第4稿『物語』 

March 13 [Tue], 2007, 18:19
『物語』それは無限にあるものだろう。
「人生」も一つの『物語』と言える。
読者がおもしろいと思う『物語』はちゃんとした「起承転結」がある話だ。
そもそも何もおきないと『物語』にすらならない。
特に「推理小説」は
「起」で犯罪が起こらないと「推理」どころじゃない
まぁ「完全犯罪」だ。「犯人」の目線でストーリを書くと話になるだろうが
「推理」はできなく、ただの「日記」と一緒だろう。
では「人生」を『物語』とするなら、「起」はどこにあるのだろうか?
それは厳しい問題である。
人によって「起」は違うだろうが・・・
一番最初の「起」は自分が生まれたときだろう。
いやそれとも「受精卵」ができたときか?
はたまた生むための行為をしたときか?
おもしろい『物語』には、皮肉にも悲しい話があるときがある。
それは読んで感動しそしていい話だったと思うわけだが。
もし実際その『物語』が自分に降りかかったらどうだろう?
いい話だった?感動した?
「同情」して欲しくないものだ。
私が『物語』で「感動」する話は「家族愛」「家族の絆」についてだ。
昨日読んだ話でいい話があった。それは

「最高の論文を書いた天才夫婦の一人娘がいて、彼女は本を読むことが好きだ。友達はおらず、外には出ない。いつも論文や難しい本を読んでいたがある日、見知らぬ男のが庭に来た。その子は美しい庭に感動したようだ。彼女は男の子と話した。そして毎日のように遊んだ。晴れた日は二人で庭でのおにごっこやかくれんぼ、雨の日は二人で本を読んだりした。ある日彼女は家族だけの誕生会に来て欲しいと言った。彼は頷いた。彼女は父親にクマのぬいぐるみが欲しいと言った。それは、彼女が初めて自分から欲しいと言ったのだ。父親は娘が初めて望んだものなのでパンフレットを母親と見て決めているのだった。だがある日、最高の論文の公表式に外国に行かなくてはならなくなった。
結果、誕生会に出れなかった。男の子は彼女のプレゼント代わりに友達を紹介しようと考えたが彼の友達はそれを断った。彼は彼女へのプレゼントがない事がやるせなくて、誕生会に行かなかった。彼女は一人家の中で涙が枯れるまで泣いた。親も男の子も誕生日に来ない。クマのぬいぐるみも貰えなかった。彼女はおなかが空いたので母親が誕生会のために作ってくれた料理を冷蔵庫から出して食べた。だが全てを食べなかった。それは男の子が来たときに食べさせたかったからだ。だから半分に切って食べた。それは、次の日も、次の日も・・・
ある日テレビをつけると『飛行機事故』のニュースが映っていた。そこで、両親の顔と名前が映った。彼女はすぐにテレビを切った。そして、これはうそだと信じた。すると、家のチャイムがなった。両親が帰ってきたと思い。走ってドアを開けた。そしたら、親の研究仲間がいた。そして、『飛行機事故』のことを告げた。彼女は、ドアを閉め。家の窓も全て閉めた。電話が鳴った。受話器をとるとマスコミが『飛行機事故』について聞いてきた。彼女は電話線をハサミで切り。みんなが親をどこかにやった悪者と考え、家を守るために夜中もハサミをもって起きていた。・・・
数年後、彼女は最優秀生徒として高校生活をおくっていた。だがある日、その男の子と再開し、さらに研究仲間の人が現れて彼女に両親の旅行バックを与えた。そのバックは何年間も使ったバックのようにぼろくなっていた。そのなかには、くまのぬいぐるみと紙が何枚かあった。

一枚目の内容は「もしこの手紙を見た人は、娘にこれを届けて欲しい。(サイン)」を英語で。
2枚目は「世界は美しい。 悲しみと涙に満ちてさえ。
    瞳を開きなさい。 やりたい事をしなさい。
    なりたい者になりなさい。 友達を見つけなさい。
    焦らずにゆっくりと大人になりなさい。」父親の文。
3枚目「おみやげ物屋さんでみつけたくまさんです。
    たくさんたくさん探したけどこの子がいちばん大きかったの。
    時間がなくて空港からは送れなかったから。
    かわいい○○○。
    おたんじょうびおめでとう。」母親の文。

