再社会人の心構え。

December 24 [Sun], 2006, 23:33
明日から再社会人。



前の会社を辞めてから今までの丸3年を考えてみる。



結論から言うと無駄だった。

金はなくなり、働き盛りの24〜27歳という限りある歳月と若さを無駄に使った。





だが無意味ではない。

必要な無駄だった。

俺のやりたい事がやれん時のモチベーションが異常に下がる厄介な性格を鑑みるにこれは必要だったと思う。

あの時上司だった高柳さんに言われた通り仕事を続けていてもあと何年かして再燃し、結局取り返しがつかなくなっていたかもしれない。

再燃すれば、だが。

それは全て仮定でしかない。

3年前の決断はあと何年かしないと良かったか悪かったかの判断はつかないだろう。

むしろ死ぬまでわからないかもしれない。



それと得たものは何より男女を問わず「人」に出会った事。

俺のような「クソ変わり者」の考えを理解してくれた人に出会った。

今もポパイで共に働いてる奴。

今も東映で役者をやってる奴。

今は自衛隊で国を守ってる奴。

今は大学院でまだ一緒にフットボールやってる奴。

数人ではあるが大事な身内。



この事に関しては自信を持ってこう思える。

3年前に決断してなかったらお前らには出会ってない。お前らと心が通わせられた事でこの3年は意義があった。



愛だの仲間だのクソチープな言葉はゆえんけえこれで許してくれ。





明日からの社会人生活は甘えや弱さが許されん「大人」な世界。

もう言い訳がきかんガチンコの年齢。

だから俺は泣き言や弱音は言わん!

俺自身で解決せにゃいけん。

なんの文献かはわすれたけどいい名言を…。

「証明とは人に対してやるもんじゃない。自分自身のためにやることだ。自分が自分による自分のための証明だ」


自分を証明しに行きます。



ではみなさん良いクリスマスをすごしてくれ。

オヤジの教えについて語ってみる。

December 21 [Thu], 2006, 14:37
俺は子供の時オヤジに常々言われてた。



「やる事やっとったら何やってもええ!」

「人様に迷惑かけんかったら何やってもええ!」

「身につくんなら習い事でもなんでもさしたる!」




これ以外はカンペキ放任。



もしこれを破ったら…。



恐怖のやいとうもしくは…

リアルマジシバキが待っていた…。



かつて小学生時代に夏休みの宿題をやらんかってなおかつ逆ギレした俺に取られた措置⇒

やいとう

かつて小学生時代に万引きして見つかった俺に取られた措置⇒

マジシバキ

かつて習字を習ってたが実はその時間は適当に遊びほうけてた俺に取られた措置⇒

マジシバキ



ちなみにマジシバキの「定義」は顔の形が変わるかどうかってこと。

ただうちのねーちゃん時代のオヤジはオニだったらしい。

顔パン→○

グーパン→○

水かける→○

※ちなみに「水かける」はなんかワルイことをしてさんざん殴られたおねえが外に放り出され、玄関のドアをどんどん叩いてたらチェーンの間隔だけドアを開けられてバケツ一杯の水をかけられたとのこと。ちなみに季節は真冬。

もはや完全にDVっす。

おねえはゆう。

「あんたー要領がええけえね。うちがシバかれよった時に「僕勉強してこよ」って2階に逃げよったじゃあないの」

…はい、覚えてます。

オヤジが怖すぎて悪事を働けなかった俺。

上の3箇条は確実に守ってました。



まあとんでもなく個人主義の子に育ちましたけどね。

「〜〜じゃったら何やってもええ」の「何やってもええ」をだいぶ強調した感じに…。



でも今ではまるでツレのような感じ。

政治談議やスポーツ談義、前に実家に帰ったときは「YOUTUBE」の存在とメールアドレスをつくってあげた。



ただこんな子供シバく親も少なくなっとると思う。

じゃけえ「痛み」がわからん子が増えとるんじゃない?

学校がどうこうじゃないじゃろ?

