音楽告白124 The clover /CIRCUIT9プレゼンツ/FUN TIME〜秘密クラブへようこそVol.15 

2006年08月28日(月) 0時27分
高円寺阿波踊り。
人ごみの中 ペンギンハウスへ。
去年も高円寺阿波踊りの中 デラシネを観にいった。
あれから一年 みんなそれぞれ変化している。
デラシネは今年アメリカ・ツアーを実現させた。

The clover の出順は21:00頃とのことだったが 実際それから1時間後だった。
ペンギンハウスということもあって
アコースティック・ギターを持った渡辺夏山(カザン)くん。
1曲目は友人の誕生日のため ハッピーバースデイ と歌いながら
ケーキのプレゼントまでしていた。友人はとても記念になったろうと思う。
2曲目は「ウスタビガ」
3曲目は「さよなら転校生」
最後に「夏の影」
そして終わった。

MCの時 ベースの川原くんに渡辺くんが
「なんかつまんないね」と笑いながら話す。
結構自虐的なセリフ「売れない」とか「ダメです」とか
普通に言う。
それは僕にとっていやな感じは与えていない。
どうしてかというとThe cloverというバンドは
さらけだしているバンドなんだと思う。
カッコなんかつけたってカッコつけてる時だけしか評価されない。
そんな綱渡りならカッコ悪いほうがマシだと言っているようだ。

アメリカの音楽と高円寺の阿波踊り。
ドレスと浴衣。
もうたくさんだ。
日本人なんだから日本語でいい。
アメリカのライブ・ハウスで日本語の歌を歌うアメリカ人。しかも全曲。
しかも客は全員アメリカ人。
ありえない話だ。理解できない。 

3年前に初めて聞いた「夏の影」がなつかしかった。
演奏した曲数は少なかったけど 
どれもコンセプトがはっきりしていて満足だった。

The cloverはライブの数が少ない。
たぶんもうこなすつもりはないのだろう。
渡辺くんのハープは上手い。
ギターも上手い。
しかし一番 力をいれているのが 歌の中のドラマを伝えようとしていることだ。
歌詞がはっきり聞き取れるというのは楽曲の奥行きがでるからいい。

「ウスタビガ」という蛾をモチーフにした曲を聴いた時だ。
うまく言えないけど 僕はひょっとしてこのバンド…と今夜思った。

アメリカに負けた国 日本は自分達を否定しながら再生してきた。
でも もうそんなのは嫌だ と僕には
The cloverの歌が聞こえたのだ。








音楽告白123 アル・クーパー /赤心の心(1972年) 

2006年08月22日(火) 18時46分
アル・クーパー
「スーパー・セッション」とか「フィルモア・イーストの奇蹟」とか先輩にすすめられて 
渋いなあとか思って自分にはまだまだと思いながら 違うこと考えていた。
もっとポップで過激でヘタクソなものが好きだった。
でも先輩はリトル・フィートやらオールマンとか聞かせたがる。
そういうジャンルの人の中にアル・クーパーはいた。

僕には渋すぎるイメージがあってどうも敬遠していたのだが 
今日「赤心の心」を買った。
「赤心」という邦題だけで渋い。
「赤心」とは 偽りのない心 まごころ 誠意 という意味らしい。
本当のタイトルは「Naked Song」である。
「Naked」とは 裸の むき出しの 赤裸々のという意味だ。
逃げ場のないくらいの渋さだ。
まあとにかくボブ・ディランの「LIKE A ROLLING STONE」のオルガンを
採用される可能性が乏しい中 ボブ・ディランの気持ちを惹きつけた
アル・クーパーである。

そして夏バテで仕事を早退した帰り道 買ってしまった。
映画とロックにはなんかこういう昼下がりがチャンスだ。
そして家で聞く。
ずっと気になってしょうがなかった。
3曲目のラブ・ソング「ジョリー」は最高らしい。
しかし その3曲目はとても明るい曲調だった。
そして最後まで聴き終わる。
9曲目の「君はどこへ」とかいい・・・。
10曲目もいい・・・。
なんか ところどころいい・・・。
最初から聴こう。

