか、、



こんなに落ち込んでいたら

午後は仕事ができないかもしれない。。。

と思ったけど、意外と忙しくて、

とにかく思い出さないようにがんばった。


幸運にも、この日は

仕事先でお世話になっている保健師の先生と

一杯飲んで帰ることになっていたので、

先生に相談してみた。

先生は定年退職後もバリバリ働いていた

おしゃれなキャリアウーマンの保健師さんで

先生のお義父さんは先月100歳になったばかり。

ご両親は富山県にご健在で、お母さんは認知症。

なのでいつもいろいろ経験談などを交えてアドバイスをもらったり、

励ましてもらったり、

本当によくしてもらっている。



いろいろ話を聞いてもらい、

元気が出た!

「とにかくいったりきたりよ」と。



とにかく、父に、しばらくデイケアを週1に戻してもうとか、

早く迎えに行くとか、

少し協力してもらうしかないな。

そして気になる事はケアマネと、施設に質問してみよう。

という気になった。






今日午前中父に連れられ母がやってきた。

母はいつも満面の笑顔で来て、

3時間ほど過ごし、帰るころになると

少しそわそわし始める。

飽きて帰りたくなるんだろう。


だけど、今日は笑顔もあまりなく、

すぐにそわそわし始めて

5分置きにトイレに行ったり

2階に上がってうろうろしたり

そろそろ帰ると言ってみたり。

人の不安そうな顔や、挙動は、伝播する。

私も不安になるし、恐怖感が出る。

いつか慣れるのかな。。。




ネットで検索などしてみる。

お菓子など勧めて、気分転換をしましょう〜

とあった。


食べ物に釣られるような人なら簡単なのかなぁ、、、

ウチの母はそんなに簡単じゃないんじゃ!

母が安心して行ける場所を探す旅は続くよ続くどこまでも。





最近の母

June 09 [Mon], 2014, 18:55
土曜日

母の歯医者の日だった。

12時からの予約だったので

早めのランチをしてから歯医者に行ったが、

午前の部の一番最後だったからか、

30分以上待たされた。

そこから45分ほど、歯のお掃除。

ちょっと嫌な予感がしてたけど、

母の顔が超曇ってる。

「どうしたの?お母さん。大丈夫?」

っと聞くも、涙がポロっと流れる。

わわわ。。。

「次からもっと早く終わるようにお願いしてみるね」っと慰めるも

「ダメなんだよ。そんなこと言ったって。決まりなんだから」と涙を堪えている。

何が気に入らなかったのか。。。

きっと母にもわからないんだろうけど。



「お母さん、さぁ、夕飯の買い出しに行こう!何かおいしいもの買おうね!」

「うん。わかった」

「お父さんがね、何かおいしいもの買ってきてくれって言ってたよ〜」

「うそつけ。お父さんはそんなこと言ってなかったよ!

お父さんは朝はいなかったよ!」


いや、確かに、うそだけどさ、、、

そっちだって覚えてる訳じゃないじゃん!(=_=)

お母さん朝からウチに来てて、おまけに歯医者で待たされて

疲れちゃったんだな。。。

とにかくスーパーに連れてって、ささっと買い物をするも、

母の機嫌は直らないばかりか、何もできなかった。

買ったものを袋にも入れてくれない。



そして、自分でも何で腹をたてているのか

理解できていない母は、私に刃を向ける。

私と口もきいてくれない。

この理不尽な仕打ちにすごく悲しい気持ちになりながらも、

それをぶつける場所がない。

母を家に送り、私も家に帰り、ニコをギューっとしたりしてみる。




最近の土曜日のパターン

母が朝来る。

出かける。

食事する。

疲れる。

機嫌悪くなる。




今週からデイサービスが週2回になった。

私はもう少し様子を見た方がいいと思ったが、

父が待ちきれず、、、

ま、それでも母が嫌がってないならいいか、、、

と思い週2回にしたが、

さっそくケアマネから連絡があり、

「お母さん、ご飯を食べると帰りたがって、

落ち着かなくなってしまうので、

少し早くお迎えに来るようにお父さんに伝えてください。」とのこと。

父にその旨話すと、

「昼寝ができなくなってしまう」と。

でも、母がデイサービスの印象悪くしちゃうと、行きたくない!ってなっちゃうよ?

