ココア 

2017年11月16日(木) 22時36分





14年前にアモが繋げてくれたご縁が続いて、今年の夏に迎えたココア。


とても元気です。


甘えん坊で、夜は私の腕の中で眠るのが好きみたい。


赤ちゃんを寝かしつけるように、抱っこしてゆらゆらさせると、気持ち良さそうに眠ります。


そしてそっと彼女のハウスへ。


そのまま寝てくれます。






老犬モコとの距離感も絶妙で、モコはここ最近若返ってきました。


ココアの真似して、オモチャで遊んだり、二本足で立っておやつねだってみたり。










今日は、ベランダのプランターに水やりをしながら、アモのことを思い出していました。


なぜアモはあんなに早く逝ってしまったのか。


アモを長生きさせるような努力ができなかっただろうか。


なぜあのとき、もう無理に頑張らなくてもいいよ、私は大丈夫だよ、なんて声をかけたのか。


もっとそばにいてよ、死なないでよ、ってなんでお願いしなかったのか、、


もしそうしていたら、アモはまだ生きていてくれたのだろうか。





後悔に近いような、とても切ない、悲しみの気持ち。




過ぎてしまったことをあれこれ考えても、もうどうにもならない。


アモは戻ってこないし、もう会えない。










ココアはアモが亡くなった3日後に生まれました。


アモはそれも分かっていたのかな。


もし、アモが長くいてくれたら、ココアは他のうちの子になっていたかもしれない。




…残された人間の、勝手な想像。そう思うことで救われたいっていう、ほんと、なんて勝手なんだろう、
と思う。






ココアが、アモのいない寂しさを埋めてくれるかというと、決してそんなことはなくて。でも、ココアの存在はうちの中を明るくして、久しぶりの仔犬ちゃんお世話は私を忙しくしてくれるし、またアジリティをやりたいという気持ちにもしてくれました。


ココアが来てくれてよかったと心から思います。






これからは、ココアのこともこのブログに書いていこうと思います。







半年 

2017年10月05日(木) 23時05分


昨日は十五夜。


今日はアモの命日から半年。



まだまだ悲しみや寂しさを抱えたまま。






どうにも止まらなくなる涙、会いたくて会いたくて痛む心。


こんなに大切な存在だったんだな、とアモが生きていた頃にだってよく分かっていたはずなのに、それをもっと上回っていることを、彼女亡き今、実感させられます。














ここからは、私の思い込みになるのかもしれないけれど、記録として残します。




今朝、アモがモコの身体を使って私の元へ来てくれた気がします。


昨夜まで普段通りだったモコが今朝は元気がなくて、でもゴハンはちゃんと食べるし、お散歩もいつものように行ったけれど、明らかにグッタリしていて、その動きは亡くなる前のアモのようでした。


最初、モコもとうとう弱ってしまったのかと、とても心配になったのですが、私を見るモコの瞳が、どうしてもアモの瞳に見えて、モコは普段しないような視線の動きも見られて、ハッとカレンダーを見ると5日。
アモの命日からちょうど6ヶ月。




そこで、モコの中にアモがいる、と感じたのです。








今朝のモコ。
左目、モコはこんな風な目つきはしないのですが、アモの眼差しには似ています。






モコが寝ている場所は、アモが最期に息を引き取ったまさにその場所。


普段モコはこんな中途半端ところで横にならないのです。
やんちゃなココアに邪魔されないところで休むはずなのです。






思い込みと偶然なのかもしれないけれど、、、


私はモコを抱きしめて、
アモ、ありがとう、ごめんね心配かけて、がんばるから大丈夫だよ、と言いました。






この後、午前保育の息子を迎えに行き、帰宅すると、モコはいつも通り元気になっていて、今朝のあれは何だった?!と拍子抜け。


やっぱり、アモだったのかな。














?今夜はお月様もとても綺麗で、アモが空の向こうに戻ったようにも思えました。




ふと息子が、アモちゃん戻ってきたらいいのにね、と呟いたのを聞いた私は、また涙したのでした。





























no title 

2017年07月09日(日) 10時52分
3ヶ月経ちました。




日常生活は普通に送れているけれど、夜寝る前なんかにカメラロールをスクロールしてアモの写真を見てしまうと、もうダメね。




我が子のような存在とは違うアモ。
対等か、それ以上の、身体は小さくても本当に本当に大きな存在だった。


私の全てを包み込んでくれるような子だった。




きっと誰にも分からない。
アモと私の関係。








私は大丈夫だよ、安心してね、アモ。


そう言ったことは、嘘じゃないよ。


嘘じゃないけれど、涙止まらない。


涙が出ると、会いたいよ、会いたいよ、って言っちゃうけれど、心配しないでね、アモ。






心のバランスを保つこと、まだまだ難しい。





































 

2017年06月18日(日) 22時35分
アモの夢を見た。


亡くなってから初めてのこと。


夢でいいから会いたいと思い続けていたけれど、夢の中でもアモには会えなかった。


アモがいない、と悲しむ夢。
でも何故アモがいないのか分かっていなくて、行方不明になったままもう亡くなっているだろう、ということになっている夢。


私は、それならきっとアモは帰ってくるはず、と少し希望を持つのだけれど、ハッと気付く。
ああ、アモは亡くなったんだ。家で、夜、
リビングで、息を引き取ったんだ、と。


