2012年新春特集(1)
本田宗一郎T.T.レースに学ぶ
1954年6月9日、マン島TTレースの出場を決意した本田宗一郎、下見を兼ねマン島に視察旅行に出かける。当時ほとんどの企業が、その常識を超えた挑戦に冷ややかな反応を示したものだ。そのTTレース、初参戦したのは5年後の1959年6月である。マシンはRC142型 4サイクル 2気筒4バルブ 125cc17.3ps/13.000rpmだった。
■参考:三栄書房 1954年「モーターファン」10月号記事より

座談会
T.T.レースに学ぶ
明年TTレース出走を約束した本田宗一郎氏が、今回自らレースを視察したが氏を囲んで、その実際を語っていただく
旅程とレース日程
鈴木:今度の旅程のあらましを、まずお伺いしたい年ですが……
本田:6月9日にエール・フランスで羽田を飛び出してパリに一泊、すぐロンドンに行き、ここで三日あまりおってから飛行機でマン島に行った。
マン島は英本土とアイルランドの中間にある小島で、リバプールからは船で5時間ぐらいの所です。飛行機ではバスの連絡も入れて1時間半。ダラスの空港から、レースのスタートをするダラス市街までバスで30分の道程です。アイル・オブ・マンは島全体が観光地で、ここでTTレースが毎年行われるわけですが、今年(1954)は250cc(Light weight)と350cc(Junior)、一日おいて15日にはサイドカー(500cc)と125cc(Ultra weight)17日は500cc(Senior)の各レースが行われ、これでレースは終了したわけです。
鈴木:帰路はどのように回られました。
本田:ロンドンから飛行機でハンブルグに飛び、自動車で主要なオートバイ工場を見て参りましたが、アウトバーンは実によいですね。ドイツには2週間ぐらい滞在したでしょうか。それからスイスに出て、チュリッヒからイタリヤのミラノに飛びました。ここを中心にオートバイ工場を見学し、ローマに行き、ここから再びエール・フランスで帰ってきたわけです。
選手は英雄・すごい人気
鈴木:一廻りされて大いに得る所があったわけですね。では、本論に入ってTTレースの前人気どはの程度でしたか。
本田:それはたいしたものです。オートバイに全く関係のない人でもみんな知っていますからね。オートバイのファンはたいへんで、男女も同じようなジャンバーを着、ツーリングヘルメットもおそろいで、一緒に乗って押し掛けています。これがたいへんな人数で、ホテルなど余程前から予約しておかないと部屋がとれない。ずいぶん困っている人がいました。私は朝日新聞の記者の資格ということでホテルも予約しておいたのだが、レース当日だけでなく12日から17日までは帰らずに見物しているし、選手は英雄ですよ。あそこでは、女学生などサインをして貰うというので大騒ぎをしています。
鈴木:女学生のサイン狂は日本だけではないですね(笑)
棚橋:選手は非常に尊敬されていますね。名選手の記念碑をたてて表彰もしているそうですね。
本田:そうです。ジェームズ・カーズリーの記念碑がスネーヘル山の見晴らしのいい所にあります。それに驚いたことは、モーターサイクリングのウイクリーが、午前のレースの結果をその日の夕方にはもう雑誌にしているのです。英国は万事悠然たる国なのだが、このような早業をやっている。全くたまげました。これには、それだけ大変な熱の入れようだし、たいした行事です。
先刻もいったように、私はプレス関係というので、何処にも行けたし写真も撮せたし相当よく見てきたつもりです。
棚橋:TTレースの主催者はオートサイクル・ユニオンですか。
本田:そうです会長はエジンバラ公です。だから英国はうんと力コブを入れているのですね。
選手もあがる国際檜舞台
棚橋:スタートはどれくらいの間隔ですか。
本田:350ccと500ccは10秒おき、250ccと125ccは同時出発ですから、これは相当混みます。出走車は前の日に検査して委員会で保管し、出発1時間前に選手に渡し、30分間ウオーミングアップをし、プラグを新しいのに取りかえてスタートするのです。これが全部押し出しですが、500ccのものでも実によく始動しますね。それから、燃料は80オクタン価でプラスマイナス2というのが公認で、銘柄はかまわないそうです。
棚橋:なかにはスタートしないものもあるでしょう。
本田:多少ありましたが殆んど出ます。500ccで3,4台あったでしょうか……ウオーミングアップの後のスタートラインを見廻ったら、NSUのうち1台にプラグがつけてない。いまにレーサー用のをつけるんだろうと思って注意するのを控えていたのです。するとそのままスタートするんだ(笑)いろいろやってもかからない、漸く見付けてスタートしたが、そういうのもありました。
鈴木:やはりアガっているのですね。
本田:ドイツ人のように落ち着いた優秀なやつでもそうだから……あそこに行くとあがりますよ。何しろ国際的な檜舞台ですからね。見ている方でも胸がギュッと締め付けられるような感じです。私など直接なんら関係ないものでもそうですから、選手の緊張は大変なものだし、選手を出している国の人々はもう胸迫って固唾を飲むというところです。
コースも観客施設も至れり尽せり

棚橋:今年は125ccの小さいのとサイドカーはスリプス・サーキット(Clypse circuit)という小さいコースを10周回り」、その他はマウンテングサーキット(Mountain circuit)という、いつものコースを廻ったのですが、出発点の所で見ていて、各車のポジションがすぐわかりますか?
本田:その点、実に親切で、至れり尽せりです。何号の車が何処を走っているか、ラップタイムはいくらか、何号車が入って来るかまで全部わかります。色ランプで指示されているんです。コーナーなどのスリル感は味わうことは出来ないだけで、車の性能に関することまで悉くわかります。
棚橋:コースの路面状態はどの程度ですか。出発点の近くにガバナーズブリッジというのがあって、大体5〜6哩坂になっていて、苦心するところということですが。
本田:路面は全部立派な舗装路です。私はレースの前とレース終了後の2回自動車で全コースを廻りましたが……ガバナーズブリッジは6哩くらいのカーブだし、グースネックは山坂路で、丁度箱根の三島側とそっくり、この山にかかる前にラムジー市街があり、これを通りぬけるとヘアピンカーブがあって山にかかる。非常に条件の苛酷な所で、殆んどセコンドでときにサードでしょうね。
グースネックの頂にバンガローというところがあり、ここに登山電車の踏切がある。そこを過ぎると横なぐりに強い風の吹きつけるウインド・コーナーといわれる所にでます。
富塚:交通は無論遮断でしょうが、普通はどうなんですか。
本田:平常は普通の観光道路だが、レース当日とか練習日とかには全部交通遮断です。カーブもエルカーブ(L字型カーブ)が方々にあるんですが、そこには、砂ノウではなく乾燥した草を袋につめた“草嚢”ですか、それを立てて万一に備えているし、標識は至れり尽せり、路の両側にある石の壁などには真っ白にペンキを塗っている。危険のところにはそれぞれの手を打ってあるし、犬や猫など飛び出さぬよう街の人々がそれぞれ気をつけているというし、牛馬の出そうなところには悉く両側に柵をめぐらしています。
500ccでは指揮権発動か?

