24時間を実に過ごし/25時間目を虚に尽くす/25時間目に詩を書くため/24時間に零を乗ける (永瀬清子詩集より)

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グラントリノ / 2012年02月27日(月)
2009年に公開されたらしい「グラントリノ」はクリントイーストウッドが主演、監督している映画である。DVDで借りて、今夜観た。よい映画だった。映像というよりも会話体の文学を聞いているようだった。ある種のフランス映画のように理屈をこねまわすことがない。汚い言葉を吐き散らす老主人公の会話はおもしろい。朝鮮戦争で人を殺さざるをえなかったこの老主人公は自分の息子達とどう接していいかわからない男である。映画はその地球上で一番よかった。愛した妻が死に、その葬儀から始まる。隣の家にはラオスとベトナム、中国あたりにいるモン族の一家が住んでいる。
 この家族に一人の娘と一人のいじめられっこの息子がいて、老主人公がいつも手入れをし、72年型のフォード社のグラントリノをその息子が悪ガキなどに脅されて盗みだそうとする。このことがきっかけで二人と頑固で変人で差別用語ばかり言っている老主人公がだんだんとこころを開いていく。
 ストーリーを言ってもせんない話である。会話に耳を傾ける映画である。こんな会話体をあんまり聞いたことがない。床屋でのあいさつ。友達との会話。老主人公に言い返す隣の娘の言葉。神父の意外な言葉、そして意外な結末。さらに最後のグラントリノが走るシーンは感動だった。

 これまでの人生で観た映画のランキングをまた入れ替えしなければならない。

  

 
Posted at 22:45 / 身辺雑記  / この記事のURL
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春よ来い / 2012年02月26日(日)
 今日は、潮汐で言えば、中潮。潮は大きく引きもしないが、僕がいく磯はこれで十分である。今日は13時44分が干潮なので、またいそいそと磯に行った。すべらないためにすべり止めのついた長靴をはいていった。海の風は少しきつかった。大気は透明感がある。二月の下旬の特徴だ。
 僕の目当ての巻貝は磯の平らなところも窪みや割れ目にうじゃうじゃといたので、大きいのを選んで採った。
 カタクチイワシの小さいのがでてきた。本当はこのぐらいの時期、もう少し大きくなって少々のアブラものっているのに、今年はまだ時間がかかりそうである。

 尾鷲にはそのほかおいしいものがあって、それは、オニエビ、ガスエビである。サンマは僕はあまりにもあぶらがなく、少々のアブラのあるサンマがの干物が食べたいがなかなかにない。
 僕にしてみればこの3つである。他にもあるが、僕にとっての最高ランクなのである。

 このことはブログでしつこいほど書いているが、しつこいほど好きなのである。
 尾鷲にいてもっとも残念なのは、蟹がとれないことだ。せいぜい渡り蟹である。毛蟹はとれない。これがとても残念である。

 去年はハゼ釣りが失敗だった。今年はガシ(カサゴ)の大きいのを釣りたい。自分だけの場所をひそかに探りたいと思っている。目をつけているところがあって、春になったら行ってみようと思っている。

 春になったら紗希もくる。孫に磯の香りと波の音、海辺の生物を見せたい。
 あともう少しだ。
 
 

 
Posted at 14:42 / 身辺雑記  / この記事のURL
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転換期 / 2012年02月25日(土)
 癌の特効薬がわかり、認知症もある種の突発性正常圧水頭症からくるものが30%であり、それは脳脊髄液を注射でとることで治るようになった。またこの病気にならないためには老化してから頭をうたないことであることもわかっている。また多くの認知症に漢方薬の抑肝散などの薬が相当に改善することもわかってきた。腰通については、その85%がストレスからくるもので、姿勢の維持と歩行と、記録するという手法で治ってしまうこともわかってきた。

