1950年代二輪車・バイク広告集(3)

May 21 [Sat], 2011, 14:44




1950年代二輪車・バイク広告集(3)

1953年版




1953年「名古屋T・Tレース」に出場したメーカーの広告









1953年昌和SH型150cc
昌和製作所(沼津)はバイクを含めて4車種あるが、このSH型が最新型で新スプリングフレームをもつ先端を行くものだ。SF型は普及型、SK型は2サイクル100ccの軽量車、SGはバイクである。SHとSKのエンジンは全く同じ4サイクル 単気筒チエン駆動OHC 149cc 内径55X行程63mm 圧縮比6.5 4800rpm 5hp の出力を持つ。マグネット点火、単板クラッチ、足動2段変速 フレームはループ型でリヤサスペンションはスイングアーム油圧式。最高速度80kmの高性能車。
■「名古屋T・Tレース」で個人優勝に輝き、技術力の高さを示した。










1953年ホンダ ドリーム E2型150cc
国産唯一のプレス型フレームを採用し、エンジンは単一機構のすっきりしたデザイン。大量生産方式でコストダウンを図っている。4サイクル 単気筒 OHV 145cc 内径57X行程57mm 圧縮比6.5 最大出力5hp 4000rpm 足動2段変速 最高時速70km。ホンダらしく毎月エンジンは変更され、1953年後半にはE3型200cc(3段変速)にチエンジしていく。
■ 私の友人が所有していたE3型、たびたび借りたものだ。キックがとても重く、エンジンのかかりもイマイチ、サスペンションもほめられたものではなかった。でも、当時ドリームを乗れるだけでうれしかった。











1953年 ポートリーライナー号150cc
従来のロビン(SV150cc)から新たに1953年モデルとして北川自動車工業(浜松)が発表した最新モデル。エンジン 4サイクル 単気筒チエン駆動OHC 149.6cc 内径55X行程63mm 圧縮比6.5 最大出力7hp 5000rpm 最高時速100km/h マグネット点火 常時噛合式3段手動変速の高性能車。
■ なぜか昌和SH型とエンジンがよく似ているがミッションは違う。北川自動車は1955年には英車「サンビーム」に範をとったOHC直列2気筒ツイン・シャフトドライブの250ccを誕生させている。当時のホンダ(SA型)より、ある意味、先進の技術を誇る。








1953年 スミタC型150cc
4サイクル 単気筒OHV 147.7cc 内径56X行程60mm 圧縮比6 最大出力3.5hp 4500rpm コイル点火 単板クラッチ 手動2段変速 経済性を主としたモデルで多くのスミタ ファンがいた。また、月産400台をキープしていた中堅メーカー。53年後期型ではプランジャータイプのリヤサスペンションを採用する。
■ 私が15歳の頃、近くの会社で通勤に、このスミタ号を使っていた年配の社員がいた。ガソリンタンクに引かれた手書き?ライン(確かゴールド)の記憶だけ、なぜか残っている。   








1953年 クインロケット150cc完成度では定評があった新三菱重工製エンジンを搭載。4サイクル単気筒SV 148cc 内径57X行程58mm 圧縮比5.4 最大出力3.5hp 手動3段変速 車重102kg 最高速度65km/h 運搬車として実用本位のバイク。この53年型では、これまでリジットだった後輪にプランジャー型サスペンションを採用、ミッションも2段から3段へとバージョンアップを図っている。しかし、なぜか右手動変速のまま、ホーンは手押し式である。この時期、中京圏でよく売れ、ロケット商会(浜松)の基盤を確立させたほど利益を生んだバイクである。翌年には、エンジンこそ三菱製だが200ccにアップさせたAR型を登場させている。
■近所のトラック運転手Aさんが1952年型に乗っていた。毎朝1発でエンジンを始動させていた。とにかくロケットは故障の少ないバイクだった。
   
  








1953年 エーブスター(エーブモーター株式会社・東京目黒区)
350cc V型、200cc、GR型、150ccBR型の3車種をそろえ、いずれもOHVで変速機をフレームの丸いハウジングに固定した独特の設計、チエンの位置をただちに調整できる特徴を持っていた。
CV型338ccは内径60X60行程mm V型2気筒 圧縮比7 最大11.86hp 4070rpm の出力を誇り、マグネット点火、多板クラッチ、手動3段変速。全長2.20m 最高速度120kmの高性能車。
GR型200も好調でよく売れた車だ。198cc(60X70mm) 最大出力5.8ph 3段変速 最高速度100km。
BR型150は、142cc(55X60mm)7.4の高圧縮比で4300rpm 4hp 3段変速。
■1953年1〜2月期の二輪車生産台数は、ホンダのトップは別格として、このエーブモーター(株)は423台と業界では5位にランクされている。兄が借りてきたGR200にこっそり乗ってみたが、ハンドチエンジのタイミングが分からず、自動3輪車とぶつかりそうになり、ヒヤリとしたのが思い出される。兄貴にゲンコツをもらった。