棚橋:500ccセニアが正規の回数を走らず4回で中止していますね。山の方の霧が深かったためとかいうのですが大分問題になったらしいですね。
本田:あの日は朝から雨がしょぼしょぼ降っていて、スタートを2時間も延ばしたのです。レースになって、第3周目にイタリヤのジレラが猛烈に飛ばした上でガソリンを入れたら、4回目にストップしたのでノートンの優勝となった。それで問題になった。ところが、委員会の決定で危険な場合はやめることが出来る規定がある。その場合4回完走すれば有効ということになっている。これを適用したわけです。
イタリヤ始めその他の不届きな仕打ちだと抗議した。というのは天候はだんだんよくなってきていたのだから(笑)あれは英国の政策ですよ。125ccと250ccでは、英国は実にだらししないくらいの完敗をした。だから、500ccで負けては、みじめなものです。そういうふうに見てきましたが……
棚橋:我々もそういう気がする。経過を雑誌で見ると、1〜2周はW.R.Ammがリードし、3〜4周はG.E.Dukeがリードしてすぐ後についてきているから、記事だけ読んででも割り切れませんね。それにスピードもよくないですね500ccは。
本田:ラップ90哩です。山の方では50メートル先が見えないというくらいだったからでしょう。
鈴木:そうした所を時速200キロ以上で飛ばすのは危険ですね。余程コースになれていないと……
本田:選手はコースに実に馴れていて、全部頭に入っているんですよ。選手の通るのを見ているとそれぞれの走る範囲が5寸と違っていない。内側を通るものはいつも内側の同じ場所、中央を飛ばすものはいつも中央という具合です。気をつけて見ていましたが、その通りで、どこそこにはどうしたものがあるあるというのをみんな知っているわけだ。
写真もとれない猛スピード
鈴木:連中はそのコースで相当練習をしているわけですね。
本田:英国の選手は領内だから日を決めていつでも練習できるし、ドイツやその他の国の者は3月の雪解けの後の観光客のまだ行かない頃に練習して帰り、レースの始まる20日くらい前から再びやってきて練習をしている。この点日本は非常な制約を受けるでしょう。なんといっても地球の裏っ側ですからね(笑)
棚橋:今年の成績は500ccはノートン(W.R..Amm)350ccはAJS(Colman)250ccはNSU(Haas)125ccもNSU(Hollaus)サイドカーはノートン(Oliver)となっているのですが、ラップスピードがいずれもよくなっていますね。250ccはハーツのが最高で90哩位、昨年は84.7哩です。350ccは91.51哩でこれも昨年は90.52ですからいよいよスピードが早くなってきていますが、見た感じはどうですか。
本田:凄いの一語でしょう。物凄いスピードでスタンドの前を通る。スタンドに入る前に登りとカーブがあるのでサードでくるがそのままスタンドを過ぎ、100メートル位行った下り坂で初めてトップに入れる。トップは下り坂位しか使わんようだね。それでサードでスタンドを通る速度が恐らく170〜180キロでしょう。500分1のシャッターではとても写真に取れないし、高速度撮影機でもついていくのは大変な位ですね。
棚橋:乗っている選手の服装を見るとヒダのない革服を用いるとか、風の抵抗の少ないようにしているようですね。
本田:100キロ以上になると、エヤーの抵抗は大きくヒビきます。速度の2乗ですか?この抵抗は……それですから例外なしに前と後にカーウリング(Cowling)をつけ、流線型としていますし、タンクの上にスポンジマットを置いて体を低くし、両手を前にのばし、ハンドルをできるだけ狭くしている。
高速に耐える特殊設計

棚橋:最高のスピードは恐らく140哩は出ているでしょうね。エンジンは勿論ですがトランスミッションなども非常な酷使に耐えないといかんわけだし、ブレーキですね問題は……
本田:下り坂にかかると猛烈なスピードが出る。前輪に大きいウエイトがかかるので、全車輪が後輪より2〜3割は大きくし、例外なしにドラムの中に風を入れてブレーキを冷やしている。ノートンなどはスポークの間にタービン翼をつけ、それでドラム内の空気を吸い出して冷やす方法を取るなど苦心している。
下りのコースでの終わりでエルカーブにかかった際、急ブレーキをかけてグイットカーブを廻り、すぐ高速で出ないととてもレースについていけない。
鈴木:タイムのなかには燃料やオイルの補給の時間も含まれるわけですね。
本田:もち論です。だから、一方からガソリンを入れ、片方ではオイルを入れる。選手はその間に眼鏡を取りかえたり、一瞬も惜しんで再び走ることになる。燃料とオイルを補給する所も同じ側だと時間がかかるから、必ず一方側づつにしてある。メガネは2つづつ持っているものが多いし、メガネ拭きをタンクの所につけている。これは猛烈なスピードですから、虫がブツかるとツブれて了うんだね。蜂などブツかると1寸位もの大きさでビシッとツブれて了う。驚いたものです。
事故はストレートコースで
棚橋:今年も事故がありましたね。
本田:500ccでべロゼットを操縦していた選手です。英国の空軍の兵隊さんだという話でしたが……レース後コースを見廻った時説明されたその場所というのが、なんでもないストレートの所で、原因はハンドルを取られたためということです。昨年もフランスの選手がジレラ4気筒車で出て同じような直線コースで死んでいますね。
富塚:そういう所で事故が起こるというのは、どういうわけかな。平坦な直線コースならよさそうに思われるが……
本田:とにかくスピードは猛烈なもので、速度計などつけていないので、回転計です。だからセカンドでもサードでももち論トップでもいつでもエンジンの最高回転で走っているわけだ。そうすると坂を降りるときトップで飛ばすとすると相当なギヤのハイレショウとなっているわけだ。
富塚:飛行機が高速度になると操縦が変になることがあるが、あるいは心理的なものによるかもしれない。
本田:私は恐らくハンドルを取られるせいだと思っています。ハンドルが肩幅より狭く姿勢を低くしていますからいっぺんフラッときたらとても立ち直らんですよ。
ハンドルの狭いのはS字のカーブをストレートに走るなどのテクニック上必要なので、このようにストレートで走って丁度橋の欄干をスレスレに通っているんです。ハンドル幅が広いとこうした芸当はできない。ハンドル巾が広いと、いつまでも外カーブを走る格好になるから何秒を争うレースだけにおくれてしまう。
だからハンドルの設計は徹頭徹尾いい設計をしなければならない。
重量の軽減を体重でかせぐ
富塚:クッションなども非常に問題だね。
本田:ステアリングダンバーもよくきいていないといけない。ヒョイと跳ね上げられたらおしまいです。200キロものスピードでは、余程いい道路でもちょっとした凸凹でもジャンプしますから……ダンバーがゆるんで振れが出たら危険でしょう。だから、しょっちゅうダンバーを締めています。
富塚:今の選手の年頃はどうです?若い人ですか?