そしたら、お父さんも困るでしょ?というと

「考えておく」と。



もー!昼寝なんて15分でいいじゃん!バカ

お父さんの都合で朝1番、誰よりも早くから行ってるんだから、

お母さんだって帰りたくもなるさ。

と、心の中で怒る。









人は認知症になると、

怒りっぽくなるそうだ。

人によっては、被害妄想などもあり、

お金を盗まれたとか、

いじわるをされたとか、

とても怒って、ひどい暴言を言うようになる人いるらしい。


認知症も中期に入ったと思われるウチの母。

今はもう自分の誕生日や年齢もわからず、

父と私以外のすべての人の事は認識できず、

兄弟の事はおろか、自分が産んだ子供の事も忘れ、

私が自分とどういう関係なのかもわからない。

そして怒りっぽくなったけど、

怒っていても、ノンが近寄っていくと、ぶすっとした顔でイコイコしたりする。

決してひどい暴言は言わないし、

何かひどく人を疑ったりもしない。

お金なんて逆にたくさんくれそうになったりする。

お母さん、認知症になってからも

一所懸命家事をしようとがんばるし、

ノンにやさしい。

いつも話かけるとニコニコする。

根がいい人なんだな。。。

人間、認知症になった時にその人の性格が丸出しになってしまうなぁ、、、



それを考えた時

私は認知症になりたくないと強く思う。

私はきっとU君に迷惑をかけることだろう。

母が父にかけている迷惑とはまたちょっと違う迷惑をかけそうだ。






父の母に対する態度を見ると、いつも腹立たしく思うが、

世の中には、認知症になった妻の世話をまるでしない人もいる。

娘に押し付け、離婚してしまう人もいるそうだ。

それを思うと、父なんて10倍はマシなのかも。

あんな父がいても母は家に帰りたがるんだし。

そういうもんだな。。。




人にはその日のうちに解消できるだけのストレスは

逆に必要なんだそうだ。



私は母の理不尽な態度にへこまされたりするけど、

夜ご飯を食べて、テレビを見てゲラゲラ笑い、

U君と話をしたりして、気がまぎれると、やっと気持ちが上がり、

次の日母に会うと、またいつもの母で

母はニコニコしている。



その事を忘れちゃいけないな。

少しの事に凹んだりしないで、

母の取り扱いにもっと、もうちょっと、慣れなくては。




私が最近忘れっぽいのも

認知症の兆しなのか!?

怖い〜〜〜

母の事

May 24 [Sat], 2014, 13:33
先月、母が自分で髪を切ってしまい、

頭頂部が一部、1センチにしてしまった。

それ以来、はさみを隠したり、

切っちゃだめだよ~などと声をかけたりしているが、

そのときは「うん。わかった」というが

はやりまた切ってしまう。

とうとう、頭頂部は角刈り状態になってしまった。



なので先週、意を決して、美容院でベリーショートにしてもらった。

長めの坊主頭に仕上がった母の印象は、

あまり変わらないが、

ちょっとかわいそうになってしまった(涙)

こんな頭にしてしまった、私も罰として坊主にしなくちゃだ。。。



と、思ったが、とりあえず思いとどまった。

以外にも、ベリーショートがちょっと似合ってたりもする。

ちょっとうらやましい。


*** *** ***

ここにきて、気候がよくなり、

母の徘徊が、とうとう始まった。

たいていは、1時間くらいで帰ってくるらしいのだけど

先日は、迷子になり、パトカーに乗って帰ってきたらしい。

父も心配になり、「一人にしておけない」ということで

毎日午前中の日課であるジム通いも中止していた。



家族会議で地域包括センターに相談して、施設を利用するなどを

検討するという事になった。

父もせっかちで、「で、いつから利用できるんだ?」と聞いてくる。

毎日楽しみにしているジムに行けないのが、よほどつらいみたいだ。



そうでなくても今月は胃が痛くなるほど仕事が忙しいが、

父のためというより、ここは母の為にがんばることにした。

会社を休み、まず、病院に行き、アリセプト(認知症の薬)を増やせないかどうか相談して、

増やしてもらえることになった。

次に地域包括センターにアポをとり、母のデイサービスの事を相談しにいった。



2年前、母の事を相談しにいって、介護認定の手続きをしてもらい、介護認定をもらったが、

母もまだ「そういうところには行きたくない」というし、

父も「お母さんにはそういうところで楽しめる気がしない」というし、、、

いつから開始してもいいかと思い放置しておいた。

昨年、介護認定が、要支援から要介護に変わり、

管轄?がケアマネージャーに変わった。




そのうちそのうちと言い、このまま使わないでいたら、

突然、本当に必要になったとき、

母が安心してデイサービスに行けないと困るだろうし、

母も、もうデイサービスが何だか解らなくなった今!、

そしてなにより、父が母にデイサービスに行ってほしいという気持ちになった今!!