夕暮れだ。
部屋は暗くなる。
瞬間は来た。

「ジョリー」

アル・クーパーの声は
孤独な男の赤裸々な愛を歌っている。
正直 歌の上手い人ではない。
でも そのおかげで愛を伝えたいという情熱を
気取らずに 情けないまでに正直に打ち明ける
どこにでもいる男の男らしさ。
そこがいい。
泣けるというより 渋いというより
よくぞ歌ってくれたと共感してしまう感じだ。
もう一回聴こう。

JOLIE

きみはまだ若いかもしれないけど
ぼくの知っているどんな女の子よりもいろんなものを身につけている
どこへ行ってもきみの面影が目の前にちらつく
どこだろうとまるで同じ
少し自分を抑えないとね でなきゃ二人ともおかしくなってしまう
ジョリー ぼくのことを思ってくれているの
ぼくのことがよくわからなくなってしまうのかい
ジョリー ぼくの目に入るのはきみだけ





音楽告白122 マーティン・スコセッシ /ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム(2005年) 

2006年08月13日(日) 11時32分
マーティン・スコセッシ監督
1970年「ウッドストック」 
1976年「タクシードライバー」【カンヌ国際映画祭(監督賞)】 
1978年「ラスト・ワルツ」 
ロック アメリカン・ニューシネマとやたら男らしいテーマにこだわる。
監督はボブ・ディランの音楽家 詩人 としての側面を描く。
アメリカの政治家が持つ戦争と人種差別の興奮に アメリカののどかな国民が巻き込まれていく。
多くのミュージシャンが歌うことでその熱を冷まそうとする。
その決定打がボブ・ディランである。
しかし ボブ・ディラン本人は
あまりそのことにのめりこんでいたわけではなかった。
反戦の旗手としてフォーク・ソングを歌い
アメリカの国民が愛し 社会派シンガーと思われていた彼が
ロックに身を置き活動を始めた途端に煙たがられていく。

ステージで歌い始めると観客は野次る。
しかしホールは満員である。
ディラン自身もその事実にとまどっている。
もしその野次る気持ちが本当なら
誰も彼のステージを観ようとは思はないのだから。

時代は変る

そう共に歌い支持してきたファン。
まさにボブ・ディランとは歌の通り正直に自分を歌っただけだ。

ボブ・ディランの生い立ちから1966年までが映画の中で語られる。
アレン・ギンズバーグのインタビュー
DON'T LOOK BACKのPV
この二つが個人的にはとても嬉しかった。

そして観客の野次の中で歌うディラン。
それほどファンとの距離が近かった存在だった頃のライブ映像。
まさか気づかぬうちに時代が変っていたなんて
誰も想像できなかった夜
ディランはバンド・メンバーに楽器のヴォリュームを上げようと言う。
孤独に立ち向かう準備はすでにできていた。

LIKE A ROLLING STONE

その瞬間 彼はもう新しい仲間達と歌っていた。
ディランに罵声を浴びせかける観客一人一人の名前を時代と呼びながら。








音楽告白121 ジャン=リュック・ゴダール/ワン・プラス・ワン(1968年) 

2006年08月06日(日) 17時39分
ジャン=リュック・ゴダール

フランスの5月革命の中 自身の政治論と
ローリングストーンズによる「Sympathy for the Devil」の
製作過程と併せて映画化。
ゴダールの政治論は批評的で 当時を批判しているとは思う。
アメリカにおける大国主義をナチス的に表現したり 
人種差別問題を取り上げたり。
この映画を観てどれだけの人がゴダールの影響を受け政治的になったのか。
ゴダールがこの映画を撮影し
世界の政治にどれだけ関わり改革ができたのかは疑問だ。
たったひとつ ヌーヴェルヴァーグが古い波になってしまった後の 
ゴダールの立っていた場所。
それだけが分かる。