 からだのことはどんどん解明が進み、この沙希どこまでいくのだろうと思う。リウマチ、膠原病、アレルギー症も100%完治するともいう。そのしくみもわかってきている。

 健康であることにこしたことはないが、健康であることに神経質にならないようにしている。つまり怠けている。それは自業自得ということだが、それでも80歳ぐらいまでは生きていたいと思っている。
 僕は十年あればなんでもプロになれると思っている。ということはまだあと二度何かをすることができる。
 ということで、そろそろ転換期であると思いつつ、どうすか、と考えながら毎日を過ごしている。仕事も結構楽しいし、その部隊を日本に移そうかとも考えている。 
 何かを作り出したいという思いがある。確かにこれまでも幾度も幾度も何かを作ってきた。それを生きる糧にしてきた。

 前のめりに生きるしかないと思うので、それは続けるだろう。社会との通路もとっておきたい。

 今日は磯に行って、晩のおかずをとってきた。チャンポコである。これはちょっと幸せだな、と思う春待ちの磯での時間であった。波に邪魔されて思うようにいかなかったが、それでも結構採れて、今日は酒を飲む。
 

 
Posted at 14:03 / 身辺雑記  / この記事のURL
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バグダッドカフェ / 2012年02月24日(金)
 アメリカの砂漠にあるガソリンスタンドとモーテルとカフェをやっている「バグダット カフェ」に旅の途中夫と別れて一人やってきたドイツの女性。この女性は大太りの女性である。バグダッドカフェを営む黒人の女はいつもいらだっている。亭主は気がきかず間抜け手ばかり、子どもは小遣いをせびるだけで、行儀も悪い。もう一人の息子はピアノばかり弾いている。客はさっぱりこない。
 ドイツの女はモーテルにとまりせっせと散らかった事務所やレストランの不要物を片付けはじめる。頼みもしないことをして、黒人の女は怒るが、なんとなく怒るのも悪いような気まずさもある。
 バスで寝起きしている元俳優の年老いた男もカフェの常連であり、彼は絵心もある。だんだんとイライラしている黒人の女に笑顔が戻ってくる。ドイツの女がマジックなどをして通り客に披露し、客が来始めたのである。
 旦那は追い出してしまったが、楽しい日が続いている。ところが労働ビザはなく滞在も延長し、警察官にそのことを知らされることになる。またバグダッドカフェには客がいなくなる。うつろにまたカフェの人たちの日常が始まるが、ドイツの女は帰ってくる。今度はここに永久にいようと思っているらしい。
 ただそれだけの映画なのに、ワンカット、ワンカットが実に美しい。誇りっぽい砂漠の風景、通り過ぎる列車や車。夕暮れの風景やブーメランが飛ぶ空。
 カフェのなんともない風景、モーテルの壁や窓。
 視線がいつも二重になっている。遠くからみる視線と近くの視線で、だんだんとバグダッドカフェの人も客も癒されていく様子が描かれていく。

 「シェリタリングスカイ」という映画もいい作品だったが、この映画も映画らしい、なんとうか映画芸術らしい作品であった。
 この種の映画は最近の作品にはもう見ることはできないように思う。
 アメリカを車で旅行した気分になった。人は互いを尊重しあうことが心地よく入れる場所なのかな、と思った。う〜ん。
 

 
Posted at 21:49 / 身辺雑記  / この記事のURL
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自己表出 / 2012年02月21日(火)
 また静かな生活に戻った。ヤタもいる。妻も娘の世話から帰ってきた。

 福岡の4日間はいい体験となった。
 18日は受験生でホテルはどこもなく、ようやく探しあてたのはカプセルホテルだった。これも初めて体験した。寝るだけならこれでもよいかと思ったのだが、システムが違うので戸惑うことばかりだった。まず一回のロッカーで衣服を脱ぎ、ついで5回のサウナのある浴場までいってバスローブをもらい、今度は2階へ行って、ずらりと並んだカプセル番号を探す。大きな荷物は持ち込めない。ビルの窓側だったのでその日は寒く、カプセルの中も寒い。係りの人が「28度にしたんですけど、やっぱり窓側のほうは寒いですかね」とのんきにいっている。再度1階のロッカーに行き、下着とセーター類を取り出し、本とパソコンを取り出し、またカプセルに向かう。
 ぐっすり寝ることができたので、まあよかった。でもできる限り泊まりたくないとは思った。
 翌日はアパホテルだったので、仕事もできる。やはりなあ、とアパぐらいになると仕事上は安心できる。