今でしょ!今でしょ!

今なら父も母を送り出してくれるかも!

(自分がジムに行きたい気持ち一心で)



手続きに奔走し、ケアマネージャーと相談し、

ジムに一番近い、こじんまりとしたデイサービスを利用することになった。

私は、ケアマネに「父も午前中医者に行ったり、用事があるので、、」と伝えてあったが、

父はケアマネに、ジムの事、ジムの開始時間、ジムの場所などを

一所懸命説明している(汗)

結局、ジムに行きたい気持ちばかり前面に出てしまう。

まぁ、理由はなんでもいいんだろうしな。。。


月曜 ジムが休みなので、父が面倒を見る。
火曜 デイサービス利用
水曜 午前中だけ私が見る。
木曜 ジムを休む。(来月からはデイサービスを利用したい父)
金曜 午前中だけ私が見る。
土曜 午前中だけ私が見る。

このシフトに決まった。

デイサービスには、父が母を送っていくことになった。

その方が母も行きやすいだろう。

本当は父が早くジムに行きたいだけなんだけど。




あれ?結局私が3日みんのか。。。

ま、うちに来てお茶飲んでニコと戯れるだけだからな。

それでも、母が一言、「一人で家にいるのはつまらない」と辛そうに言ったとき

私はやっぱり親不孝だな娘だなと思った。



で、母が我が家に週3回来るようになって知った

母の平日の様子も結構あって、

ちょっと驚いたりしている。

思ったより認知症が進行してるな~~~

薬を増やすタイミングとしては絶妙だったんじゃないか?

ナイス!おーちゃん。












児童公園にて

December 19 [Thu], 2013, 23:25



いつだっけ。秋だな。

隼平の満面の笑顔。

ごちそうさま。

ハンドメイド

November 23 [Sat], 2013, 14:49
老後の趣味探しに、

一度作りたいと思ってた、ビーズネックレス。

また作ってみよう。


真に私以外の誰のものでもない防衛軍の攻防

October 19 [Sat], 2013, 21:02
登場人物?

味方(白血球 大きくわけると、顆粒球、単球、リンパ球に別れる。)

好中球・・・白血球全体の50%を占めている。一番多いわけが、寿命は短い。将棋でいえば【歩】細菌やウイルスをアメーバーのように食べて殺す。
単球(マクロファージ)・・・細菌やウイルスをアメーバーのように食べて殺す。
リンパ球(組織だって戦う)
 T細胞・・・司令官であり、殺し屋、抗体を作るため、ウィルスの死骸を解析する。
 B細胞・・・抗体という飛び道具を使ってウィルスなどの活動を封じ込める。神風特攻隊
 NK細胞・・・殺し屋

敵(ウイルス)

ウィルスは、細菌よりもずーと小さく体積からすると細菌の1000分の1位。
「ウィルスは、生き物か?、物質か?」というのもウィルスは、生物のように呼吸はしていない。つまり新陳代謝をしていない。
動物の細胞に侵入する為のタンパクの殻の中にDNAもしくは、RNAの核酸を入れているだけのシンプルな構造になっている。
生きていないので、殺すことができないということがまた厄介な所。細菌であれば生きていますので、必ず新陳代謝をしている。
その為には、細菌特有の堅い細胞壁を作っていますが、この細胞壁がないと、生きることはできない。
抗生物質のほとんどは、この堅い細胞壁を作るのを阻害する薬で、人間の細胞は、このような細胞壁は持ちないので、細菌だけを選択的に殺すことができる。
ウィルスを殺すものは幾らでもあるかも知れないが、人間の細胞に害の無いような形で、ウィルスだけを殺すようなものは、なかなかない。
抗ウィルス剤は、通常の細胞まで被害をおよぼすようなものが多く副作用が強い。肝炎ウィルスを殺す為に使うインターフェロンは、髪が抜けたりする抗癌剤なみの副作用。