ローリング・ストーンズ

ミック・ジャガーが「Sympathy for the Devil」をギターを弾きながら歌い
ブライアン・ジーョンズがそれに合わせてギターを弾いている。
しばらくすると遅れてきたキースが二人に合わせてギターを弾き始める。
3本のアコースティック・ギター。
これが最初のシーンだ。
この翌年 1969年6月8日にブライアンは脱退。
一ヵ月後の7月2日 自宅プールで死んでいるブライアンが発見された。
リーダー・シップをミックとキースに奪われ 
恋人もキースに奪われたブライアン。
この映画の中で彼のギターの音は聞こえない。弾いているのに鳴っていない。
ニッキー・ホプキンスのオルガン ピアノがかなりの演奏の比重を占めていて
アレンジは何度も変えられていく。
キースがベース ビル・ワイマンがチャーリー・ワッツと一緒にパーカッションを担当している。
映画最後にはアルバム「Beggars Banquet 」に収められたアレンジとなり
メンバー達のコーラスとミックの歌の録音風景が映しだされる。
ストーンズは映画の中で楽曲を完成させていく。

政治とポップ・ミュージック

映画の中の時間で完成できない政治とできる音楽。
この映画も賛否両論だと思う。
この映画の僕の感想。
政治とブライアン・ジョーンズの死は
真実を明かさない。
時が経ってこの映画の意味は
ゴダール ストーンズ 両者にとって
深刻になってしまった。

ジャン=リュック・ゴダールのこの映画に対してのコメント

「私が作らなければいけないのは 美しいアートや美しい作品ではない
 実際に私たちがしてきたことや これから向かう先を描きたかった
 それがこの映画の大きなテーマなんだ」


音楽告白120 ブライアン・イーノ/ビフォア・アフター・サイエンス (1977年) 

2006年08月05日(土) 3時56分
もどかしさを感じながらの生活。
でも やっと怒ることができるようになった。
怒りがおさまらず眠れない。

でも感謝しよう。
この気持ちに。
今夜 この曲を聴けるのは 
この怒りのおかげなんだから。

ブライアン・イーノ
ドラムは最高の楽器だと言う。
アルバムに空気を吹き込む
アーティスト。

このアルバムの8曲目。

BY THIS RIVER

僕らは河の畔で途方に暮れている
空のもとで君と僕
空はきりもなく落ちて 落ちて 落ちてくる
きりもなく落ちてくる

大洋は漂流しているかのような日々
ここで待つうちについつい忘れてしまう
僕らはなぜここへ ここへ ここへ来たのか
僕らはなぜここへ来たのだろう

君の話し声がずっと遠くに聞こえる
僕が選んで答える気持ちは
別の 別の 別のときのもの
別のときのもの

音楽告白119 バットマン&ロビン ~Mr.フリーズの逆襲 ― オリジナル・サウンドトラック(1997年) 

2006年06月26日(月) 21時43分
1曲目に「ジ・エンド」(スマッシング・パンプキンズ)
11曲目には「ポイズン・アイヴィー」(ミシェル・ンデゲオチェロ)
14曲目には「モーナー」(アンダーワールド)
とてもいいんですが 
なんといっても
5曲目の「レヴォリューション」(R.E.M.)
この曲 異常にいい。
この曲だけ何回も聴いてる。
マイケル・スタイプがカミング・アウトしてから ちょっと敬遠しているR.E.M。
バンドって音が気に入っていて好きなんだけど。

まあとにかく「レヴォリューション」って曲は僕をロックから離さない。



音楽告白118 ブロンディ/恋の平行線(1978年)  

2006年06月20日(火) 21時41分
1978年発表の3作目。
1曲目「ハンギング・オン・ザ・テレフォン」が最高。
実は僕はマイナーコードで進行する曲は好きじゃない。
なんか生理的にダメだ。
でもこの曲だけは好き。
10曲目の「ハート・オブ・グラス」は全米でNo.1のヒット曲。
ギターのリフがカッコいい。
ソウルとかの黒人ギタリストの16ビートより ポップセンスとして組み込んだチープな感じがいい。
この感じ以上にうまくなっちゃうとチョッとダメかなあ。
これも大好き。

