「先生。先生」
落ち着いた声で呼ばれて、山田良男は「うう」と寝ぼけた声を出し、突っ伏していた職員机から顔を上げました。
「もうすぐ五時限目が始まりますよ」
右の席から、国語教諭の丹羽故登利が、京なまりの強い標準語でゆっくりと言いました。
「え、えっとすみません。俺、今日の五限は授業入ってないんです」
「あらあら。そうなんですか。寝かせといてあげれば良かったですね」
山田はまどろみながら、いえ、大丈夫です、と答えます。
自分より二つ年上のこの女性を、彼は常日頃から、紫式部に似ていると思っていました。下膨れの頬に、絹ごし豆腐のような肌。紅をひいたおちょぼ口、低く小さい鼻、笑っているかのような細いタレ目、薄くて短いぽてっとした眉。ひたいを露にした、前髪と後ろ髪が同じくらいに、くるぶしまで長い、・・・・・・そう、くるぶしまで。引きずる寸前に留まるその髪は、世界が嫉妬するくらいに真っ黒で真っ直ぐ。加えて着物ならば面白かったのですが、平成の紫式部は、紺のトレーナーに白いジーンズという只人の格好でした。
「今日は眠そうですけど、どうしたんです?」
京なまりの標準語は、かなりのんびりしています。子守唄になってしまいそうでした。
「いえ実は、娘がね。恋愛相談がしたいって、深夜に起こされたんですよ。けっきょく俺が寝れたのは、今日のすぁんじくあ・・・・・・三時くらい。すみません」
欠伸が混じったので、ひどい呂律でした。
「あらあら。でもお母さんにではなくて、お父さんに恋愛相談をする子って、めずらしいんじゃありません?」
「ただ妻が不在だったんですよ。看護婦なんですけど、昨日は夜勤でね」
「あらあら」
丹羽は困った表情でにっこりして、長すぎる髪を揺らしました。
「ほんっと忙しい奴でね妻は。俺のほうが主夫って感じですよ」
「あらあら」
白くふにふにの手を、口元に当てて平安美人は微笑みます。
「えな――娘の面倒も、けっこう俺任せで。仕方ないんですけどね」
「あら、あら・・・・・・」
むしろ山田が早口に聞こえてくるくらいの、スローな相槌。
「だから妻が居たとしても、やっぱりえなは俺に相談しに来てたかも。なんて自惚れですかね」
「あらあら」
山田は口をつぐみました。
「丹羽先生、もしかして五限ありますか」
「え、どうして?」
京なまりのどうしては、なんでの発音でした。
「いえさっきから、あらあらしか言わないでしょ。早く会話を切りたいのかなあと」
「あらあら。違いますよ。寝たいでしょうに、無理に会話してくれてる山田先生のために、わざわざ早く終わらそうとしてあげているんです」
ゆっくり、にっこり。丹羽故登利は正直で優しい女性ですが、たまに恩着せがましく、上から目線になることだけがキズでした。
「ああーはあーそれはーありがとうございます。寝ます」
「あらあら」これは口癖。
眠いのは事実だったので、山田は再び机に伏せました。急速に意識が遠のきます。
しかし、まさかえなが恋だなんて。百年早い。相手は幼馴染の俊吾くんだと? けしからん。パパは認めん! なんてキツイ言葉は、甘やかしまくってきた娘に今更言えるわけが無く。散々聞いた末、応援してるよ、なんて言ってしまった深夜でした。えな。昔はパパと結婚するって言ってくれてたのに。大きくなってしまって。幼馴染と恋ってどこの少女マンガだよ全く、このっ。
幼馴染。その単語に、根子と聖の顔が思い浮かびます。
根子は小学校から大学まで同じでした。教員試験も一緒に受けて、今に至ります。
「教育大に行く? 光那が?」
「わはー。おれ子供好きだから、教師になりたいんだ。ちなみに世界史なー」
そんな会話を高三の冬にしました。子供好きは意外と本当。それはともかく俺は、いつからいつまでこいつと居るんだろうと思う。妻が嫉妬してまーす。
聖は大学が違ったから、細かいことは知らない。同窓会にも全然来ない。だいぶ前、本人に電話で聞いた話では、中央病院で医者をやっているらしい。多分今も。
病院が休みの日は、家業を手伝っているらしい。八代がよく食パンを買いに来るとか言ってた。三木も常連客で、クロワッサンを買い占めるだとか。他にも、元WMの面子はよく来るようで・・・・・・って、何なんだお前らは。仲良しか。毎日同窓会か。俺も今度行こう。
というか今朝、同窓会のお知らせ、ポストに投函するの忘れたな。帰りに、っと。
うつらうつらと眠りに落ちて、山田は懐かしい夢を見ました。
「綾ちゃんは、なんで教師になったの?」