 博多ラーメン競技会一位の店というのが中須川端にあったので、入ってみた。これがなんとおいしかった。これほどのラーメンは近頃食べたことがない。僕は縮れ麺とか太麺はあまり好きでないので、この細麺はよかったし、汁も全部飲んでしまうほどであった。

 鹿児島からきたTさんと翌日会った。会って話をして午後からのセミナーにきてはどうかと勧めた。悪性のリンパ腫になり、再発もした。妹も脳の腫瘍で十数年前に死んでいる。さらに彼女はおばあさんっ子である。死に直面した彼女の心はどんなものだったろうか。
 なんとか克服していきたいと思っている。
 死という場所から現在を見ている彼女はすでに違う人間になっている。世間話や人間関係の中でどうでもいいような話をして日々過ごしていくことなどはできないにちがいない。 魂の話をしなければ。
 彼女は「自己表出」できる言語が必要なのである。自分の内面の魂を出すことが必然なのだけれどもそこがわからずもがいている。昨日もう少し時間があればもっと話ができたのだが、と心残りがある。

 彼女はやっと「手」の重要性に気がつきはじめた。もう少しだ、彼女が「知性」ということころまで気がつくのは。
 そしたら強くなる。穏やかになる。そしてやることがわかってくる。
 
 

 
Posted at 15:35 / 身辺雑記  / この記事のURL
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寺崎にて / 2012年02月19日(日)
昨夕から雪が降り始めて、服に降り落ちてくる雪の大きさも相当なものだ。あっという間に道路脇には雪が積もっている。
 天神から西鉄で高未やにいき、そこから寺崎というところまでバスに乗った。親切に寺塚へは同じバスの番号で寺崎にいかないものもあるから、と教えてくれた僕ほどの年頃の女性が寺塚まで案内してくれた。バスに乗るということがめったにないからのんびりしていかにも旅をしているようだった。
 車中、小さな男の子が従者口のポールにしがみつきたいらしくお母さんが注意してもきかないので、お母さんもポールを掴んで乗車口から離れられない。運転手さんが危ないので座席に座ってくれと、マイクでいう。それでもその子どもはあたりかまず何かを喋り、運転手さんのいうことをきかないし、母親もそれを抑えることができない。子どもはあぶないようなところはワクワクしておもしろいのだろうが、乗車口というのは事故でもおきる可能性がある。扉が開くし、車は急ブレーキもある。ましてこの雪である。運転手さんがまた注意を促したら、今度は僕に道案内をしてくれた女性が「あぶないわよ」と親子に声をかけた。それでも母親は無視して、子どもをそのままにさせていた。
 まあ、事故せも起きれば、自分で責任をとり、バス会社を訴えたりはしないだろうな。とか思いながら、家庭というものと社会というものを区別させられていないこの母親も困ったものだ。

 寺塚のバス停留所に着く手前で「あれですよ。バス停から50メートルほど戻るだけです」「ありがとう」と言って、BUJUに到着した。マスターは相変わらず寡黙であった。
 ヤシ蟹についての知識を相当しこんでいた。ネットで調べたのだろう。
 ヤシ蟹の成長は遅いらしい。しかも産卵は海でして、卵が海を漂って、それから再上陸するらしい。
 養殖をするのに、その海で産卵させるところが問題らしい。

 あわびの陸上養殖を見に行ったことがある。コンテーナー内で養殖するのである。そのとき驚いたのは海水は「水道水と塩」で作るのが一番あわびが死なない安全方法だそうだ。水道水は殺菌しているからだという。海の水を運んでlくるほうが致死率が高いという。温度の管理はエアコンである。