本田:若い人です殆んど。250ccで優勝したHaasなど26才ですが、20才のものもいました。それと注目されたのは、小さい体の軽い選手が多いということです。
エンジンで1馬力2馬力をカセぐのはむづかしいが、重量を減らすのと同じ結果になるわけで、体重でカセイでいるわけだ(笑)これが決定的な問題ですね。
富塚:日本人はその点は楽だな(笑)
本田:いや、向うにも小さくて軽いのが、随分いますよ(笑)ccの小さいものほど選手の体重が問題になる。500ccにでもなると1〜2貫は重くても操縦の腕が物をゆうでしょうが……
棚橋:いつガソリンやオイルの補給をするというのが難しい問題でしょうね。
本田:何周目に補給をするかというのも作戦になるわけです。補給している間エンジンが休まって冷えるから、エンジンのくせによって“何回に入れるのが有利か”できめるので、500ccレースが問題になったのには、こうした駆け引きも含まれていたわけです。ジレラが燃料補給で時間を空費した直後ストップしたのでノートンが1着になった。
250ccで35馬力/13000rpm
棚橋:今の英国ではノートンなどがホープでしょう。
本田:ドイツの進出ぶりに比べ、英国はケタ違いで、BMWは今年は棄権して出てきませんでしたが……尤もあのままのプッシュロッド式では勝ち目はないでしょうが……NSUは2気筒の250ccで1着から4着まで独占する目覚しさです。
富塚:トップの場合、エンジンは毎分1万回転くらいだろうね。
本田:1万回転を出ているでしょう。NSUは13.000rpmで最高35馬力ということをいっていました。
鈴木:するとリッター当り140馬力になる。
富塚:飛行機エンジンは大体リッター当り55馬力だからその2倍出を出すことは可能だ。
本田:ただ、吸入効率が一番の問題で、これが思うように行かないと、とても出ません。
富塚:コンプレッション・レシヨも高いでしょう。10は見ておるだろうな。冷却がよければ可能だから……
本田:圧縮比は各社とも、これだけは言わない。
棚橋:燃料にアルコールとかベンゾールを入れるといけるでしょう。
本田:商標の指定こそないが、規定の80オクタン価ガソリンで、混ぜものはしません。
棚橋:ノートンは今度アウターフライホーイルにしましたね。クランク室を小さくでき重さも減るわけだが……
本田:たしかにクランク室は小さくなりますね。ケーシングはアルミニュームでなくマグネシュームで軽くしています。
富塚:それは、その他にクランク室内のひっかき回しによる損失が大きいのですからそれが助かる。
冷却と吸入効率をよくするために……
棚橋:バルブ・ガイドを油で冷やしていますが、あそこまでする必要があるのでしょうか。
富塚:冷却上の効果は考えられますね。
本田:NSUは2気筒なので、私のところで計算したが、単気筒ではどうしても吸入効率は悪い……並列の2気筒にすると冷却もよくなるし……
鈴木:リッター当140馬力というのはエンジンとして大きい魅力ですね。ときに冷却について気付かれた点は……?
本田:見たところ特別の措置は見当たりませんが、前車輪にクチバシのようにカーウリングを延ばして、それで風が下のエンジンの所に行くようにしてある。これは前車輪のため風がエンジンに行きにくいので、上の方から持って行こうというので、NSUがそうしている。又ジレラは4気筒ですが、これは並列で巾を広くしている。これで冷却がよい。
棚橋:いろんな車が出ているのですが、印象的だったのはどんなことでした。
本田:気付いたというより面白いと思ったのは、イタリヤの車ですね。グッシは各クラスに全部出ているが、1車も入賞しない。じゃ問題にならんかというと――結局はそうなんだが、これは完走できないものが多かったためなのです――実に早い、ケタ違いに早い、しかし途中で駄目になってしまうんだ(笑)
鈴木:運が悪かったのですか?
本田:仕事がおっつけ細工なんです。イタリヤのものは素晴らしくアイディアはよい。フレームでもエンジンの置き方にでもよいアイディアものがある。しかし、如何にせん仕事が間に合わせのおっつけ細工ですね。
例えると、燃料パイプにゴムホースを使ったのはいいが、テープでユワイているといったことをやっている。又後部にカーウリングをつけて流線型にしたのはいいのだが、途中で外れてガランガランやり乍ら走る(笑)といったことをやっていたグッシもある。
ドイツとイタリヤを合わせて2で割る
富塚:国民性なんだね。
本田:そうです。イタリヤはどうもオッチョコチョイの所があるんだが、この点ドイツは精確そのもので、ドイツとイタリヤを掛け合わせて2で割ると凄いものになるだろうと思う。
英国は新しいものはなく、五重の塔を積み重ね積み重ねるという所があります。
富塚:スーパーチャージャーはどうかな?
本田:許されていません。
富塚:燃料が押えられるから、圧縮比にも限度があるだろうから、スーパーチャージャーはそれほど効果がないかも知れない。
棚橋:考え方としてはインジェクションは面白いと思いますが……
本田:全部キャブレターですね。私はイタリヤから250ccレーサー用の気化器を求めてきましたが、ビック(アメ車)のもの位大きいです。それでも38馬力にはとうてい足りないというのです。グッシの気化器など土管のような感じだ(笑)
富塚:カーウリングはどういう材料で造っていますか。
本田:アルミ板ですが、これはポリエステルならよいと思います。
富塚:時速200キロも出すとするとこれはむづかしい。
本田:前車輪は操縦しなければならないでしょう。そこでカーウリングはむづかしくなる――グッシの工場では風洞実験をやっていました。先端を切ったでかい設備ですが……
ちっとも緩まないチエンの張り
富塚:オートバイの風洞実験なら日本でも飛行機用のものがあるんだからできる。飛行機はむづかしいが、オートバイの実験なら大丈夫だ。
棚橋:日本でやるとすると、次の問題はギヤ比ですね。
富塚:変速機も入れて大きな問題ですよ。
棚橋:ナンバー・プレートの前にあるのは網ですか。
本田:網のものと有機ガラスのものと2通りあります。網目に虫がついて全く見えなくなっておりますよ。
鈴木:時速200キロを超して飛んでいるんだからそうなるんでしょうが、全く想像外ですね。TTレーサーにはシャフトドライブが多いということですがどうですか?