進路に悩み始めた、高三の春先。廊下で偶然はちあわせた担任の京極に、山田は何となく聞きました。京極のことですから、なにか凄く壮大な答えを期待したのですが、
「深い理由はありません」
相変わらずの無表情で、きっぱりと言われました。
「え? でもそんな、職ってテキトーに選ばないっしょ」
あちこちをピンで留めた、茶髪でフサフサのオールバックをせわしなく整え、山田は聞きます。
高校の頃の髪型バカだったなと、山田は思います。今は前髪を後ろに流した、ボリュームを押さえた短髪に、濃い茶色。落ち着いたものです。
「私は本来、銀行員を目指していました」
京極は黒縁眼鏡をクイと上げ言いました。
「ギンコーイン。似合う」
若き日の山田はポカンと口を開けます。京極は無表情で棒立ちです。
「しかしなれませんでした。なので念のために取っていた資格で、教員試験を受けたのです」
「先生になりたくてなったわけじゃないんだ」
こげ茶のツリ目をパチクリとさせ、見た目だけはチャラ男の山田は言います。
「ですが今では、なってよかったと思いますよ」
京極は表情を変えないまま、プログラム動作のように頷きました。
「百聞は一見に如かずってやつ?」
「そうですね。教え子が成長していく姿を見るのが嬉しいのです。もっとも私は、教師になってまだ三年ですから、見送った生徒は少ないのですが」
「綾ちゃんいま何歳」
「二十九」
にじゅくと短く言ったところに、人柄が表れていました。
「うっそ意外! もっと若いかと。三十路間近じゃありませんか」
「はい。綾ちゃんなんて呼ばれる歳ではありません」
「え、あ、綾ちゃん呼び実は嫌だった? ごめん気づかなくて」
京極は眼鏡の位置を直し、くすっと口角を上げました。
「いいえ。案外気に入っています」
よく見ないと気づけないくらいの笑みでした。綾ちゃんと呼び出したのは、他でもない山田です。この三年間でどう広まっていったのか、今では多くの生徒が彼を綾ちゃんと呼びます。京極はすぐに感情のない顔に戻ってこう言いました。
「銀行員は、国民一人ひとりの人生に浅くかかわります。教師は生徒一人ひとりの人生に深くかかわります。私の夢は、形を変えて叶ったのですよ。生徒の人生に寄り添う。それが教師ではないでしょうか」
「俺もなりたいです」
山田はつい言いました。
「俺も、綾ちゃん・・・・・・京極先生みたいな、かっこいい教師になりたいです!」
全て勢いで言った山田に、
「今の山田君の成績では少し厳しいですね」
京極は間髪入れずに返しました。まるで脳内にパソコンでもあって、山田の成績データが一瞬で呼び出されたかのようでした。
「ムリっすか」
「入試までは、あと一年あります」
京極はムリだとは言いませんでした。なので勢いは決意に変わりました。
「綾ちゃん、俺頑張るよ」
進路に悩み始めた、高三の春先。まだ一年ある――。
・・・・・・えな。パパは、受験生のとき、必死で勉強してたぞ。まあ中三のときは、内部進学だったから、エスカレーター式で行けたけど。えなは中三で、恋か。
「パパ、私好きな人が居てね。とっすんって知ってるよね。幼馴染の辰野俊吾」
恋か。俺なんか、八代カワイーって叫んでた記憶しかない。いっそ笑えよ。初カノは今の奥さんだよ。学科の奴の紹介で、同じ大学の・・・・・・。やめよう、むなしい。
中学の時は何してたかな。放送部で、光邦と一緒にお昼のラジオばっかりしてた。そのせいで昼休みは、聖が教室で一人だった。誘ってやったのに聖、放送部には入ってくれなかったから。「全校生徒に自分の声を聞かせるなんて」とか言って青ざめてた。
でもある日、恐ろしいことが起こった。なにって、「毎日一人でご飯寂しくない?」って訊ねたとき、普段なら「別に」っていう鬼蛇が「最近は龍たちと一緒に食べてる」ってボソッと答えた時のこと。何があって友達になったのか分からない。今も分からない。
「ぎゃああっ」
いきなり背中に雪玉を入れられ、山田は飛び起きました。
「何するんだよみっ、あれ? 光邦?」
犯人と思った彼は居ませんでした。ちらと右を見ると、丹羽故登利が何食わぬ顔で、手をハンカチで拭いていました。
「・・・・・・・・・・・・」
気にしないことにして、
「丹羽先生は、なんで教師になったんですか? それも国語の」
代わりに興味が沸いたことを聞きました。
「あらあら。いきなり何です?」
ハンカチを机に置き、丹羽は紫の和扇子を徐に取り出し、片手でバッと開きました。
「この国を愛しているから。それだけです」
京なまりと意志の強い平安の笑顔が、その発言と行動によく似合い、かっこつけてるのが超かっこいい! なんか腹立つ!