親の教育じゃろう。

子供が本来一番怖いのは親じゃし親を怖がらんにゃあの時期の子供は「クソガキ」になる気がする。

親→怖くない
先生→親が怖くないのに怖いわけない

昔は悪いことしたら親が先生に謝りよったのになぁ。

今は親が学校に怒鳴り込む時代じゃもんな。

おかしげなのう。



ちなみにおかんの教えは

「あんたがちゃんとせんかったらうちら親が笑われるんじゃけえね」

とのこと。

自分がどうこうより人が俺のせいで笑われるのはムカつくのでその点はすっごい気をつけた。

でも最近そのおかんが一番恥ずかしいことに気づいた。

更年期障害だな。

あとキッチンドランカーね。料理と一緒に自分もできあがるから。



こう見るとすごい家に育ったな俺…。

生きる意味について語ってみる。

December 18 [Mon], 2006, 22:18
俺は人は生きる意味をなんしか持って生まれてくると思っている。



一人一人が自分に課せられた役目を果たす。



俺的にはそのために生まれて来ると思いたい部分がある。

俺はかつて幼稚園の時、小児喘息にリアルに悩まされてきた。

東洋病院(マツダ病院)のベッドの上で息もできずチアノーゼになりながら「死ぬ死ぬ」を連呼していた。この事は今でも覚えてる。



絶息



絶息



こんなつらいんなら死んだ方がええ!

たぶん本気でそう思ったんだろう。



でそん時の峠を越え、朝に見舞いに来たうちのオトンの友達か誰かにこう言われた。

「ヒロ。よう頑張ったのう。お前はたぶん何かやるためにこの世に残ったんで。頑張れよ。」

と。



俺は普通にそのまま大きく育った。

地元にいる時は思い出さなかったこの言葉は京都に来てやたら思い出すようになった。



俺はなんなんだろう?



飯食って、

セックスして、

排泄して、



死んでくのか?

それだけはイヤだなぁ。



大学の時に読んだ何かの本(たぶん何かの哲学書っぽいもん)に書いてあったが

人は死ぬ時に大地に爪痕を残して死ぬ。
自分がこの地に生きたという証しを残して。

俺が残すべき爪痕は何だろう?

その答えはいまだにみつからない。

役者として人に何か感銘を与えるのかとも思ったが違うらしい。



一生考えるもんなんかな?

死ぬ時には何かわかるんかな。

人生ってなんだろな…?

過去の恋愛について語ってみる。

December 13 [Wed], 2006, 0:05
執筆依頼があったので書きます。

そんだけヒマなんだけどね。



悲惨な初恋日記なんで読んだら泣いてください。



これは俺がまだ高校2年生だった時の話。



あれは7月の事。

俺は中坊時代はまっっっっったく女子に興味が無く、もっぱら男子と遊んでいた。

高校に入ってもそれは変わらず俺は延々男同士で遊ぶ事に夢中だった。

そしていつものようにクラブ(ゴ〇フ部)の友達と街をぶらついていた。

当時はファッション界にまだB系のストリートスタイルは世の中に定着しておらずハジけたい若者の流行りはもっぱら古着に集中していた。

靴もスニーカー全盛の時代でNIKEのエアマックス95が大流行りした次の年。



しかし広島市内ではチーマー「スキ〇ズ」が猛威を奮ってたため街中ではろくにエアマックスもはけないご時世だった。

そんな軽い世紀末。



俺らは袋町である古着屋を発見した。

あんまがっつり入った事のない店。

何段かの階段を降りて半地下の店内に入る。

そこにかなりキレーな店員さんがいた。

そん時は確か4人か5人で店に入ったが俺はつきっきりでそのオネーさんに服を見てもらってた気がする。

その店員のオネーさんはマミさん。(当時22。早生まれなんで学年は6つ違い)

ちょっと話し込んで帰りにポケベルの番号をもらう。

この時点でもうすでにけっこう初恋。

当時ケータイなんてゆう便利なもんはなくベルが若者の流行りだったのですよ。



で何回かやりとりをする。

でマミさんの車でドライブに連れてってもらったり、
初ちゅうをかましたり、
ついでに軽く告ってみたり、
その挙句ちょっと成功してみたり
俺は我が世の春を謳歌していた。







がしかし!



がしかし!!!





ある時俺はドライブ中にすごい事に気付いた。

マミさんは当時まだ普及してないケータイを持ってたのだ。

しかし俺は番号を教えてもらってない。

俺は気になりつつも放置してみたがとうとう聞いてみた。



「〇〇(マミさんの呼名)、ケータイ持っとったん?教えてや〜」

「あ、これ仕事用じゃけえ」

「あー、ほんならええわ。ごめんねー」

俺は一瞬マミさんを疑った自分を恥じた。

でそのまま家まで送ってもらってた時事件は起きた。

当時のケータイは分厚くてとてもジーパンなどには入れてはおけない。

そうなるとバッグに入れるしかないのだがそれが鳴ったときに、緑の液晶に書かれた名前のカタカナが知らん男子だった。

マミさんはすぐに電話に出て楽しそうに話し始める。



…何これ?

