お祈りをしてきた 

May 10 [Tue], 2016, 18:59
忙しく日々が過ぎていくことと思います。


僕は今日、最近通いつめている
近所のお寺の
夕勤
に参加してきました。


夕勤とは、
「ゆうごん」といって、
お坊さんが、夕刻にお勤めとしてお今日をあげるお仕事です。


1時間たっぷりお経
南無妙法蓮華経
を聞き、そして、唱え、
祈ってきました。


色々なことを考えました。


まず、今、心配をかけまくっている
父母のこと


亡くなったおばあちゃんのこと


脈々と続いてきた先祖のこと


仕事の人のこと


あと、ずっと1時間もあると、
そんな高尚なことだけでなくて、
他のことも考えますね。


考えてたいたのが、数学のこと
先祖代々の家系図書こうと思ったら、
横の長さは何倍で収束するんやろ?
と、考えて、
等比数列の収束か…
4倍か。
とか、考えてました。
等比数列の和の公式忘れてました。




祈りながら、
下らないバラエティ番組のこと
とかも考えてしまった。
職場の先輩が昔話していた話で、初期研修時代に、お寺での精神修行があり、そこで同期が泣いてたかなんかで、こいつ頭おかしい、と思った
と言っていました。


それが正常な大人の男の発想かもしれない。
今の自分は異常かも…
とか。




途中で人の名前が呼ばれました。


名前と命日




前のおばさんが泣いていました。




自分も、
父親が死んだことを考えたら、
泣きそうになりました。




自分の名前が呼ばれました。


本日、夕勤に来た人の
家内安全とか健康祈願とか不安消滅?とか
の祈り
をお坊さんがささげてくれました。


自分の名前が呼ばれると、
承認欲求が満たされる
感じがしました。


生きててもいいんや
って。


けど、
立場を変えて、
祈られる側ではなく
祈る側に行きたい
と思いました。


そうしたら、
家系図の中で
自分の次の世代のことを
考えるようになりました。


僕の上に
広大な二分木が広がっていて、
その下にも広がる世代を繋ぐ木が増えていく。
もし、運が良ければ、
僕の隣に、僕と同じくらいの
広大な先祖によって紡がれた人がいて、
その下に、また人が産まれる


かもしれない


ということを考えると


ホッとすると同時に


その下の人(自分の子ども)
が出来たら、その人のために祈りたい
と思うようになった。


たとえ出来なくても、
他の人を祈りたい
他の人の幸せを祈りたい


と思いました。


今、中野信子さんの
脳科学から見た「祈り」
を読んでいるからだと思います。


情けは人の為ならず


というけれど、
本当にそうだな。と。
P R
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