「山田先生はどうしてです?」「え」「なんで先生になったんです?」
照れたように、ああと頷き、山田は言いました。
「高校の頃に、憧れの先生が居てね。この人みたいになりたいと思ったんですよ」
「あらあら。それでなれましたか?」
「ははっ、全然」
一年A組の、五時限目。
「雪合戦がしたいでござる!」
ゆめこがわざわざ手をあげて言いました。
「だまらっしゃい! 質問タイムって言ったんだ。授業に関係あること以外、聞くの禁止」
教壇に立つ理科教諭、名崎保子は、声を荒げました。
「じゃあ雪合戦という名の実験がしたいでござる」
ここでゆめこのドヤ顔。名崎は天を仰いで、深いため息をつきます。
「アンタねー、高校生にもなって雪にはしゃぐんじゃないよ」
「はああいっ。せんせえ、澪はぁ、雪だるまがぁ、作りたいですぅ。きゃっぴるるん」
「黙れ弥乙。それが裏声なことは知っている」
「ひっど! 先生ひっど! 私は必死なんですよ! 萌えという地位の維持に」
名崎は立ち上がった澪を出席簿で押さえつけ、はいはいと自分の耳を塞ぎます。
その立ち振る舞いから、男らしい印象を受ける女性でした。スタイルの良い長身は常に勇ましく反り気味。ベリーショートの金髪(若干プリン)で、耳には明るい黄色のピアスが小さく光ります。真鍮ブチの眼鏡、キリリとした眉目。ぺたんこの胸、薬品のついた白衣。濃いメイクで皺を隠しに隠した、若作りきれない女教師。
「なあ、たもこ」
黄緑色のファンタジックな瞳で、海が窓の外をボーっと見つめながら言います。
「おいコラ! 私の名前は、や・す・こ! アンタ元素に戻してやろうか!」
「どうでもいいんで外見てください」
「水穂海め・・・・・・」
こめかみをひくつかせて、窓に近づく名崎。真っ白な校庭では高校生どころか、根子と山田と丹羽が、校庭中の雪をかき集めたような大きな雪玉を、楽しそうに転がしていました。三十四歳、三十四歳、三十六歳。ちなみに名崎は四十八歳。
「大人がはしゃいでますけど」
と海が頬杖をついて呟きます。
「あの反面教師共は後で注意しとく。というかね水穂、アンタ今日はずっと外見てるけど何が楽しいの」
「ちょっと、初めて雪を見たんで」
「えっ? あー、そういえば転入生か。南の方から来た?」
「・・・・・・絵都・・・・・・じゃねえ、あー、じゃあ沖縄から来ました」
「じゃあって何だ。アンタ授業サボりたくて嘘ついてるだろう」
「いや、雪は初です、これは本当」
「これはってなんね! じゃあどっからが嘘たいね!」
「たもこ訛ってる」
「やすこ!」
澪が噴出して笑いました。
「弥乙! 何が可笑しい!」
「なんでもないです」
名崎は一つ舌打ちをしてから、大きな声で言いました。
「質問タイムは終わりだ。アンタら教科書開きな!」
日本史を担当している五木鎌足は、おじいちゃん先生と陰で呼ばれていました。職員室では、静かにコーヒーをすする姿がよく見られます。背が低くて足の短い、日本人らしい体格。グレーのくたびれたスーツ。つまらないギャグを言い、元々盛り上がっていない教室を、よけいしらけさせるのが不本意ながら特技。
「雪が積もってまスノウ」
とても静かな、その実態はほとんどが、作業か居眠りをしている授業。五木は咳払いをしてから、カツラと噂されている白髪を指差し、
「私の髪にも雪がこんなに。あ、元から真っ白でしたな、これは失敬」
と抑揚のあまりない口調で言います。そして、
「さて、今日はテスト一日前ですし、自習にしますかな」
「よっしゃあああああ」「自習きたー!」
本日イチバンの食いつき。教室はいきなりザワつきます。
「これ、自習は休憩とは違いますよ・・・・・・」