後で聞くと仕事相手との事。



で帰り際にマミさんはなぜかケータイ番号を教えてくれた。



それから二日後、俺の家電とマミさんのケータイで話してる最中、マミさんに泣きながら別れを切り出された。

俺は昔からプライドが高いので追っかけたりするってのができない。

かっこつけて別れたがけっこうてゆうかだいぶ未練たらたらだった。

いつかもっかい告ったろぐらいの気まんまんだった。

気持ちは伝わると思い込んで。



で後日、ゴル〇部の奴と二人で街を歩いてるとそいつがカミングアウトしよった。

奴はオシャレさんでマミさんの店も何回か行っとって他の店員さんとも仲がいい。

でその他の店員さんいわくマミさんはオニ女らしい。




とにかくめっちゃ浮気症。とりあえず気に入った子は声かけてキープしとくんと。

「いやー、お前があんまり本気じゃしゆえんかったわ」

そん時ゆえや!

そっから俺がしばらく女子をキライになったのはゆうまでもない。






ビッチな女に引っ掛かったこんな初恋…。



涙なしでは語れぬわ。

名言について語ってみる。

December 12 [Tue], 2006, 20:25
俺は名言がとても好きだ。

本の中、映画の一言、歌の歌詞の一小節…。

それらの中には青臭い陳腐にしか聞こえないクサイせりふも多々ある。

俺が好きなのは独特の言い回し。愛だの夢だのストレートで「粋」じゃない言葉はむしろムシズが走る。

よく思ったのは売れなかった役者時代、

「夢を追いかけてるね」的な事を言われるのは相当ウザかった。

その度に

「やりたい事をやってるだけっす」

ってゆう自分もウザかった。

ま、話は逸れたが本や映画、そして歌詞などはある種作り手の独特な言い回しがある。

それを俺は好み、ときにはよくパクッってみる。

最近のお気に入りはあるアメフト映画で連敗中の選手たちに神父が言った言葉、



これは私のプレイブック(作戦帳)だ。

止まない雨はない

明けない夜はない

今がダメでも呪われてるわけじゃない

さあ一緒に祈ろう

(「エニィ・ギブン・サンデー」から)





…カッコいいと思う。

ダメなら神に祈りをささげようよ。

そんなんじゃない。

いつか雨は止む。

いつか夜は明けて朝が来る。

今がダメだからって呪われてるって思うのは間違いだ。



それらをすべて集約しながら独特の言葉で伝えたいい言葉だと思う。



またこれはマンガからの抜粋だが



後ろ向き?

後ろ向きのどこが悪い!

前向きって言葉に「魅力」があるだけだ。

俺なんかずうっと後ろ向きだぜ。

(「光路郎」村枝賢一著)





これにもやられた。

村枝賢一とゆう漫画家は男クサイ作品を多数書いてる漫画家だが俺はすっごい好きだ。

これ以外にも名言を多数書いてる。

また後日書くことにしよう。

今日はこの辺で。

「身内」について語ってみる。

December 11 [Mon], 2006, 21:33
この年まで自分という人間と付き合ってると俺は人を分けるクセがある事にイヤでも気付く。

すなわち「身内」かそうでないかという事。

身内と言っても肉親の事ではない。

俺は自分自身が変わり者である事にはさすがにけっこう気付いている。

何よりぱっと見とキャラは全く違うし、常にしょうもない事を含めいろんな事を考え、そして自分のルールに沿って生きてる。


こんな変わり者を人間的に受け付けない人もいるだろう。
それなりに対応して間を保つ人もいるだろう。



だがまれに認めてくれる人がいる。
受け入れてくれる人がいる。

老若男女問わず俺の中でそうゆう奴は「身内」だ。



士は己を知る者のために死す



こいつらのためなら体を張れる。

逆に身内のためにならば喜んで張ってやろう。

身内が楽しい時よりも困った時にこそ一緒にいてやりたい。

世の中全員を愛す事はできないが身内には愛を持って接しよう。

身内の気持ちだけは絶対に裏切るまい。

世界中が敵になっても俺だけは味方でいてやろう。





俺はいまだに「気持ち」で生きてる。

ただこれは社会人とは思えないほどとっても「幼稚」な考えだ。

でも広い世の中にそういう奴が一人ぐらいいてもいいじゃないか。

「身内」のために生きるのが俺だ。

人に理解されなくとも俺の道だ。



身内が困ってたら助ける。

身内が泣いてれば一緒に泣いてやる。

身内にとっての喜びは俺の喜びのように喜ばしい事だ。



そして今まで生きてきて何人かの換えがたい「身内」を得た。

俺はやはり運がいいんだろう。

そしてこれからも俺はこういった身内達と共に生きていくんだろう。

そう考えたら楽しくてしょうがない。

何はなくとも人生はバラ色だ。





全ての俺の「身内」達に幸あれ!

