どうも私です。
落ち込むのは二日までだッ!
胃の中も空っぽになった!ここが出発点だ!
二日ほど寝付けぬ夜を過ごしたが今は反動で凄い眠い。
身体は素直に自分を甘やかす方向に切り替わりつつある。
そう、そんな程度なのだ。
私なんぞの感受性は本人の認識より二周りは小さいのだ。
これ以上、悶々と悩むようであれば、
それは不意に得た痛みを利用して自虐的なナルシシズムに酔っているだけだ。
自分の心の演出過剰だ。ポンコツ演出家め!実に湿っぽい!!
落ち込むという心の動きがなんとなく気持ち良いだけだろう。
日々の変化に乏しいと、
プラス方面かマイナス方面かはともかくとして、
心が動いた事態にしがみつきたくなってしまうのだ。
それで問題が解決できないままならば、これは不誠実極まりない。
断罪を忌避するための傲慢な自傷行為だ。実益がない。
という訳で、少し前向きに気持ちを切り替える努力。
今回考えるのは「何故、私は距離感を間違えるのか?」だ!
・・・あれ?前向きに軌道修正されてない?気のせい。
さて、私の人付き合いの苦手っぷりは今に始まったことじゃない。
だが、今ほど人間関係が不得手だったかと言うと、そうでもない。
人間苦手指数に関しては年々増加傾向にある。悪化の一途だ。
何故か?
それは会話の質によるところが大きいと思う。
とにかく私は、発言に中身がない。冗談ばかり言う人間だ。
私が会話に求めるのは安定的な帰着点であり、
端的に言えば、とりあえず一笑い欲しい。
どこかにオチがつくことを望んでいて、
いつしかオチをつけることを主目的として話の構成を考えている。
だから私は、想定しているオチから掛け離れる会話が出来ない。
ある程度の反応が予測できる相手であったり、
オチまで強引に引きずり込める相手じゃないと言葉に詰まる。
アドリブが利かない。
思えば学生時代なんかは感性が近い人間が幸いにして周囲にいたことや、
他人を慮る心が今以上に欠落していて、独善的であったこともあり、
こんな欠陥会話スタイルでも通用していたのだと思う。
でも今は駄目だ。
気づいてしまった。別に多くの人はオチなんか望んではいないし、
また私自身も、相手と笑いあえるオチを思い描く能力が乏しいということに。
私の冗談など、本当は聞かなくても全然問題ないものなのだから。
冗談に大切なのは間合いだ。
冗談は、受け取り方が実に曖昧な発言だから、
相手次第で反応がいくらでも変わる。
冗談を笑いとして反応してくれる人はとてもありがたい。
しかし冗談が冗談として通じない場面を経験するにつれて、
距離感の取り方がどんどん臆病になってきてしまった。
多分、通常であれば、冗談ありきの会話スタイルなどが異常で、
日常会話や、相談事なんかが会話の中心に置かれているのだと思う。
冗談はあくまで添え物であり、それは固執するようなものではないのだと。
また日常会話や相談事というのは距離感を測るのに有益な手段だが、
その段をすっとばして冗談のことばかり考えるというのは、
手探りもせずに腕を振り回すような行為であり、どう考えても迷惑だ。
ずっとないがしろにしてきた日常会話というものの重要性に、
今にして気づいている次第なのだが、日常を語る話術をどっかに忘れてしまった。
だから駄目だ。
既に距離感をある程度把握している相手であればまだなんとか話せるが、
そうでない新規顧客の開拓が絶望的なのだ。
これが人間苦手指数を増加させる一番の原因だ。
更に、距離感を把握したと思っていても、それが思い込みだと痛感するケースもある。
その場合は、再測量するにもなかなか上手くいかず、
既存の間柄にも不和を生じさせる始末。いかんともしがたい。
駄目だ!駄目な人間だ!!
しまった、改めて駄目さ加減に気づいてしまった。どうしよう?
ほんとに、どうしよう?
今日はそんな感じです。
ではでは。