霜月は窓の外の銀世界に釘付けになっていましたし、水無月は、雪の日のマインドをノートに描いてニヤニヤしていましたし、遥なんて窓際の生徒と席を替わってもらってまでして雪を堪能していましたし、その他にも集中力ゼロな連中ばかりの教室でしたが――とりあえず、自習の時間は始まりました。
夕暮れ。一樹が、旅館のような家の入り口を潜ると、
「ししょおおおおう、やっと帰ってきたあああああ」
と次郎の声で聞こえました。ドタドタと長い廊下を走ってきて、開口一番、
「お弟子がっ、三木さんがーっ!」
「怪我でもしたんかっ」
一樹は、ただいまを言うのも忘れて、雪で濡れたコートを脱ぐのも忘れて、次郎を突き飛ばして奥のリビングへ駆けていきました。
「三木くんどないしたん!」
勢いよく中に入ると、当の三木はピンピンしていて、片手逆立ちで歩いていました。自然にやっているけれど、これすごい芸当。なんのこと? と言いたげに三木は一樹を見ます。むしろ直一と舞良が畳に倒れこんでいました。
「一樹はん、わてもう疲れた」
顔も上げずに言う直一の手には、クリネがリラックスボールのように持たれていました。
「きゅいうー」
クリネの鳴き声も、疲れきっています。元気がとりえなはずの舞良が、
「オレなんて、しょせん非力な女なんだ・・・・・・」
と嘆いていました。
「え? 何があったん?」
次郎がリビングに顔を覗かせ、「聞いてくれよ」と一樹の肩に手を置きました。
「三木さんの運動能力が半端ない」
一樹は安堵の溜息をついて、
「なんやー、そんなことで騒いでたんかいな」
と笑顔を見せました。
「いやいやそんなことって」
「事故でもあったんか思って焦ったやないー」
「いやある意味、事故よりすごいから」
三木が、逆立ちからブリッジに変え、そこから綺麗に脚力だけで立ち上がります。
「師匠、おかえり」
と心なしか嬉しそうに言いました。
「うん、ただいまー」
「やばいだろ、三木さんやばいだろ」
「はいはい。で、直一と舞良ちゃんは、なんでそないに疲れてるん」
「オレだって、逆立ちからブリッジくらい・・・・・・出来・・・・・・本当は、出来っ」
「わての取り得が料理だけやと思いなさんなよ、空手黒帯なめんな」
張り合っただけでした。直一さんは、意外と強いんだよ。
ピンポン。不意にインターホンが鳴ります。直一が「へい」と返事だけはしたものの、もう動きとうない、と言いたげに倒れこんで、疲労の見える声で「次郎」と続けました。
兄者の頼みとあらば! と玄関まで次郎が猛ダッシュして、
「ヘイ☆」
と扉を開けるとそこに立っていたのは、
「お兄ちゃーん!」
立っていたどころか、ぽふっとハグしてきた背の低い女の子。ふわふわと揺れる、横くくりの黒いポニーテール。ピンクの花柄ワンピース。まん丸な瞳。柔らかそうな頬。
「はーちゃんじゃまいかーっ!」
次郎にハグする子なんて滅多に居ません。蹴る友人や弟ならたくさん居ますが。
「よく来たなあ! よーしよしよしよし」田舎のおっちゃんか次郎。
「うん。宇宙自転車が直ったら戻ってくるって、わたし約束してたもん。だからね、水無月のおうちに行くより先に、お兄ちゃんに会いに来たんだよ」
何とも愛くるしい声と動きと容姿と話し方と、もう全て。
「そーかそーか! くっそおお、何日待ったと思ってるんだ!」
涙ぐんで赤縁メガネを外し、次郎は目を腕でこすりました。
「んっとね、えっとね、十八日の朝から、十九日の夕方だから、じゅうきゅうひく・・・・・・」
葉月は困った顔で上を向いて、指を折々しています。
「ばっかやろう! 会いたい人が居るときはな、一日を一日とは数えないんだよ!」
カシャンッ。庭から、かすかな音が聞こえました。