本田:全然ちがいますよ。シャフトドライブは一台もなかった。このドライブはエフシエンシイが悪いですからやはりチエンです。
欧州の実用車を見ても小さい車は馬力が損で高くつくのでシャフトドライブはやっていませんでしょう。限られた車だけです。それよりチエンにしてオイルバス式に進んでいます。チエンで驚いたのは、NSUの250ccと150ccのチエンの張りをスタート前に調べたのですが、レース後とれ位弛んだかと点検したら、少しも弛んでいなかったのです。(富塚、棚橋、鈴木3人同時に“ほう”と感心)埼玉から浜松までの距離を高速で飛ばして、ひとつも弛んでないのですね。全く驚いて了った。
棚橋:大したもんですね。
富塚:日本だったらとてもそうはいかナ。毎分1万回転ならブレーキもいかんだろうし、イグニッションだって――
本田:だからわれわれが出るとすると、自分達だけでは駄目で、そういうメーカーの協力なくしてはどうしようもないんですね。その外リムもあるしタイヤの問題だって……
独特なバッテリイグニッションが可能
鈴木:イグニッションはバッテリですか?
本田:グッシはバッテリ、ジレラはマグネットウ、バッテリ・イグニッションもぼつぼつ出ていますが、まだマグネットウが多いですね。
富塚:マグネットウの方が有利かも知れないね。
本田:トルクの大きい小さいがエンジンに可なりの大きいパーセンテージになるので、マグネットウを廻す損から救うためにはバッテリ・イグニッションの方が有利です。火花性能はそう問題にならないので、ダイナモなどによるチャージの必要がないでしょう。2時間から2時間半ですから。
富塚:なるほどバッテリの方が良いわけか、そうすればコンタクトブレーカーポイント問題も2つつけることが可能だから非常に楽になるわけだ。
本田:帰ってから考えて、いまひとつ困ったことはリムですリムはジュラルミンです。これだと重さが約半分の軽さになるんですが、造ってくれる人がない。私は外国の部品を使わずどうでも国産品でやりたいと思っているのですが、リムですら大変なんですから、これは大量生産ですからレーサーだけだとやって呉れそうもない。
鈴木:チエンもネックですね。よくチエンが切れ落伍していますから。
本田:今年もチエンの切れたものがありました。日本のメーカーには気の毒ですが、日本のチエンでは自信がもてそうもありません。タイヤだってそうです。向うのものは軽い。その上アンバランスが全くない。アンバランスが一番コワイ。
レーサー技術を実用車に生かす
棚橋:レーサーとしては現在のプロダクションモデルとは相当かけ離れたものになるわけですね。
本田:そうです。エンジンはもち論全然新設計、フレームも新しいもので、大量生産でないから当然パイプになりますし、結局、実用車はこれに近づいて行くわけで、実用車の高度の試作と思っています。
レーサーではあるが、実用車にその技術を生かす、それでやらなくてはウソです。日本のようにトラックでガタガタ走って許りいては技術の進歩は望めないと思います
鈴木:日本でTTモデルを作る場合の一番の問題は練習のためのグラウンドのないことですね。
本田:私が頭を悩ましているのもそれです。
富塚:これが最大の問題だナ。最高時速200キロのものを完成しても、そのスピードの出し場がない、エンジンはベンチテストでも見当はつくが、見当はあくまで見当で、確信ではない。
本田:実地に走らんことには、風の抵抗で全然ちがいますよ。
富塚:練習で、100キロしか出さなかった選手が桧舞台でいきなり200キロの時速で走れるかというと、これは疑わしい。
本田:スピード感に馴れていかなければとても……
富塚:この点が一番ひっかかるね。それにはどうしても練習場がいる。何処か交通遮断でもして。
本田:犬がコースに出ても200キロは出せません。絶対に安心できる状態の下に走るのでなければ駄目です。結局専用コース以外は望めませんね。
むづかしい練習コースと選手
富塚:結局、一番むづかしそうなエンジンが、一番楽かも知れん。次がフレーム関係、最後の一番むづかしいのが車のテストと選手となるかもしれん。
本田:御説の通りと思います。エンジンの設計や工作では英国やドイツにひけを取ろうと思いません。工作機械では向うより水準が上のものが揃っていますから、その点は安心しています。それで結局エンジンよりもテスト、練習の問題です。ドイツはアウトバーンがあるからうらやましい。
棚橋:そうですね。ギヤボックスにしても130哩で急に押した場合、ギヤやベアリングがどれだけ持つかなども余程シビヤなテストをしないと結論が出ないでしょうし、自信も持てないでしょう……
本田:それに、どの出場車でも出足が非常によいですね。これは気化器の問題とも関係しますし、実地でやってみないと自信が持てない。
現在日本では輸出振興とかいっていますが、外国では日本の重工業など全く理解していないのです。イタリヤでイソを作っている工場の重役にあったのですが「日本ではエンジンを造れるのか?」という質問です。こうした状態では輸出輸出といっても出ないのですね。宣伝文句で“水爆的性能”といっても“世界水準”と謳い上げてもだれが信用するものですか。実際にTTレースに出走して優勝しないまでも、完走して来るだけでも、どれだけ日本のオートバイ工業を世界に認識させうるかと私は言いたいのです。
鈴木:全く同感です。
海外から学ぶべき点
棚橋:オートバイ工業国を行脚されましたが、どうですかご感想は?
本田:英国はどこも全く見せて呉れなかったが、ドイツとイタリヤは日本のメーカーの資格で、心よく見せてくれました。尤も前もってアレンジしておきましたが、BMWでもNSUでも全体的な設備としてはよく揃っていると思いました。私の所などの最後の仕上げ設備ではむしろ充実していると思いましたが、全体としてはまだ及ばない点があります。
棚橋:学ぶべき点もおありでしたでしょう。
本田:日本のメーカーも、もち論われわれもそうですが、考え方を変えなければ駄目ですね。ホレックスの工場などそう大きいのでなく、1日80台くらいの生産ですが、粒の揃ったよい設備をもっているのです。日本のように従来の性能も精度も悪い旧式な機械で、器用さだけを頼りになんかしていない。
又、下請けの点ですが、リム、タイヤ、チェンとか電気や気化器といった限られた外装部品は別として、その他はすべて自工場で生産するという傾向が強くなっています。英国のメッキは非常によいと定評ですが、これは全部メーカーの工場で自分でやっている。下請けのものは悪くて駄目だというのです。競争が激しくなり、良い製品を競うことになると自然この方向に進まざるを得ないのですね。下請工場を利用しているのはむしろアメリカで、欧州では一流メーカーは一貫作業になっています。グッシなども75%も自工場でやっている。これがコストの50%になり、限られた外装部品にはうんと良い一流品を選ぶのでコストの大きい部分を占めているといっていました。
日本のように下請けだけで行こうという考えの場合、下請けがよい機械設備をしておって、信頼性のあるものを製るのでなければ、決してよい車はできませんね。向うのやり方は下請けにやらしてネックになるものはどんどん自工場に切り換えていますし、せいぜい荒削り程度の作業をやらせる他はやらない――その代わり、限られた外注部品のメーカーはいづれも古い歴史と設備も整っていて、メーカーが自慢できる優秀品を提供しているのですね。