朝、目覚めて、悲しかった。
とても寂しくなった。
涙が止まらなくなった。




会えないのは分かっているけれど、会いたくて会いたくて会いたくてしかたない。











アモに会いたい。











息子とアモ 

2017年05月07日(日) 13時46分



私を見守っていてくれたアモ。


息子が生まれてからは、彼にとってもガーディアンドッグだったんだね。







息子が生まれて約5年、ずっとそばにいてくれたね。











モコにしたら嫌がることも、アモは絶対怒らなかった。










息子にとても優しかった。


ありがとう、アモ。












息子が


「元気なアモちゃんに会いたいよ」


と泣きじゃくった夜があった。








アモちゃんもモコちゃんも、おねえちゃん。


ほんとはおばあちゃんなんだけど、Sくんのおねえちゃん。








また会おうね、アモちゃん。



1ヶ月 

2017年05月06日(土) 18時48分



1ヶ月経ちました。


とても早いようでとても長かったようで、時間の過ぎ方が実感できない1ヶ月でした。


そして、なかなか涙は涸れないものなんですね。

まだ心のバランスをうまく保つことが出来ずにいます。


ほんの2、3秒前まで普通でいたのに、ポンとスイッチが入ったように突如悲しくなり涙が止まらなくなるのです。


これがペットロスというものなのかな。


でも、朝目覚めた時の、アモのいない現実を受け止めなければならない絶望感のようなものは無くなりました。


こうやって少しずつ慣れていくのだな。






この、どうにもならない気持ち、に共感してくれるお友達がいることに救われています。
とてもありがたいことです。






これもアモのおかげ。


アモがいなければ出会えなかったご縁。






ほんとうにありがとう、アモ。







かなしみ 

2017年04月08日(土) 16時25分






昔の記事を読んで、こんなに楽しかったんだなぁ、と懐かしんでいます。








心の準備はできていたつもりだった。


でもやっぱり次からつぎへと、アモの優しさを思い出したり気付いたり、心が痛くてたまらないです。


肺の辺りが苦しくて咳き込んで、肺は悲しみに対応している臓器だって、どこかで聞いた通りなんだな。






朝起きた瞬間の、現実を実感するつらさ。


モコもいるのに、家族もいるのに、しっかりしなきゃと思うのに。








アモ、私はもう大丈夫だよ。
見守ってくれてありがとう。
もう大丈夫だから、無理しないで。
アモのタイミングで行っていいからね。
ほら、あいちゃん、もう泣いてないでしょ。
大丈夫なんだよ。
安心してね。




そう笑顔でアモに伝えたのは亡くなる2日前。
その前の日までは、アモを抱きしめてずっと泣き続けていた。


アモはそれを聞いて安心したから、向こうへ行ったのだとわかっているのに。






いなくなってこんなに泣いていたら、アモがまた心配するよね。






涙流しながら、大丈夫だよ、もう泣かないよ、ありがとうアモ、大好きだよ、
そう呪文のように唱えて、心が落ち着くのを待っています。





























アモ 永眠 

2017年04月07日(金) 10時24分

アモ。15歳8ヶ月。
2017年4月5日 22:30頃 永眠。










昨日、見送りました。


アジリティで初めて入賞した時のおリボン、私とアジリティしている写真、チッピーとギネスの写真、大好きだったたまごちゃん、家族で折った鶴、お手紙、ベランダの桜とプランターのお花と一緒に、チッピーやロジャー、Fちゃん、トーマスやマリー、お友達たくさんが待つ天へ昇っていきました。








最期まで私のことを思っていてくれたことが、数々の思い出と共に、今、じわじわと理解できて、その感謝と、そして喪失感と深い悲しみの中にいます。


私の名前と同じ、愛を意味するスペイン語のamorから名付けたアモ、だからか、私の心の半分がなくなった気持ちです。




彼女は私を見守るために、私のもとに来てくれたとしか思えなくて、最後の日々は私に頼って、もっとゆっくり、そばにいて欲しかった。











亡くなる直前まで意識もあって、おトイレに連れて行ったけれどしなかったから、お布団の上に寝かせて、私が髪を乾かしているほんの数分間に、彼女はそっと息を引き取っていました。



最後にアモが横になっている場所からは、壁に掛けられたアモとモコも一緒に写真館で撮ってもらった家族写真がよく見えました。



それに後から気がついて、彼女の最後は私たち家族を見つめながら逝ったのだと、涙があふれました。








本当にいい子でした。

大きな愛で包んでくれていました。

ずっとずっとただそっと、変化の多かった私のこの15年間に寄り添って、見守ってくれていました。



















































ずっと更新していなかったこのブログ、気持ちの整理をしながら、


整理なんてできないかもしれないけれど、、


しばらくはアモのことを思い出したり、アモに伝えたいことを綴ったりしたいと思います。










この先には、棺に入れる前のアモの写真を貼ります。
見られたくない方はここで閉じていただければと思います。



























































最後の体重は、アモが那須からうちに迎えたときと同じ3.2キロでした。










どんどん冷たくなる身体が可哀想で最後の夜ずっと両手を握っていたけれど、私の手が冷たくなるだけで、温まることはなかった。
当たり前だけど…。


お骨になった火葬したばかりのアモは、しばらくあたたかくて、私の胸元で抱いていると、自分鼓動が伝わって、まるで骨壷の中で生きているようにトクントクンした。
涙が止まらなくなった。



みんな 

2013年01月22日(火) 18時03分
ギネスも10歳。






ロジャーも

ペコも

モコも


ディルも

ギネスも

みんな10歳。

Fちゃんも10歳ね。

みんなおめでとう!







お写真ありがとう。




10歳 

2013年01月22日(火) 10時47分

今日でモコは10歳になりました。

10年前の今日はお天気だったね。

とてもかわいいバースデーケーキを手配してあるので、今夜はお祝いしようね。






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