1953年 ポインター 新明和興業株式会社(西宮)
新明和が航空機メーカーとして当時の設備と設計を駆使したポインター号。SV(側弁式)のスパー号、OHV(頭上弁式)のコメット号、それに250ccのエース号が中心となって近畿地方では進出著しい。コメットは新設計車でOHVの2ポート、148cc(57X58mm) 5.3hp 4800rpm のエンジンを装備、足動3段変速、最高速度80km。







1953年 ホープスター L型148cc 天龍織機株式会社自動車部(浜松市)
4サイクル SV(サイドバルブ)148cc (57X58mm)圧縮比6.5と高く、最大出力3.5bhp 4000rpm フライホーイルマグネット点火 足動2段変速 最高時速70km/h 前輪油圧フォーク、後輪筒型ダンバー 車重130kg

■ デザインは当時としては一般的な軽二輪車である。しかし、クランクケースは単体で仕上げてあり、エンジンまわりはすっきりしたものだった。名古屋T・Tレースでは15位で完走している。
実はこのホープスター号の中古車を兄貴が1953年ホンダFカブ60ccと交換して手に入れ商売に使っていた。時々通勤や、悪童仲間の遠乗り会で 2年間ほど乗った。始動性もよく、ほとんど故障もなかった。2段ミッションで非力だったけど、前後サスペンションもまあまあの出来だった。かなり使い込んだ車だったが、SVエンジン独特の使いやすさと、低く構えた車体はとても乗りやすかった。また、名ばかりのプランジャータイプのリヤサスが多かった中で、この車のものはすぐれたものだった。










1953年オートビットFE型150cc (株)藤田鉄工所(名古屋市)
4サイクル 単気筒 OHV 147cc 内径55X行程62mm 圧縮比5 最大出力4馬力(4500rpm) 2段手動変速 最高時速65km。ダイナモをエンジン前側、マグネット後に傾けて搭載している。
■ オートビットの藤田鉄工所は、戦前従業員50人ほどの工作機械の歯車製造会社で、名古屋市中区のJR金山駅近くにあった。戦時中は軍需工場に指定され、中川区に工場を設けていたが、戦火が激しくなると岐阜県揖斐郡谷汲村へ工場ごと疎開した。
終戦後は中川区に戻り、鍋、釜の製作を始め、次に木工機、織機の製作を手がけ、昭和23年(1948)にはバイクエンジンの試作も行うようになった。エンジン設計担当者は、戦前三菱名古屋発動機製作所に勤務していたことがある宮崎恭輔である。彼は後に山下工作所のパールのOHCエンジンを共同設計し、大八州号に使用されていたオリンパスのエンジン、リプトンに搭載されたみづほのエンジンなどを手掛けている。
 宮崎はアメリカのABCという会社のグライダー用4サイクル2気筒エンジンをモデルに、それを単気筒にして、OHV150ccのエンジンを造った。試作では、大正時代からダグラスやトライアンフに乗り、名古屋屈指の名選手といわれた平田友衛がテストライダーを務めた。




 1号車は昭和25年(1950)に完成。フライホーイルむき出しの2速の手動変速機を持ち、2.5馬力だった。エンジンが大きいわりにフレームが弱くよく破損したという。しかし、当時名古屋地区では同業者は少なく、オートビットはよく売れた。

 藤田鉄工所は、昭和27年(1952)従業員115名、資本金875万円で株式会社となった。エンジン、車体は自社製造で、ジェネレーターは平出製、マグネットーは国産電機、タイヤは藤倉ゴム、クラッチとブレーキレバーは山田輪盛館、チエンは菅沼商会などの部品を使用した。社長の藤田 鑑(あきら)は新しい物好きで一流品を好み、ハーレーやイギリスの車の新車をよく購入していたが、自社製品のオートビットはいたって地味で、車種も昭和27年(1952)まではOHVの単気筒150cc1車種のみだった。そしてフレームを強化し4馬力となった1952年のFD型、フイッシュテール型マフラーで5馬力になる1953年FE型となる。同1953年にはOHV単気筒250ccの25型を発売して2車種となる。
  
 昭和27年(1953)3月に開催された名古屋T・Tレースで、参加19メーカー57台出走の内、オートビットはチーム賞8位となり、地元のメーカーではI MCの7位に次ぐ成績を残している。
 また同年7月の静岡県富士宮市から富士山表口二合目までの27kmを登る、第1回富士登山軽オートレース(個人出場で99台が参加)で、なんとオートビットが1位でゴールに入った。このレースに出場したオートビットは、4サイクルOHV 150cc、二段手動変速のFE型で、奇をてらわない堅牢な造りが、耐久レースで結果を残したといえる。そしてFF型(1954)で175cc にボアアップし、三段手動変速に進化していく。
 いずれにせよ、名古屋T・Tレース・富士登山レースは国産車の耐久性向上に大きく貢献したといえる。

資料提供:冨成一也「名古屋オートバイ王国」











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