そこえいくと日本は苦しいですね。例えば、磁鋼など日本が本山であり乍ら、マグネットウで苦労するんです。
富塚:原料関係で値も高いし、設備が不充分なので製品に均一性がないという所だね。理論ではよいのだが、生産になるとどうもいけない……
本田:だから、日本でTTモデルを造るということは非常にむづかしいので、関連工場の真剣な協力なくしてはもって行けるものがとてもできないのですよ。
鈴木:出はこの辺りで……どうもありがとうございました。
T.T.レースに学ぶ
明年TTレース出走を約束した本田宗一郎氏が、今回自らレースを視察したが氏を囲んで、その実際を語っていただく
旅程とレース日程
鈴木:今度の旅程のあらましを、まずお伺いしたい年ですが……
本田:6月9日にエール・フランスで羽田を飛び出してパリに一泊、すぐロンドンに行き、ここで三日あまりおってから飛行機でマン島に行った。
マン島は英本土とアイルランドの中間にある小島で、リバプールからは船で5時間ぐらいの所です。飛行機ではバスの連絡も入れて1時間半。ダラスの空港から、レースのスタートをするダラス市街までバスで30分の道程です。アイル・オブ・マンは島全体が観光地で、ここでTTレースが毎年行われるわけですが、今年(1954)は250cc(Light weight)と350cc(Junior)、一日おいて15日にはサイドカー(500cc)と125cc(Ultra weight)17日は500cc(Senior)の各レースが行われ、これでレースは終了したわけです。
鈴木:帰路はどのように回られました。
本田:ロンドンから飛行機でハンブルグに飛び、自動車で主要なオートバイ工場を見て参りましたが、アウトバーンは実によいですね。ドイツには2週間ぐらい滞在したでしょうか。それからスイスに出て、チュリッヒからイタリヤのミラノに飛びました。ここを中心にオートバイ工場を見学し、ローマに行き、ここから再びエール・フランスで帰ってきたわけです。
選手は英雄・すごい人気
鈴木:一廻りされて大いに得る所があったわけですね。では、本論に入ってTTレースの前人気どはの程度でしたか。
本田:それはたいしたものです。オートバイに全く関係のない人でもみんな知っていますからね。オートバイのファンはたいへんで、男女も同じようなジャンバーを着、ツーリングヘルメットもおそろいで、一緒に乗って押し掛けています。これがたいへんな人数で、ホテルなど余程前から予約しておかないと部屋がとれない。ずいぶん困っている人がいました。私は朝日新聞の記者の資格ということでホテルも予約しておいたのだが、レース当日だけでなく12日から17日までは帰らずに見物しているし、選手は英雄ですよ。あそこでは、女学生などサインをして貰うというので大騒ぎをしています。
鈴木:女学生のサイン狂は日本だけではないですね(笑)
棚橋:選手は非常に尊敬されていますね。名選手の記念碑をたてて表彰もしているそうですね。
本田:そうです。ジェームズ・カーズリーの記念碑がスネーヘル山の見晴らしのいい所にあります。それに驚いたことは、モーターサイクリングのウイクリーが、午前のレースの結果をその日の夕方にはもう雑誌にしているのです。英国は万事悠然たる国なのだが、このような早業をやっている。全くたまげました。これには、それだけ大変な熱の入れようだし、たいした行事です。
先刻もいったように、私はプレス関係というので、何処にも行けたし写真も撮せたし相当よく見てきたつもりです。
棚橋:TTレースの主催者はオートサイクル・ユニオンですか。
本田:そうです会長はエジンバラ公です。だから英国はうんと力コブを入れているのですね。
選手もあがる国際檜舞台
棚橋:スタートはどれくらいの間隔ですか。
本田:350ccと500ccは10秒おき、250ccと125ccは同時出発ですから、これは相当混みます。出走車は前の日に検査して委員会で保管し、出発1時間前に選手に渡し、30分間ウオーミングアップをし、プラグを新しいのに取りかえてスタートするのです。これが全部押し出しですが、500ccのものでも実によく始動しますね。それから、燃料は80オクタン価でプラスマイナス2というのが公認で、銘柄はかまわないそうです。
棚橋:なかにはスタートしないものもあるでしょう。
本田:多少ありましたが殆んど出ます。500ccで3,4台あったでしょうか……ウオーミングアップの後のスタートラインを見廻ったら、NSUのうち1台にプラグがつけてない。いまにレーサー用のをつけるんだろうと思って注意するのを控えていたのです。するとそのままスタートするんだ(笑)いろいろやってもかからない、漸く見付けてスタートしたが、そういうのもありました。
鈴木:やはりアガっているのですね。
本田:ドイツ人のように落ち着いた優秀なやつでもそうだから……あそこに行くとあがりますよ。何しろ国際的な檜舞台ですからね。見ている方でも胸がギュッと締め付けられるような感じです。私など直接なんら関係ないものでもそうですから、選手の緊張は大変なものだし、選手を出している国の人々はもう胸迫って固唾を飲むというところです。
コースも観客施設も至れり尽せり

棚橋:今年は125ccの小さいのとサイドカーはスリプス・サーキット(Clypse circuit)という小さいコースを10周回り」、その他はマウンテングサーキット(Mountain circuit)という、いつものコースを廻ったのですが、出発点の所で見ていて、各車のポジションがすぐわかりますか?
本田:その点、実に親切で、至れり尽せりです。何号の車が何処を走っているか、ラップタイムはいくらか、何号車が入って来るかまで全部わかります。色ランプで指示されているんです。コーナーなどのスリル感は味わうことは出来ないだけで、車の性能に関することまで悉くわかります。
棚橋:コースの路面状態はどの程度ですか。出発点の近くにガバナーズブリッジというのがあって、大体5〜6哩坂になっていて、苦心するところということですが。
本田:路面は全部立派な舗装路です。私はレースの前とレース終了後の2回自動車で全コースを廻りましたが……ガバナーズブリッジは6哩くらいのカーブだし、グースネックは山坂路で、丁度箱根の三島側とそっくり、この山にかかる前にラムジー市街があり、これを通りぬけるとヘアピンカーブがあって山にかかる。非常に条件の苛酷な所で、殆んどセコンドでときにサードでしょうね。
グースネックの頂にバンガローというところがあり、ここに登山電車の踏切がある。そこを過ぎると横なぐりに強い風の吹きつけるウインド・コーナーといわれる所にでます。
富塚:交通は無論遮断でしょうが、普通はどうなんですか。
本田:平常は普通の観光道路だが、レース当日とか練習日とかには全部交通遮断です。カーブもエルカーブ(L字型カーブ)が方々にあるんですが、そこには、砂ノウではなく乾燥した草を袋につめた“草嚢”ですか、それを立てて万一に備えているし、標識は至れり尽せり、路の両側にある石の壁などには真っ白にペンキを塗っている。危険のところにはそれぞれの手を打ってあるし、犬や猫など飛び出さぬよう街の人々がそれぞれ気をつけているというし、牛馬の出そうなところには悉く両側に柵をめぐらしています。
500ccでは指揮権発動か?