研究仲間の人曰く、事故にあったさいに、バックの中の論文を捨て、クマのぬいぐるみとその遺言を書いたと・・・
その文は、どんなに最高の論文よりも、最高の論文だ。と」

この物語はすごく省略しているが、もしもっと詳細を知りたかったらhttp://members.at.infoseek.co.jp/mutsu56_7days/game/clannad.html にいくと良いだろう。
この物語は好きだがこれ以上の物語もまだあるだろう。

第3稿『人間(人)』 

March 12 [Mon], 2007, 19:29
『人間』は何のために生きているのか?そのまえに何なのか?
「文明」を築き後世に伝えるためか・・・?
そんな事わかるわけがない。
そもそも「地球」はなぜ都合良く『人間』が住めるようになっているのか?
「確立」を求めるとすごい事がよくわかる。
奇跡的数値だろう。
『人間』は互いを知ろうと努力する。その「結果」互いを傷つける。
身を寄せれば寄せるほど、相手のことを知れば知るほど互いとも傷つく。
ハリネズミやヤマアラシのジレンマは針があるので互いが接すると傷つく。
まさに『人間』と同じだ。
『人間』は「地球」も壊すだろう。
『人間』は「破壊」だけしかないのかもしれない。
それでも『人間』は生きていくだろう。
私はこうも思う。
『人間』は生きている「意味」を「知る」ために生きていると・・・
だから「過去」「イマ」はただの過程でしかない。
その「意味」が分かるまで生きるために「製作」したりする。
だから「文明」はただの暇つぶしというか、「意味」がわかるまでにした「足跡」や勉強の記録みたいなものなのだ・・・
『人間』は「知る」ことを欲する。
もし生きている「意味」を知ったら滅びるのだろうか?

第2稿『幸せ』 

March 11 [Sun], 2007, 15:34
自分には『幸せ』があるだろうか?はっきり言ってあるようには感じない。
そもそも『幸せ』とは何か?
・・・その定義もはっきりわからないまま生きている気がする。
金があると幸せ?欲しいものが手に入ると幸せ?
本当にそれが『幸せ』なのか?
人間は「イマ」幸せを感じる事は少ないのではないか?
過去を振り返りそしてそれが『幸せ』だったとわかる。
『幸せ』と「辛い」を漢字で書くとたった一本の横線の違いしかない。
実際の『幸せ』と「辛い」もこのぐらいの違いしかないような気がする。
だから気づくのにも難しい・・・
それはただの皮肉だろうか?
また、私はアルコールを飲み、現実の辛さから離れようとしている。
私にとって『幸せ』はかけがえのないもので一瞬のきらめき。
「ハープ」の「音」のようにどこか暖かく柔らかく、そして自分を包んでくれる。
それが何かもわからないような事と思う。「思い出」だけに「存在」する。
人それぞれ感性は違うから自分が知らないだけで『幸せ』を満喫しているのかもしれない。
幸せを一番感じる事は「家族」「恋人」「親友」がそばにいるときだろう。
それは「大切」な事で、生きていくために「必要」なこと。

近々「親友」をよんでアルコールでも飲もう。それは多分「普通」のことだが
『幸せ』な事だ。

もし「見て」「聞いて」どこか懐かしい気持ちになったら「記憶」を探ってみるといい。それは多分『幸せ』な「記憶」だろう。


これは付け加え私に本当の『幸せ』は訪れない。

第一稿 

March 10 [Sat], 2007, 23:56
今日このブログを立ち上げようと思ったのは、まぁただ気まぐれです。
人にはいろいろある。「嫌なこと」「うれしい事」。
それはいろいろな事をしてその結果がこういうことであると思う。
その結果が嫌ならば仮定を換えればいい。
仮定を換える事は案外簡単ですぐ崩れてしまう。
だから何かをするときには物事を深く考え行動した方がいい。
が人間はめんどくさがりなので毎回そんな事はしない。
いま私が何を言いたいか読者にはわかりづらいだろう。
自分でも何がしたいかわけがわからない。
とりあえず人それぞれ「哲学」「理論」「感情」があると思うので
それに沿った行動をとれば失敗しても少しは気持ちが楽だろう。


こんな感じでその日その日の思ったことをこのブログに書いてみようと思う。
読者はおもしろくないだろうがただのメモと思ってくれればいい。
P R
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