細菌であれば自分で生きているので、細胞分裂して1匹が2匹になり、2匹が4匹になるというふうに分裂して、増えていける。
ところがウィルスは、自分では何もできない。自分が増殖する為のプログラムが書かれたDNAと、そのDNAを入れる袋でできている。
寄生しなければ何も始まらない。そこで自分が入ることができる細胞の所までたどり着いたらはじめて本性を現すことができる。必ず寄生しなければ活動できない。
ウィルスが持っているDNA(もしくはRNA)を人間の細胞はDNAにすり替え、細胞を操る。ウイルス自身のDNAを入れる殻を作らせ、DNAを複製して、その殻に入れる。
なのでウィルスは細菌よりずうっと効率良く増えることができる。一回で、数十から100匹?に殖えて細胞に満載されると細胞膜を破って外に散らばる。
100倍だとすると1匹のウィルスが、2回のローテーションをするだけで、1万倍に殖えてしまう。


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風邪の原因は、ウィルス。ウィルスと戦ってくれる唯一の者は、白血球。
まず、好中球は、普段活動を停止していてエネルギーを温存している。しかし損傷を受けた細胞が発する警報の化学物質を感知した時には、数分でまっ先に戦場に到着する。
好中球は細菌を飲み込むと普段含んでいる酸素の50倍の量の酸素を吸い込んで、呼吸爆発をし、スーパーオキシドが作られ、一部が分解して過酸化水素になり双方反応して、活性酸素の最終ボスのハイドロキシラジカルを作る。
また塩化物イオンも生成し過酸化水素と反応させてタンパク質を壊す次亜塩素酸という活性酸素もつくり出す。
ま、とにかく、好中球はこのような必殺の有毒シャワーをつくりだして、捕獲した侵入者に浴びせかける。そして消化酵素もだして、溶かしてしまいる。
好中球は、平均25人の敵を倒す。好中球は援軍が来るまでの数時間の間、単独で敵と戦い続ける。

好中球の後に戦場にやってくるのは、マクロファージ(単球)。
現場に到着するまでに数時間かかる。マクロファージは、読んで字のごとく大食細胞ということで、好中球よりも大型で、たくさんの細菌を食べることができる。
好中球とは違って、寿命は長く数カ月もしくは、数年に渡って生き続けることができます。通常マクロファージは、体の掃除屋として働き、死んだ細胞や、酸化した分子、ガン細胞、などを掃除している。
また戦場では、好中球の残骸もかたずけます。外敵が侵入した時には、それを飲み込み好中球のように呼吸爆発しますが、その威力は好中球の4分の1。
しかしマクロファージは、もっと高度な仕事をこなす。
マクロファージは、細菌や、ウィルスを飲み込むと中途半端に切り刻む。
そして、やっつけた相手が、切り刻んだ断片をリンパ球に届ける。
ちょうど車の部品を仕分けして、それぞれのパーツに別けて、犯人の手がかりを壊さないようにしながら、鑑識に届けるようなもの。
受け取るのはT細胞で受け取ったパーツをもとに、効果的な攻撃の作戦をたてる。
またインフルエンザウィルスのような、危険と判断するウィルスに対しては、即座に体温中枢を刺激するインターロイキン1という化学物質を出して、体温を上げるように要請する。
もしくは、ウィルスや細菌の勢いが強いと、マクロファージの体温を上げる要請が多くなり、脳の視床下部では、体温の設定を高い所にセットする。
すると寒気がして、寒い時と同じように血管を収縮して温度を逃がさないようにして、体温を上げます。それでも足りない時は、ぶるぶる震えてセットされた体温になるまで、寒気がおさまりない。
暖かくすると早く体温中枢の指定する体温まで上げることができ、エネルギーの消耗も少なくすることができる。体温が上がるとほとんどの細菌のうごきが鈍くなり、戦況を有利にすることがでる