棚橋:500ccセニアが正規の回数を走らず4回で中止していますね。山の方の霧が深かったためとかいうのですが大分問題になったらしいですね。
本田:あの日は朝から雨がしょぼしょぼ降っていて、スタートを2時間も延ばしたのです。レースになって、第3周目にイタリヤのジレラが猛烈に飛ばした上でガソリンを入れたら、4回目にストップしたのでノートンの優勝となった。それで問題になった。ところが、委員会の決定で危険な場合はやめることが出来る規定がある。その場合4回完走すれば有効ということになっている。これを適用したわけです。
イタリヤ始めその他の不届きな仕打ちだと抗議した。というのは天候はだんだんよくなってきていたのだから(笑)あれは英国の政策ですよ。125ccと250ccでは、英国は実にだらししないくらいの完敗をした。だから、500ccで負けては、みじめなものです。そういうふうに見てきましたが……
棚橋:我々もそういう気がする。経過を雑誌で見ると、1〜2周はW.R.Ammがリードし、3〜4周はG.E.Dukeがリードしてすぐ後についてきているから、記事だけ読んででも割り切れませんね。それにスピードもよくないですね500ccは。
本田:ラップ90哩です。山の方では50メートル先が見えないというくらいだったからでしょう。
鈴木:そうした所を時速200キロ以上で飛ばすのは危険ですね。余程コースになれていないと……
本田:選手はコースに実に馴れていて、全部頭に入っているんですよ。選手の通るのを見ているとそれぞれの走る範囲が5寸と違っていない。内側を通るものはいつも内側の同じ場所、中央を飛ばすものはいつも中央という具合です。気をつけて見ていましたが、その通りで、どこそこにはどうしたものがあるあるというのをみんな知っているわけだ。
写真もとれない猛スピード
鈴木:連中はそのコースで相当練習をしているわけですね。
本田:英国の選手は領内だから日を決めていつでも練習できるし、ドイツやその他の国の者は3月の雪解けの後の観光客のまだ行かない頃に練習して帰り、レースの始まる20日くらい前から再びやってきて練習をしている。この点日本は非常な制約を受けるでしょう。なんといっても地球の裏っ側ですからね(笑)
棚橋:今年の成績は500ccはノートン(W.R..Amm)350ccはAJS(Colman)250ccはNSU(Haas)125ccもNSU(Hollaus)サイドカーはノートン(Oliver)となっているのですが、ラップスピードがいずれもよくなっていますね。250ccはハーツのが最高で90哩位、昨年は84.7哩です。350ccは91.51哩でこれも昨年は90.52ですからいよいよスピードが早くなってきていますが、見た感じはどうですか。
本田:凄いの一語でしょう。物凄いスピードでスタンドの前を通る。スタンドに入る前に登りとカーブがあるのでサードでくるがそのままスタンドを過ぎ、100メートル位行った下り坂で初めてトップに入れる。トップは下り坂位しか使わんようだね。それでサードでスタンドを通る速度が恐らく170〜180キロでしょう。500分1のシャッターではとても写真に取れないし、高速度撮影機でもついていくのは大変な位ですね。
棚橋:乗っている選手の服装を見るとヒダのない革服を用いるとか、風の抵抗の少ないようにしているようですね。
本田:100キロ以上になると、エヤーの抵抗は大きくヒビきます。速度の2乗ですか?この抵抗は……それですから例外なしに前と後にカーウリング(Cowling)をつけ、流線型としていますし、タンクの上にスポンジマットを置いて体を低くし、両手を前にのばし、ハンドルをできるだけ狭くしている。
高速に耐える特殊設計

棚橋:最高のスピードは恐らく140哩は出ているでしょうね。エンジンは勿論ですがトランスミッションなども非常な酷使に耐えないといかんわけだし、ブレーキですね問題は……
本田:下り坂にかかると猛烈なスピードが出る。前輪に大きいウエイトがかかるので、全車輪が後輪より2〜3割は大きくし、例外なしにドラムの中に風を入れてブレーキを冷やしている。ノートンなどはスポークの間にタービン翼をつけ、それでドラム内の空気を吸い出して冷やす方法を取るなど苦心している。
下りのコースでの終わりでエルカーブにかかった際、急ブレーキをかけてグイットカーブを廻り、すぐ高速で出ないととてもレースについていけない。
鈴木:タイムのなかには燃料やオイルの補給の時間も含まれるわけですね。
本田:もち論です。だから、一方からガソリンを入れ、片方ではオイルを入れる。選手はその間に眼鏡を取りかえたり、一瞬も惜しんで再び走ることになる。燃料とオイルを補給する所も同じ側だと時間がかかるから、必ず一方側づつにしてある。メガネは2つづつ持っているものが多いし、メガネ拭きをタンクの所につけている。これは猛烈なスピードですから、虫がブツかるとツブれて了うんだね。蜂などブツかると1寸位もの大きさでビシッとツブれて了う。驚いたものです。
事故はストレートコースで
棚橋:今年も事故がありましたね。
本田:500ccでべロゼットを操縦していた選手です。英国の空軍の兵隊さんだという話でしたが……レース後コースを見廻った時説明されたその場所というのが、なんでもないストレートの所で、原因はハンドルを取られたためということです。昨年もフランスの選手がジレラ4気筒車で出て同じような直線コースで死んでいますね。
富塚:そういう所で事故が起こるというのは、どういうわけかな。平坦な直線コースならよさそうに思われるが……
本田:とにかくスピードは猛烈なもので、速度計などつけていないので、回転計です。だからセカンドでもサードでももち論トップでもいつでもエンジンの最高回転で走っているわけだ。そうすると坂を降りるときトップで飛ばすとすると相当なギヤのハイレショウとなっているわけだ。
富塚:飛行機が高速度になると操縦が変になることがあるが、あるいは心理的なものによるかもしれない。
本田:私は恐らくハンドルを取られるせいだと思っています。ハンドルが肩幅より狭く姿勢を低くしていますからいっぺんフラッときたらとても立ち直らんですよ。
ハンドルの狭いのはS字のカーブをストレートに走るなどのテクニック上必要なので、このようにストレートで走って丁度橋の欄干をスレスレに通っているんです。ハンドル幅が広いとこうした芸当はできない。ハンドル巾が広いと、いつまでも外カーブを走る格好になるから何秒を争うレースだけにおくれてしまう。
だからハンドルの設計は徹頭徹尾いい設計をしなければならない。
重量の軽減を体重でかせぐ
富塚:クッションなども非常に問題だね。
本田:ステアリングダンバーもよくきいていないといけない。ヒョイと跳ね上げられたらおしまいです。200キロものスピードでは、余程いい道路でもちょっとした凸凹でもジャンプしますから……ダンバーがゆるんで振れが出たら危険でしょう。だから、しょっちゅうダンバーを締めています。
富塚:今の選手の年頃はどうです?若い人ですか?