この後 1979年「恋のハートビート」 1980年「オートアメリカン」とかリリースをして 
今もビールの宣伝に使われてる「夢見るNo.1」(ザ・パラゴンズ「The Tide is high」のカヴァー)
とかがヒットしてるけど ブロンディの魅力は絶対にその前に発表しているアルバムにある。
「コール・ミー」なんか聴くといやになる。
マイナーコードの嫌いな進行が悪い形で強調されてる。
失敗してる曲。
だけどウケてる。

ニューウェーブ・シーンからポップスターになっていったブロンディ。
でもブロンディに関しては裏切られてる感じがしない。
本人達もわかってたんだろうって思う。
メンバー全員が笑って映ってるジャケットのアルバムもないし。

ああ すっきりしたあ。


 

音楽告白117 ブロンディ/BLONDIE 妖女ブロンディ(1977年)  

2006年06月20日(火) 1時28分
セックス・ピストルズとくれば ジャムとかクラッシュにいけばいいのに 
ブロンディにいってしまった。
「Xオフェンダー」のイントロ デボラ・ハリー(デビー・ハリー)のセリフの後に 
オルガンの音が鳴る。そのフレーズがカッコよくて大好きだった。
おまけに女性といえばデボラ・ハリーが理想の女性だった。
パンクかニューウェーブかというジャンルについて今 僕なりに考えると 
イギリスのムーヴメントがパンクで 
アメリカのニューヨークを中心としたムーヴメントをニューウェーブというのではないかなあと思う。
ニューヨークだけどラモーンズはパンクだなあとは思いますが・・・。
デボラ・ハリーは パンクという呼ばれ方が好きだったらしいけど
僕としては ブロンディはニューウェーブと呼びたい。
そのほうが ブロンディがカッコよくなる。

友達とあまりブロンディの話をした記憶がない。
多分 僕は隠していたのかもしれない。
でも「Xオフェンダー」は20世紀の名曲。
とにかく大好きな1曲。

音楽告白116 エイドリアン・ブリュー/僕はいつもギター少年(1983年) 

2006年06月05日(月) 18時33分
「twang bar king 」って題名の方がいい。
トーキング・ヘッズのサポートをしていて すごいなあって思って好きになった。
このアルバム一枚だけで かなり長い間 精神的に支えられた。
ザッパとやったり クリムゾンとかデビッド・ボウイとか色々やってるけど 
トーキング・ヘッズの1980年「リメイン・イン・ライト」 
1982年「The Name of This Band Is Talking Heads [Live] 」の彼と
このソロ・アルバムのエイドリアン・ブリューが好きだ。
ヘッズをサポートしている時に白いストラトに渋い色のピックガードしていて、僕も真似した。

もっと不器用ならアーティストって感じだったのに 
上手すぎて 器用すぎてミュージシャンってところなのかな?
ピート・タウンゼント、カート・コバーンはロック・ヒーローではあるけど 
ギターを弾きたいって衝動を与えてくれたのは 
白状すると エイドリアン・ブリューでした。
僕だけの気持ちの中の名盤。


音楽告白115 スクリッティ・ポリッティ/ソングス・トゥ・リメンバー(1982年) 

2006年03月30日(木) 9時36分
エレポップ?というと ニュー・オーダーとか ディペッシュ・モード 
ハワード・ジョーンズとか トーマス・ドルビー。

だろうけど断然 スクリッティ・ポリッティ。

やっとファーストアルバム先週買いました。
「ソングス・トゥ・リメンバー」。何か買えなかったんだけど。

「キューピッド&サイケ85」(1985年)からのファン。

「プロヴィジョン」(1988年)
Oh Patti (Don't Feel Sorry for Loverboy) この曲にマイルス・デイビスがゲストで参加。
最高にいい曲。僕の中の20世紀を代表する名曲。

「アノミー&ボノミー」(1999年)
1曲目からすごくいい。普通2曲目にいい曲いれるのに…。
普通じゃないってことは古い常識をあわてさせるか…。

このあと1枚アルバムだしてるけど 国内盤がまだなのかな?
詞も読みたいから待ってます。
ファーストアルバムから20年以上経つのに 5枚しかアルバムださないってのも好きな理由。

よおくわかってる感じが最高なグリーン・ガートサイド。

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