 貴重なヤシ蟹なども養殖技術を開発すればバリ島などのリゾート地域は素晴らしい食材を手にすることができるだろう。日本人は得意ではないか。

 卒業生のYさんも来たので、なんだかんだとビジネスというもののよさや難しさなどいろいろと話をした。
 この日の昼は昔懐かしい英語関係の人とも会って話をした。10日で中学3年生が3年間の英語をすっきりとわかるテキストを作れ、というのならそれには興味がある。他はない。特に受験指導ばかりに衝天をあてるテキストなどには興味がないのである。
 英語の基本などは10日でできると思う。その基本さえできればあとは自らが勉強できる。日本の英語教育はその基本でさえできていない人を大量生産している。

 インフルエンザの人たちに囲まれながらも感染しないでいる。気が抜けたらかかるのかもしれないなあ、などと思いながら、今日もインフルエンザの中に突入である。

  

 
Posted at 22:13 / 身辺雑記  / この記事のURL
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ヤシ蟹 / 2012年02月16日(木)
 明日から福岡にいく。4日間の日程である。多くの人会う。英語関係で会う人もいるし、レストランの主とも会うし、ヨガ関係の人、卒業生、エステ関係の人たちとも会う。
 尾鷲でひっそり勉強していることをお話する。

 その中で、この間、福岡のジャマイカ料理をやっている店のオーナーと話をしていて、ヤシガニの話になった。ヤシガニはおいしいカニであると噂はきいている。世界一おいしいといおう男性とも会ったことがある。フィージーではレストランでもでるらしい。
 それで、スラウェシ島の方にはまだいるだろうから、なんとか養殖できないか、などという話になり、盛り上がったのだった。バリ島には国際空港がある。バリ島だけでも無数のホテルがあるから商売になるだろうし、シンガポールは香港などに空輸すればすごい、などとどんどん盛り上がり、一度スラウェシにいきたいものだと妄想は膨らんだ。その第2弾を話にいく。

 獰猛な蟹らしい。毒があるのもいるらしい。
 南国の蟹はおいしくないので、ヤシガニが提供できたらヤシガニ御殿が建つだろう。

 やってみたいと思うひとつではある。
 スラウェシ島といえば漂海民である。僕の知っている女性が彼らをうまく使って高級魚をバリ島に運ばせ、空輸でシンガポールなどに輸出して大儲けした。
 なんだかだと商売はあるものだ。商売は作り出すことが楽しく、僕はそこだけは一貫している。自分でいうのもなにだが。


 

 
Posted at 14:10 / 身辺雑記  / この記事のURL
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情報の価値 / 2012年02月14日(火)
 今日は「すごいこと」があった。一冊の本を友人が教えてくれた。
 このことを述べる前に、「たかじんのそこまで言うぞ」という番組で東京大学のアメリカ人地震学者と日本人地質学者が言っていたこを述べておこう。「地震予知は不可能に近い。しかし地震予知といえば研究費がでるので、名目でお金をもらっている」。
 癌治療薬の開発も同じようなところがある。この名目さえあれば研究費がでるからだ。
 日本の二人の医師が論文を何度だしても無視される。アメリカでも日本でもである。
 その医師は癌の新薬を開発したのではない。ある医師が発見し、無視された。その薬を彼は試みたのである。すでにある薬である。これが世にでれば抗癌剤市場は壊滅的となり、研究費は激減となる。それを一人の医師が発見することなどは認めがたいのである。

 既得利益とはこれほどまでに人を保守にするのだろうか。

 医学博士 岡崎公彦は70代に入って、薄い一冊の本を出した。医学会でボツにされるからだ。
 癌をなおす成分は ベンズアルデヒト。さらに強力なのはパラヒドロキシベンズアルデヒトである。薬名でいうと、三共製薬のビオタミンと東和薬品のビオトーワです。すでに世にある薬である。
 岡崎博士は処方箋も載せている。末期のがん患者は100%なおせるわけではないが、それでもかなりのパーセントで生還し、それ以外ならほぼ生還し、元気になる。