本田:若い人です殆んど。250ccで優勝したHaasなど26才ですが、20才のものもいました。それと注目されたのは、小さい体の軽い選手が多いということです。
エンジンで1馬力2馬力をカセぐのはむづかしいが、重量を減らすのと同じ結果になるわけで、体重でカセイでいるわけだ(笑)これが決定的な問題ですね。
富塚:日本人はその点は楽だな(笑)
本田:いや、向うにも小さくて軽いのが、随分いますよ(笑)ccの小さいものほど選手の体重が問題になる。500ccにでもなると1〜2貫は重くても操縦の腕が物をゆうでしょうが……
棚橋:いつガソリンやオイルの補給をするというのが難しい問題でしょうね。
本田:何周目に補給をするかというのも作戦になるわけです。補給している間エンジンが休まって冷えるから、エンジンのくせによって“何回に入れるのが有利か”できめるので、500ccレースが問題になったのには、こうした駆け引きも含まれていたわけです。ジレラが燃料補給で時間を空費した直後ストップしたのでノートンが1着になった。
250ccで35馬力/13000rpm
棚橋:今の英国ではノートンなどがホープでしょう。
本田:ドイツの進出ぶりに比べ、英国はケタ違いで、BMWは今年は棄権して出てきませんでしたが……尤もあのままのプッシュロッド式では勝ち目はないでしょうが……NSUは2気筒の250ccで1着から4着まで独占する目覚しさです。
富塚:トップの場合、エンジンは毎分1万回転くらいだろうね。
本田:1万回転を出ているでしょう。NSUは13.000rpmで最高35馬力ということをいっていました。
鈴木:するとリッター当り140馬力になる。
富塚:飛行機エンジンは大体リッター当り55馬力だからその2倍出を出すことは可能だ。
本田:ただ、吸入効率が一番の問題で、これが思うように行かないと、とても出ません。
富塚:コンプレッション・レシヨも高いでしょう。10は見ておるだろうな。冷却がよければ可能だから……
本田:圧縮比は各社とも、これだけは言わない。
棚橋:燃料にアルコールとかベンゾールを入れるといけるでしょう。
本田:商標の指定こそないが、規定の80オクタン価ガソリンで、混ぜものはしません。
棚橋:ノートンは今度アウターフライホーイルにしましたね。クランク室を小さくでき重さも減るわけだが……
本田:たしかにクランク室は小さくなりますね。ケーシングはアルミニュームでなくマグネシュームで軽くしています。
富塚:それは、その他にクランク室内のひっかき回しによる損失が大きいのですからそれが助かる。
冷却と吸入効率をよくするために……
棚橋:バルブ・ガイドを油で冷やしていますが、あそこまでする必要があるのでしょうか。
富塚:冷却上の効果は考えられますね。
本田:NSUは2気筒なので、私のところで計算したが、単気筒ではどうしても吸入効率は悪い……並列の2気筒にすると冷却もよくなるし……
鈴木:リッター当140馬力というのはエンジンとして大きい魅力ですね。ときに冷却について気付かれた点は……?
本田:見たところ特別の措置は見当たりませんが、前車輪にクチバシのようにカーウリングを延ばして、それで風が下のエンジンの所に行くようにしてある。これは前車輪のため風がエンジンに行きにくいので、上の方から持って行こうというので、NSUがそうしている。又ジレラは4気筒ですが、これは並列で巾を広くしている。これで冷却がよい。
棚橋:いろんな車が出ているのですが、印象的だったのはどんなことでした。
本田:気付いたというより面白いと思ったのは、イタリヤの車ですね。グッシは各クラスに全部出ているが、1車も入賞しない。じゃ問題にならんかというと――結局はそうなんだが、これは完走できないものが多かったためなのです――実に早い、ケタ違いに早い、しかし途中で駄目になってしまうんだ(笑)
鈴木:運が悪かったのですか?
本田:仕事がおっつけ細工なんです。イタリヤのものは素晴らしくアイディアはよい。フレームでもエンジンの置き方にでもよいアイディアものがある。しかし、如何にせん仕事が間に合わせのおっつけ細工ですね。
例えると、燃料パイプにゴムホースを使ったのはいいが、テープでユワイているといったことをやっている。又後部にカーウリングをつけて流線型にしたのはいいのだが、途中で外れてガランガランやり乍ら走る(笑)といったことをやっていたグッシもある。
ドイツとイタリヤを合わせて2で割る
富塚:国民性なんだね。
本田:そうです。イタリヤはどうもオッチョコチョイの所があるんだが、この点ドイツは精確そのもので、ドイツとイタリヤを掛け合わせて2で割ると凄いものになるだろうと思う。
英国は新しいものはなく、五重の塔を積み重ね積み重ねるという所があります。
富塚:スーパーチャージャーはどうかな?
本田:許されていません。
富塚:燃料が押えられるから、圧縮比にも限度があるだろうから、スーパーチャージャーはそれほど効果がないかも知れない。
棚橋:考え方としてはインジェクションは面白いと思いますが……
本田:全部キャブレターですね。私はイタリヤから250ccレーサー用の気化器を求めてきましたが、ビック(アメ車)のもの位大きいです。それでも38馬力にはとうてい足りないというのです。グッシの気化器など土管のような感じだ(笑)
富塚:カーウリングはどういう材料で造っていますか。
本田:アルミ板ですが、これはポリエステルならよいと思います。
富塚:時速200キロも出すとするとこれはむづかしい。
本田:前車輪は操縦しなければならないでしょう。そこでカーウリングはむづかしくなる――グッシの工場では風洞実験をやっていました。先端を切ったでかい設備ですが……
ちっとも緩まないチエンの張り
富塚:オートバイの風洞実験なら日本でも飛行機用のものがあるんだからできる。飛行機はむづかしいが、オートバイの実験なら大丈夫だ。
棚橋:日本でやるとすると、次の問題はギヤ比ですね。
富塚:変速機も入れて大きな問題ですよ。
棚橋:ナンバー・プレートの前にあるのは網ですか。
本田:網のものと有機ガラスのものと2通りあります。網目に虫がついて全く見えなくなっておりますよ。
鈴木:時速200キロを超して飛んでいるんだからそうなるんでしょうが、全く想像外ですね。TTレーサーにはシャフトドライブが多いということですがどうですか?
本田:全然ちがいますよ。シャフトドライブは一台もなかった。このドライブはエフシエンシイが悪いですからやはりチエンです。
欧州の実用車を見ても小さい車は馬力が損で高くつくのでシャフトドライブはやっていませんでしょう。限られた車だけです。それよりチエンにしてオイルバス式に進んでいます。チエンで驚いたのは、NSUの250ccと150ccのチエンの張りをスタート前に調べたのですが、レース後とれ位弛んだかと点検したら、少しも弛んでいなかったのです。(富塚、棚橋、鈴木3人同時に“ほう”と感心)埼玉から浜松までの距離を高速で飛ばして、ひとつも弛んでないのですね。全く驚いて了った。
棚橋:大したもんですね。
富塚:日本だったらとてもそうはいかナ。毎分1万回転ならブレーキもいかんだろうし、イグニッションだって――
本田:だからわれわれが出るとすると、自分達だけでは駄目で、そういうメーカーの協力なくしてはどうしようもないんですね。その外リムもあるしタイヤの問題だって……
独特なバッテリイグニッションが可能
鈴木:イグニッションはバッテリですか?
