
2007年サンダンス・NHK国際映像作家賞受賞作(その一環でBS2にて放送)。アルゼンチン。
冒頭の映画祭紹介Vに、ただいまlove

のWalter Salles監督(←。犬的なお顔が超好みー

)のお姿も。
続いて本作の女性監督ルシア・セドロンが、当時はまだ小さくて迫害は受けていなかったけど20年前の軍事独裁政権とその爪痕について描いた映画だとインタビュー。
あらすじ(ネタバレ含む)(どこにも詳細載ってなかったので…そしてあまりにもコレ細かい点忘れそうだったので書いておきます)

02年、経済恐慌さなかのアルゼンチン。獣医師アルトゥーロが何者かに誘拐される。犯人グループは孫娘のギジェルミナに対し、身代金を要求。彼女は、フランスに暮らす母テレサに相談、テレサは久しぶりに母国アルゼンチンに帰国する。莫大な身代金の用意に悩む2人は、祖父が馬の世話を通じて懇意だったデルフィオネ将軍に借金を頼むが、彼は、テレサが12月に行なわれる軍部の過去を断罪する裁判で証言しないことが貸与の条件だという。だが証言をする決意を固めていたテレサは借金を拒否。ずっと暮らしてきた家を売るかどうかで喧嘩になる母娘。「人の命より大事なイデオロギーって何なの?」と訴える娘。母は娘に隠していることがあった。。。
20年前。テレサの夫、ギジェルミナの父パコはTVジャーナリストをしながら反政府運動に荷担していた。一家の身を案じていたアルトゥーロは、パコに再三亡命を勧めていたが拒まれる。ある晩、活動中に狙撃された仲間がいると、一家に助けを求めてきた。出向こうとするパコを制止、「あなたが行っても治らない」と自ら出かけるテレサ。パコは安全のためアルトゥーロの田舎の家までギジェルミナを送り届け、その後パコとテレサは駅で落ち合い、迎えに行くことにしようと約束をする。ギジェルミナの誕生日が迫っていたので、「ケーキを用意していてね」と、娘と約束して別れるテレサ。だがテレサはアジトで軍に捕まり、投獄されてしまう。解放後、命からがら友人宅に辿り着いたテレサは、パコがなぜかホテルの前で流れ弾に当たって死んだと聞かされる。なぜそこにいたのかも分からない。軍部の陰謀だと、テレサは確信する。アルトゥーロの元にギジェルミナを迎えに行ったテレサは、ギジェルミナから誕生日にアルトゥーロがいなかったと知らされる。最後にパコと会ったのはいつか、なぜ誕生日にアルトゥーロまでいなかったのかと問いつめる。何も答えぬアルトゥーロ。翌日、パコの遺体を引き取りに行き、現場であるホテルの前に置いてあった車に近づいたテレサは、車から見えたある店に気づく。その店では、ギジェルミナが「おじいちゃんから貰ったの」と言っていた羊のぬいぐるみが売られていたのだ。夫の死と、父との関連を疑ったまま、証拠もないからと、テレサは娘に、死因をふせたままパコの死を伝える。そしてテレサは娘を連れ亡命同然に、パリへ発っていたのだった。そしてその後、アルゼンチンに戻りたがったギジェルミナに対し、「娘の意志は尊重すべき」と、テレサは送り出していたのだった。
そして今。真実を知ったギジェルミナは動揺。だが身代金のためには家を売らないといけない。手続きを進め、身代金を渡しに向かうテレサ。そこにアルトゥーロしか知らない真実の回想が流れる。「今回の件は手違いで、狙いはテレサではなく俺だ」というパコと話すアルトゥーロ。「話をつけてくるので、連絡する。私はホテルに泊まるのでそこに来てくれ」とパコに告げ、アルトゥーロは将軍の元に向かっていた。だが将軍は「悪いようにしない」とした上で、テレサ解放の代わりに、パコを殺したことを示唆。アルトゥーロはそのことを、長年テレサに言えずにいた。生存確認を伝える電話越しに流れるアルトゥーロの声。「お前を愛していたからだ…いつか分かってほしい、そして許してほしい」…そして、テレサは身代金を電車の窓から投げる。ほどなく、解放されるアルトゥーロ。迎えに行ったギジェルミナが、父を抱いて戻ってくる姿を見つめるテレサの目には、かつてない優しさが漂っていた。。。
感想
アルゼンチンの当時の軍事政権と、21世紀に入っての不況(これに困り、昔のツケを払わせようとする輩がいる、と将軍は語っている…真犯人は実はコイツ!?とさえ思ったが)の酷さというのを初めて知ったので、まず何で警察に知らせないの!?などと、理解するまで面食らいました。
最初に「いい映画だな」と気づいたのは、過去と現在の交錯のさせ方。母娘がもめる現在は、水色の壁が印象的な一軒家。その台所での会話が、20年前、同じ家でなされていた父と夫の口論とつながっていく。変わらぬ家。変わらぬ思い。夫だけがいないアルゼンチン。そこでは暮らすことはできない、というテレサの思いは充分分かる。テレサはパリで既に再婚しているようだが、ここに戻るとその傷が癒えていないことが感じられる。ましてや、娘を思ってその夫を“差し出した”父を、許せないでいる内は。そんな父と距離を置きたいと長年思っていたことが、わだかまりとなって娘とも口論になる。その度タバコをプカプカふかす。「車内は禁煙よ」なんてたしなめられても吸うさまは、いかにもパリの女(ヨーロッパは比較的喫煙に寛容なのです)。でもそんな彼女が、時制的に最初に喫煙するのは、パコの遺した車内で、彼の遺した吸い差しを吸う場面なのです。そんな所も、彼女がタバコを吸うコトを通じて、精神的に今もパコに依存している、って感じが出ていてよろしい。
一方娘のギジェルミナが何度も何度も回想するのは、父パコの運転する車の後部座席で戯れる自分の姿。見進める内、それが父との最後の記憶だったことが分かってくる。幼い時の誕生日に、父もいず、母もいず、預けられた祖父の家で祖父までが外出していたら、そりゃ記憶に残るだろうて。車の中で口ずさんでいた曲が、ラストもかかる。ファミリーテープを録音するのは、やっぱりいいなーと思った。
「神の羊」というタイトルは、“神の悪戯に翻弄される迷える子羊”のように抽象的につけたのかと思ってたけど、途中で出てくるぬいぐるみが羊だった、と気づき、なるー!と膝うち。この羊をおじいちゃんに貰った誕生日(の翌日)に、ギジェルミナが口ずさんでいるのは「あるところにオオカミがいて、たくさんのヒツジにいじめられていました。あるところとはそんなところ。あべこべの世界」と歌う。現実では狼に苦しめられてる!と叫ぶ羊たち(パコ含むレジスタンスの面々)が、歌に託し娘に伝えたかった思いなのかも。その誕生日を境に、ギジェルミナの運命が音を立てて変わっていく。今では木で馬のパズルを作る学生だというギジェルミナ。馬は祖父との思い出。いかに彼女だけが祖父の味方だったかが自然と分かる。
とにかく、「メメント」ばりに時間 がつぎはぎされるので、何度も見返さないとシーンのディテールの中に込められた深い思いなどが伝わりづらいかも。でも見返す価値はかなりありました。HDDのため消そうと思って見始めたのに、結局もったいなくなって消せなくなってしまいました。
ひとつ、パコとアルトゥーロが対面する場面で上の方のマイクが見切れてました。インディーズ映画の醍醐味でしょうか(^_^;)
「神の羊」


