宇宙自転車のストッパーを外してサドルに座り、
「ぜろふぁいぶ、いっきまーす!」
と葉月は高速でこぎだしました。
「マエノナマエカヨ」
「戦隊の一員みたいでカッコイイんだもん!」
そう言いながら、しゃーっと緩やかな坂を下りました。
「で?オレサマが居ない間は元気にしてたかにゃー?」
と次郎が笑顔で言ったのとほぼ同時に、
「おかげさまでー!!」
「へぶらほっ」
華麗なる飛び蹴り!新ちゃん元気です。そりゃもう。
「四年ぶりに逢った友人に、飛び蹴り・・・・・・だと・・・・・・!」
「友人?誰のことか分かんなぁい」
ニコッと悪魔的な笑顔で微笑み、裏声で首を傾げる新。年配の常連客数人が、
「はは、響子さんにそっくりだなあ」
と高らかに笑いました。カウンターの向こうからは年老いた店長が、
「よっ、さすが八代響子と鬼門旧の息子ぉ!」
とぱんぱん手を打ち、はやし立てました。
「親は関係ないだろ」
彼らを睨み付けて言い、新は席に戻ります。
そしてぐびっと水を飲み、言いました。
「・・・・・・ママもパパも、ここの常連客だったから。そこらへんに座ってるじいさん、昔ママに振られた奴ばっかりだよ」
次郎はきょろっと周辺を見て、
「え?新ちゃん俺に言ってるか?」
と隣の席に腰掛けました。次郎の質問には答えず新は、
「二人ともこの辺りでは悪名高くてねー」
と。またぐびぐびと水を飲んで、
「ママはね、」
と新は続けました。
「・・・・・・新ちゃん?なんか饒舌じゃね?」
「聞け」
「ハイ」
新は響子の悪女っぷりを散々話してから、言いました。
「ママを恨んで、暗殺を目論んだ奴もたくさん居たって」
「え」
「それでママは、フランスに亡命」
「亡命!?」
うん、頷きながら空になったコップを持ち上げ、
「店長、もう一杯」
新は言いました。
「あいよ」
と店長はとぽとぽ水を・・・・・・
「酒だろー!!」
「今更?酒だけど」
「道理で饒舌だと思った!なんで昼間っから酒なのだ!」
「理由なんて、気にしなくていーの」
「でもなあ・・・・・・」
「――フランスに亡命」
「続いてた!?」
「そこでママは、気まぐれに参加したミサで、パイプオルガン弾きのヨーゼフに一目惚れして、結婚しました」
「超ロマンチックじゃまいか!」
「でもママは飽き性だから、すぐにヨーゼフが嫌いになったって」
「ロマンチック撤回」
「・・・・・・ここらへんは、お兄ちゃんに聞いた話だけどね」
――・・・・・・
曇り空の、午後でした。
「三人で日本に住もう」
とヨーゼフが急に言いました。それから一気に、話しました。
「キョーコ、君はいつも日本が懐かしいと言っているだろう?鐘彦もママの故郷へ行ってみたいだろう。――反対意見は受け付けないよ!家はもう建てたんだ!教会の隣だよ。僕の所属している団体の教会が日本にもあったんだ。今はもう使われていない、古い教会だけどね。せっかくだから譲ってもらったさ。リフォームでもすれば使えるはずだ。これで僕は毎日パイプオルガンが弾ける!・・・・・・そうだ、家の右には倉庫もつくってもらったんだよ。楽譜を置こうと思ってね。家は、キョーコ、君の好きそうなデザインだよ。水色の屋根で、壁は白くて、そう・・・・・・まるでドールハウスのようなんだ!素晴らしいと思わないかい?」
その時まだ四歳だった鐘彦は、目を輝かせ、
「すばらしいよ!」
すぐ答えました。しかし響子は、
「何それ」
と頬杖をつき、ハッと笑いました。
「頭大丈夫?私、毎日別れたいって言ってるの、分かってる?三人で日本に住むって?家はもう建てた?ばかねー、私がフランスに残るって答えたら、その家どうするの?」
ん?と首をかしげて微笑み、響子は言います。
「お母さん、俺は――」
「かーくんは黙ってて」
「でもキョーコ、家はもうあるんだよ」
「あんたが勝手に建てたんでしょ!」
響子は声を荒げます。
「だって、反対されるなんて思わないじゃないか。日本が懐かしいと言っていたのは君だ」
「懐かしいだけ。戻りたいなんて言った覚えないけど?――ほんっとありえない。勝手すぎるでしょ。ねぇ・・・・・・かーくん、かーくんも嫌よね」
鐘彦はちらりと父の顔色を伺い、
「嫌じゃないよ」
心から言いました。
「いつもそうよね。かーくんはいっつもパパの味方する」
響子は立ち上がって、呆れたように肩をすくめて言いました。
「そういう所が嫌い。ね、かーくん。私の大嫌いなヨーゼフに似ないで・・・・・・?」
そっとしゃがみ、鐘彦の頬を撫でて、響子は悪魔のように優しく、優しく笑います。
「――そこからは、よく覚えてないんだ」
と鐘彦は、新に話すとき言いました。
それから家を飛び出したのか、追い出されたのか忘れたけど――とにかく、外に出てね。強がって、そのまま泣きながら遠くまで歩いて・・・・・・、しゃがみこんで泣いて。
「それ以降は、本当に記憶に無いんだ。次の日のショックのせいで、全部消えたみたい」
次の日。激しい雨が降っていました。鐘彦が朝起きると、もう、ヨーゼフはいなくて・・・・・・。
――・・・・・・
「響子ほんと酷いの。ヨーゼフが建てた家も小屋も、上手いこと全部かっさらってね」
新は酒の入ったグラスをカランとゆらし、言いました。
「ちなみに、今ぼくが住んでる家がそれ」
「まじかよ・・・・・・。ん?でも日本には響子さんを恨んでる人がたくさん居るんだろ?」
「そこ!」
ダアーンとカウンターを叩き、新が声を張りました。
「うわびっくりした!何だよ」
「八代響子が日本に居ると聞きつけた奴らは、家を探しあてて殴り込みにきました」
「おお・・・・・・」
「でママは急いで受話器取って、思い出した番号ダイヤルして、助けてって言ったの」
カランと、グラスがなります。
「――その偶然かけられた相手、ぼくのパパ」
「感動じゃまいか!」
「そ? でもパパもママも、大分前に死んだけどな」
そう言ったかと思うとまた新はぐっと酒を呑んで、カウンターに突っ伏し、さめざめ泣き出しました。
「泣くの唐突ー!! あーもーだから酒やめろって言っただろ!」
「うー・・・・・・」
「つか今の話聞いてて思ったんだが、鈴ちゃんの両親って誰なんだ?あの教会は今誰のなんだ?」
「知るかばかあああ」
「何だそのオチー!!知らないわけないだろこの酔っ払い!全く、新ちゃんが語りだしたせいで俺はーちゃんをずっとほったらか、し・・・・・・」
入口を振り返り次郎は、血の気が瞬間冷凍のように引くのを感じました。
「居ないー!?」
そのころ葉月は宇宙自転車で、高い高い空を飛びながら、ぬいぐるみ三個を引き連れて、
「ふにゃあぁあああ!ブレーキが効かないようううう!!」
高速で雲を切り、叫んでいました。