本田:グッシはバッテリ、ジレラはマグネットウ、バッテリ・イグニッションもぼつぼつ出ていますが、まだマグネットウが多いですね。
富塚:マグネットウの方が有利かも知れないね。
本田:トルクの大きい小さいがエンジンに可なりの大きいパーセンテージになるので、マグネットウを廻す損から救うためにはバッテリ・イグニッションの方が有利です。火花性能はそう問題にならないので、ダイナモなどによるチャージの必要がないでしょう。2時間から2時間半ですから。
富塚:なるほどバッテリの方が良いわけか、そうすればコンタクトブレーカーポイント問題も2つつけることが可能だから非常に楽になるわけだ。
本田:帰ってから考えて、いまひとつ困ったことはリムですリムはジュラルミンです。これだと重さが約半分の軽さになるんですが、造ってくれる人がない。私は外国の部品を使わずどうでも国産品でやりたいと思っているのですが、リムですら大変なんですから、これは大量生産ですからレーサーだけだとやって呉れそうもない。
鈴木:チエンもネックですね。よくチエンが切れ落伍していますから。
本田:今年もチエンの切れたものがありました。日本のメーカーには気の毒ですが、日本のチエンでは自信がもてそうもありません。タイヤだってそうです。向うのものは軽い。その上アンバランスが全くない。アンバランスが一番コワイ。
レーサー技術を実用車に生かす
棚橋:レーサーとしては現在のプロダクションモデルとは相当かけ離れたものになるわけですね。
本田:そうです。エンジンはもち論全然新設計、フレームも新しいもので、大量生産でないから当然パイプになりますし、結局、実用車はこれに近づいて行くわけで、実用車の高度の試作と思っています。
レーサーではあるが、実用車にその技術を生かす、それでやらなくてはウソです。日本のようにトラックでガタガタ走って許りいては技術の進歩は望めないと思います
鈴木:日本でTTモデルを作る場合の一番の問題は練習のためのグラウンドのないことですね。
本田:私が頭を悩ましているのもそれです。
富塚:これが最大の問題だナ。最高時速200キロのものを完成しても、そのスピードの出し場がない、エンジンはベンチテストでも見当はつくが、見当はあくまで見当で、確信ではない。
本田:実地に走らんことには、風の抵抗で全然ちがいますよ。
富塚:練習で、100キロしか出さなかった選手が桧舞台でいきなり200キロの時速で走れるかというと、これは疑わしい。
本田:スピード感に馴れていかなければとても……
富塚:この点が一番ひっかかるね。それにはどうしても練習場がいる。何処か交通遮断でもして。
本田:犬がコースに出ても200キロは出せません。絶対に安心できる状態の下に走るのでなければ駄目です。結局専用コース以外は望めませんね。
むづかしい練習コースと選手
富塚:結局、一番むづかしそうなエンジンが、一番楽かも知れん。次がフレーム関係、最後の一番むづかしいのが車のテストと選手となるかもしれん。
本田:御説の通りと思います。エンジンの設計や工作では英国やドイツにひけを取ろうと思いません。工作機械では向うより水準が上のものが揃っていますから、その点は安心しています。それで結局エンジンよりもテスト、練習の問題です。ドイツはアウトバーンがあるからうらやましい。
棚橋:そうですね。ギヤボックスにしても130哩で急に押した場合、ギヤやベアリングがどれだけ持つかなども余程シビヤなテストをしないと結論が出ないでしょうし、自信も持てないでしょう……
本田:それに、どの出場車でも出足が非常によいですね。これは気化器の問題とも関係しますし、実地でやってみないと自信が持てない。
現在日本では輸出振興とかいっていますが、外国では日本の重工業など全く理解していないのです。イタリヤでイソを作っている工場の重役にあったのですが「日本ではエンジンを造れるのか?」という質問です。こうした状態では輸出輸出といっても出ないのですね。宣伝文句で“水爆的性能”といっても“世界水準”と謳い上げてもだれが信用するものですか。実際にTTレースに出走して優勝しないまでも、完走して来るだけでも、どれだけ日本のオートバイ工業を世界に認識させうるかと私は言いたいのです。
鈴木:全く同感です。
海外から学ぶべき点
棚橋:オートバイ工業国を行脚されましたが、どうですかご感想は?
本田:英国はどこも全く見せて呉れなかったが、ドイツとイタリヤは日本のメーカーの資格で、心よく見せてくれました。尤も前もってアレンジしておきましたが、BMWでもNSUでも全体的な設備としてはよく揃っていると思いました。私の所などの最後の仕上げ設備ではむしろ充実していると思いましたが、全体としてはまだ及ばない点があります。
棚橋:学ぶべき点もおありでしたでしょう。
本田:日本のメーカーも、もち論われわれもそうですが、考え方を変えなければ駄目ですね。ホレックスの工場などそう大きいのでなく、1日80台くらいの生産ですが、粒の揃ったよい設備をもっているのです。日本のように従来の性能も精度も悪い旧式な機械で、器用さだけを頼りになんかしていない。
又、下請けの点ですが、リム、タイヤ、チェンとか電気や気化器といった限られた外装部品は別として、その他はすべて自工場で生産するという傾向が強くなっています。英国のメッキは非常によいと定評ですが、これは全部メーカーの工場で自分でやっている。下請けのものは悪くて駄目だというのです。競争が激しくなり、良い製品を競うことになると自然この方向に進まざるを得ないのですね。下請工場を利用しているのはむしろアメリカで、欧州では一流メーカーは一貫作業になっています。グッシなども75%も自工場でやっている。これがコストの50%になり、限られた外装部品にはうんと良い一流品を選ぶのでコストの大きい部分を占めているといっていました。
日本のように下請けだけで行こうという考えの場合、下請けがよい機械設備をしておって、信頼性のあるものを製るのでなければ、決してよい車はできませんね。向うのやり方は下請けにやらしてネックになるものはどんどん自工場に切り換えていますし、せいぜい荒削り程度の作業をやらせる他はやらない――その代わり、限られた外注部品のメーカーはいづれも古い歴史と設備も整っていて、メーカーが自慢できる優秀品を提供しているのですね。
そこえいくと日本は苦しいですね。例えば、磁鋼など日本が本山であり乍ら、マグネットウで苦労するんです。
富塚:原料関係で値も高いし、設備が不充分なので製品に均一性がないという所だね。理論ではよいのだが、生産になるとどうもいけない……
本田:だから、日本でTTモデルを造るということは非常にむづかしいので、関連工場の真剣な協力なくしてはもって行けるものがとてもできないのですよ。
鈴木:出はこの辺りで……どうもありがとうございました。
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