 あやしげな内容だとは思えなかった。
 ひとつの既得権益の世界というのは壊すには時間がかかり、自己改革はなかなかできない。たとえば、私が何かを発見してもそれが権威ある雑誌や学術誌に掲載されるのは夢のまた夢といえるだろう。人は権威あるものが正しいと思うところがあるからだ。

 仮に僕が癌になれば、僕はビオタミンを手に入れ、それを試すだろう。あるいは岡崎医師のところに向かうだろう。
 ありがたい話だ。抗がん剤などをうつよりはよっぽどましのように思える。
 
 友人がこんな本を差し出してきて、嬉しい限りである。情報は伝えてこそ意味があり、価値が生まれる。 

  岡崎公彦 「がんの特効薬は開発済みだ!」(たま出版)

  

 
Posted at 21:40 / 身辺雑記  / この記事のURL
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ひとり思うこと / 2012年02月13日(月)
 一人で静かにいると、人と会うのも億劫になってくる。
 家族というのは不思議なもので、社会ではない。個人があり、家族があるが、それないつでも閉じることができる。社会というのは常に開いている。人間は家庭から社会への通路を作って仕事をし、糧を得て暮らすことになっている。
 そして人間だけが食の相と性の相を経てからまだありあまる時間を過ごすことになる。社会との通路を断たれた大人はもてます時間と自分との折り合いをつけなければならない。
 場額生きることが幸せであるはずもない。愛する妻に先立たれ、自分も脳梗塞を病み、最後は自ら命を断った江藤淳の最後はりっぱに思える。いさぎよいというしかない。
 僕の友達に、どこまででも生きてやるぞと宣言している人がいる。彼は明るい。自分を疑っていないようによく話す。
 その点ぼくなどはうろうろとしている。長く生きるための努力もしなければ、太く短くという濃さみたいなことにも努力はしていない。漫然と生きていると言う感じか。自分では一生懸命だったような気もするが、ひとりで静かにいるとなにか人生がうらさびしいような気がしてくる。
 
 

 
Posted at 22:20 / 身辺雑記  / この記事のURL
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花粉症 / 2012年02月11日(土)
 タバコについては人は神経質に抗議する。確かに臭いがつくことは迷惑をかける。しかしながら、人はスギ花粉に対して、所有者たちに抗議するという話はきいたことがない。僕は花粉症ではないから、本当のところはわからないが、相当な不快感なのではないだろうか。花粉の季節といって、気象庁は花粉情報をだし、花粉症の人はその対策に頭を悩ませる。病院では早く準備をすることが必要だ、という。
 ところが杉の木はいわば放りっぱなしで、山林主は同思っているのか、山林主側からの対策法をテレビニュースなどで聞いたことがない。僕が知る限り、山林をもっている主はほうりっぱなしにしている。
 人口植林をした杉は買い手もつかない。整備をすればお金がかかる。山を打っても二束三文である。だから放っておく。
 身近なタバコや身近な虫や身近な誇りには神経質で、キレルひとまでいるのに、スギ花粉にキレル人をみたことがない。「森林」というイメージに物申すことに腰がひいてしまうのだろうか。

 杉の人工植林。防災に役立つという人もいるだろう。しかしすでの花粉に対して日本人は耐えられない体になっている。この折り合いをどうつけるのか。僕は杉の代わりに本来その地域にあった樹木を植えなおすのがいいと思う。それは山林主がしなければならない。

 それにしても花粉で人間の体はこうも花粉に敏感になってのにはわけがある。免疫細胞が暇すぎるのだ。昔は青洟たらして、交感神経が活発になって顆粒球も戦っていたのだ。
 日本社会は豊かになるにつれて同時進行でバイキンを殺すことに精を出してきた。もともと清潔好きの国民は超清潔好きになり、僕のしる人の中には異常といえるほどの神経質さで、訴える。
 そこまで異常になってしまうのはどこからくるのか。社会環境か、個人的理由か。
 ここまでくれば「行き方」も問われることになる。


 

 
Posted at 08:23 / 身辺雑記  / この記事のURL
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P R
プロフィール 1
  • ニックネーム:榎本順一
  • 現住所:三重県
  • 職業:自営業
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