しばたきこ?

December 07 [Thu], 2006, 23:36
今日バイト先で後輩に、

「畑田さん武士っすね」

といわれる。

誰が武士や!?

つまり

頑固で

独特のルールがあって

あと見た目らしい。

確かに自分の思ったことは人に言われてもなにげに曲げんし、

自分だけのルールがあり、

そして確かにもみあげも伸ばしている。(特に意味はない)



だからって武士はなかろう。



だって俺の自分イメージでは

イタリアンマフィアだと思っとったけえね。

ちょいショック…。



で今日はポパイがくそひまだったけえカウンターでおしゃべり。

後輩に好きな芸能人を聞いてみる。

「え、僕っすか?そっすねー。しばたきこっすかねー」



しばたきこ?

柴田貴子?

柴田喜子??

柴田はあってるはず。考えろ、考えろ俺。芸能人あんま知らんとかまた武士とか言われるで。



……

………



「…しばたきこって誰?」



後輩大爆笑!

「畑田さんまじで知らないんですか?ほんまに武士じゃないですか」

いやいや、誰が武士やバカたれが。

「えーけえ誰なあ?」

柴崎コウ知らないとかありえないっすよ」



うぉい!さすがに柴崎コウは知っとるわい!!!」

「てか畑田さん誰好きなんすか?」

「え、俺?俺はあれだよ。

深キョンソニン





「あー、ぽいすわ。あーそういえばね…」

「終わりかーい!?」

リアクション困んな困んな。逆にハズいわ。



そんな平日の夜でした。

レミオロメンについて語ってみる。

December 03 [Sun], 2006, 9:19
レミオロメンは最近風味堂と並ぶ俺の中での2大フェイバリットアーティストである。

で今一番聞いているのがこれ↓


1stアルバム「朝顔」
1. まめ電球
2. 雨上がり
3. 日めくりカレンダー
4. ビールとプリン
5. 朝顔
6. 昭和
7. すきま風
8. フェスタ
9. 電話
10. タクシードライバー
11. 追いかけっこ


もともとの聞き始めは友達のiポッドに入ってた「エーテル」(2ndアルバム)の「3月9日」を聞いて久しぶりにガツンとやられたためだ。

でそこから「HORIZON」(3rdアルバム)を聞いて「朝顔」(1stアルバム)にたどりついた。

で聞いたのだがむちゃくちゃいい!

「エーテル」「HORIZON」とアルバムを経るごとにだんだんポップで明るいレミオロメンに変わりつつあり俺は「う〜ん」てなってた。

もともと根暗なためあんま明るい曲はあんま好きじゃない。

街をぶらぶらするよりカフェで本を読んでるのが何より好きなのだ。

酒を飲むのは好きだが飲み屋より家飲み派なのだ。なんなら一人でもいい。

話はそれたがこのアルバムにはなんかそういった「暗さ」がある。


一人ぼっちの暗さ。

自分が思ったようないい人生じゃない感じの鬱屈。

別れることが前提となってる恋愛。


それを一人で考えてるのがこのアルバムのような気がする。

ちなみに俺のベストソングは「昭和」。初めて聞いたときにまったく意味もわからず涙目になってしまい友達とカラオケに行って歌ったときにまた涙目になってしまった曲。

特に歌詞がいいわけではないがメロディがなんかヤバイ!

風味堂もそうだが俺は歌詞メロディで曲を聴く。

メロディが最高なら涙腺の弱い俺は簡単に泣けてくるのである。

初ヤプログ!

December 02 [Sat], 2006, 6:42
イェス!

初ヤプログでございますよ。

ただまだどーしちらええんかまったくわからんけどね。

てゆうか某mi○iもやっとんじゃけどね。

ただこの自分だけのページなのがいい。

m○xiのようにものすごい量の知らん人がいないのがいい。

これからmix○で書かんことを書いていくことにしよう。

じゃまあ今日はこの辺で。

ばいばいきーん。
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    ・スポーツ-アメリカンフットボールのディフェンスをこよなく愛す
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・身内にウソはつかねー
・考えさせられる映画、漫画を好む。
などそんなこだわりB型27歳のヤプログでございます。
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