リンパ球は、大変組織がしっかりした軍隊のようで、司令官がいて、その命令で動く。
司令官は、T細胞。それが花粉なのか、ウィルスなのか、細菌なのか、もしくは、ガン細胞なのかによって戦う方法を決定して、効果的な組織プレイをして敵をやっつける。
ウィルスに対しては、リンパ球しか太刀打ちできない。
リンパ球の組織プレイには、白血球同志連絡を取らないといけない。
その連絡に使う言葉の事をサイトカインといいます。有名なところでは、インターフェロンとか、インターロイキンなどがある。
それぞれ番号がついていて、マクロファージが、インフルエンザウィルスの断片を見つけるとインターロイキン1を出して、同時にヘルパーT細胞を活性化する働きもあり、インターロイキン2の分泌を促す。
そのことによってNK細胞やB細胞の働きを促すようになる。
ウィルスが細胞に侵入すると100匹にふえて細胞を突き破って飛び出したとすると、すぐに1万倍になり、100万倍になります。しかし体の防衛網はそう安々とやられてはいない。

まず第一にウィルスに侵入された細胞はやはりサイトカイン(インターフェロン)を出して近所の細胞にしらせる。
細胞の身になってインターフェロンの言葉を言うと、『やられたーー!気をつけてー!』
この言葉を受けた近所の細胞は、ウィルスに多い二本鎖RNAの翻訳をストップするタンパクを作り、ウィルスの感染に備える。
そのような準備された細胞に侵入してもウィルスは思ったような活動はできない。


またチャンスがあればウィルスに感染された細胞は、ウィルスの断片を細胞表面に提示して巡回中のNK細胞などに見つかりやすくする。
NK細胞がもし細胞に感染された細胞を見つけると、細胞に修復できない風穴を開けてタンパクを破壊する毒まで入れて殺してしまう。

しかし抗体ができるまでは数日程度かかってしまい、それまでの間活躍するのは、キラーT細胞。
キラーT細胞もNK細胞と同じようなやり方で、細胞に風穴を開けて殺す。キラーT細胞は、ウィルスに感染している細胞をその表面に表示されたウィルスの断片を目印に片っ端から殺して歩く。

NK細胞もウィルス感染細胞を見つけて殺すが、その見つける方法が違う。


ウィルスに感染した細胞がNK細胞に殺されると、細胞の掃除屋のマクロファージがやってきて、細胞の破片や生まれる所だったウィルスも食べてかたずけてしまう。
マクロファージは死んだ細胞の臭いをかぎつけて、集まってくる。ウィルスのような爆発的に増える病原体に対しては、NK細胞やマクロファージだけでは、間に合わない。
そこで、マクロファージは、細胞表面にウィルスの断片を提示してヘルパーT細胞に伝える。ヘルパーT 細胞はその断片をもとにB細胞という抗体をつくる白血球に伝える。
B細胞は、ウィルスにへばりついてウィルスの働きを封じ込める抗体を、ウィルスにあわせてつくり、抗体はウィルスに誘導されてくっつく手裏剣みたいなもので、この手裏剣に取り付かれてしまうと、
ウィルスは細胞に侵入できなくなってしまう。
おまけにマクロファージの食べる味付けになってしまい目印になる。抗体ができてしまうとウィルスはひとたまりもない。


抗体をつくるB細胞はウィルスを退治した後、いなくなってしまうが、一部は記憶細胞になって残される。そして同じウィルスが侵入してきたらすぐにでも必殺の抗体を量産して、あっという間に排除してしまう。
この終生免疫ができてしまうと、ほとんど症状が出ることもなく治ってしまう。


--- --- --- --- --- --- --- --- ---

こんなスペクタクルなことが、私の体の中で起こっていたのか、、、

細菌やウィルスのいる世界で生きていく為に大変精巧な防衛機構が備わっているんだなーと、感心してしまう。

素敵!私の親衛隊たち!体内防衛軍!


私自身が何も戦いについて何も知識がなく、

また団体競技にもたいして興味もなく、

そういう気合や気概も持ち合わせていないのに

私の体の中の勇士たちは、私を守るためにものすごい精鋭たちを駆使し、全力で戦ってくれる。

「体がしんどいから、U君、高崎まで迎えにきてぇ」という私のリクエストに

「やだ」と返してくる、パートナーとは大違い。

やはり、私の事を全力で守ってくれていたのは、私自身だったという事実。

涙が出そうになった。

がんばる。がんばるよ!私だけのために、頑張ってくれるパートナーがいるんだから。





P R
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