「ララは適当に置いといたよぉー」
と責任感のない声と共に、金髪碧眼の美少女が、外壁を曲がって現れます。
「だ、誰だ」
次郎は身構えます。彼女は「06って呼ばれてるよぉ」と軽やかな笑い声を立てました。そして、次郎をビシッと指差し、蔑む、それ以外言い表しようのない笑顔でこう言いました。
「はじめまして! ロリコンでオタクでホモでウザキャラで迷子キャラなお兄ちゃんプギャー」
ポカーンとする次郎を無視して、彼女は家に入っていきます。
「じゃあ、皆にも挨拶しに行こう葉月」「うんっ」「ちょ待てよ」
その後の06の猫かぶりっぷりが、凄まじいものでした。いきなり大人しくなって、あまりの別人っぷりに、葉月は涙目になって恐れ、次郎は機嫌を損ねました。
「あいつ俺にホモとかロリコンとか言いやがったんだぜ。今は演技してるだけだ」
と次郎が告げ口をするも、
「えー、06そんな子やないー」「悪いこと言うとは思えまへんけど」「うそはダメだぞ次郎っ」「ぴぴきゅー」
「いやほんとに言われたんだって!」
洗脳されている。こいつら腹黒悪魔に洗脳されている。
「ところで三木さんはどこ行った?」
「帰りましたえ」
「早っ。ピンポンからプギャーの間に何が!」
「プギャー?」
「06に言われたんだよ!」
「えっ、ぼ、ボク言ってないよお!(自由の真似)」
「てめえええ・・・・・・」
「ごっ、ごめんなさい! わああ、じろにいがいじめてくるよー(引き続き自由の真似)」
「ふにゅう、06すごいねえ」
「だーもー! 兄者。兄者は俺の味方だよな」
「自由、元気かなあ」
「聞いて?」
こんな感じで会話が弾んでいき、これまでのマインドも皆そうだった様に、二人はやっぱり泊まることになるのでした。
「水無月の家は明日の朝に行こう」
「ふにゅ、おっけー」
重要事項すら後でいいやと思わせてしまう、地球の江藤家の魔力。
恐ろしい事実を背負って、絵学生は帰路を辿ります。夕日が赤く燃えています。その事実とは勿論、
「雪やんじゃった・・・・・・」
霜月の言った、そんな可愛らしいことではなく。
「海さん。明日から期末テストです。ヘルプミー!」
澪の言ったこれ。
「るっせーな。俺は手を尽くしてやっただろが。てめーにアウストラロピテクスとアクロポリスの違いを教えるのに俺は全力を尽くした」
「ありがとうございました、まる」
「始まる前から燃え尽きてんじゃねーよ」
世界史か、と遥が深いため息をつきました。
「聞きました? 根子先生がとんでもないテスト作ったって噂」
「ウチも聞いた。問題数二百だとか」
霜月も遠い空を見て言いました。
「いややーっ、かんにんやーっ」
水無月、澪、ゆめこが頭を抱えて身悶えします。
「うるせえよ三馬鹿」
絵都学園の校庭には、巨大な雪だるまが鎮座していました。
「五木鎌足先生が完成しました」
いい笑顔で、山田が額の汗をぬぐいます。
「わはー。傑作」「あらあら、そっくり」
「おれ達がんばったよねー」
「でも明日の朝には、溶けてしまうでしょうね」
「どうだろうなー、でかいし大丈夫だと思うぞ」
「やっぱりコーヒーカップ持たせたほうが、五木先生っぽかったかな」
「山田は完成してからそういうこと言うなよー」
「あらあら」
職員室からその様子を見て、
「アンタ作られてるよ。後輩になめられてんじゃないか?」
と名崎が立って窓枠に手をかけました。
「いやはや、像をこしらえてくれるなんて、有難いじゃありませんか」
五木はブラックコーヒーをすすり、だいぶ溶けて、まだら模様になった校庭を見ます。
「さて、テストを印刷しますかな」「まだやってなかったの」「日本史は最終日ですぞ」
西日が差し込んで、古い木造校舎を照らしています。