24時間を実に過ごし/25時間目を虚に尽くす/25時間目に詩を書くため/24時間に零を乗ける (永瀬清子詩集より)

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縁 / 2013年04月23日(火)
 僕は自らすすんでボランティアには参加しない。東北で妻の両親が津波でなくなったが、それでも救援にでかけることはなかった。真摯に救援活動をしている人には遠くから敬意を表している。
 一方で、被災した人たちの人生も、津波によって、悲惨さもあっただろうが、別の面もあっただろうとは思っている。被災者がみなまるっきりの不幸だとはとても思えない。それが僕の思想である。
 たとえば、電車のホームで人が線路に落ちた、という場合、どうするだろうか、といえば、どうするかはわからない。助けにいくかもしれない。知らぬふりするかもしれない。僕は思わず、助けようと思ったら、それは「縁」である。ボランティアをすることがよいことだとはちっとも思っていない。ボランティアする人の善意は善をしようとみせびらかすようであるからだし、それをして自己充足感に満ちているように思うからだ。もっと悪く言えば、「善」をテコに「悪」をということもあり得る。そんな匂いのする人もいることはこれまでの見聞で知っている。自分達のすることは正しいことだと思っている。

 どの地域にもそんな人がいて、それを糧に生活をし、名をなし、何かを前向きに求めている。NPO法人というのはうさんくさいものもあるよな、というのが正直な感想である。

 僕はそんな人をいつも疑問に思ってきた。それは僕の自惚れではなく、思想の問題だと思ってきた。
 さびしい人たちは「善の行為」をよりどころにして、自らの行為を正当化する。善いことをしていると思う。
 こういう思いがあって、いつも「ボランティア」についてはぎくしゃくした感覚を持っていた。

 東北に義父母の死以外、何の関係もない僕が「縁」あって、「放射能」と関わろうとしている。そこには「善意も、何もない。ただ「縁」である。僕にそんな役回りがやってきたのである。そのことが善であるとか、人を助けるとか、そんなものはない。ただ「縁」あって、まわりまわって僕のところに来ただけのことだ。それを一生懸命にするだけだ。自ら「善」をなそうとすることは、半分は「悪」だぐらいにずっと思ってきたから、僕は前向きに「善」をなそうとは思ってこなかった。
 ところが放射能については思うところが多々あった。またこれが除去できれば世はすっきりとするという思いもあった。ただ僕が関わるとは思っていなかっただけだ。

 中国・内モンゴル自治区の砂漠も同じである。関係のない人には全く関係がない。ひょんなところから
関係ができてしまった。
 人生とはそんなものなのか。不思議なものだ。

 
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三日山 / 2013年04月07日(日)
 中学生の頃、相撲部に所属していて、毎日土俵場がクラブの練習場所だった。当時尾鷲中学は7年連続件大会で優勝しており、僕らは8年連続を達成したのだった。まったくしごき、暴力などとは無縁だった。ただ相撲をとり続けただけである。相撲をどうとるかという指導もなかった。思えばみな我流でやっていた。個性というものはあるもので、1年上の先輩それぞれの取り口も、僕ら同級のものの取り口もおもしろいほど違っていた。柏戸みたいなものもいたし、貴の花や舞の海みたいなのもいた。
 顧問の先生は、尾鷲中学の名物教師だった。いつも犬と猿を連れて勤務していた。その先生は僕のしこ名を「三日山」とつけた。僕が三日坊主であることをその先生は見抜いていたのだろう。この先生は塾もやっていて、夜はその塾で自習をするのだった。2時間ぐらいいるのだが、半分以上は遊んでいて、帰りたくなると、ちょこちょこと暗記をして、口頭で10問ばかりのテストをされて合格すると帰れたのだった。特に可愛がれもしなかったと思う。相性も合わなかったように思う。しかしながらその先生は僕の何かを見抜いていたのだろう。三日であきる、というのはあまりもの誇張である。
 しかし、人生はその先生のいうとおりになった。あることをなしてしまうとそれをじっくり育てるということを僕はしなかった。次に好奇心が移ってしまうのである。おかげでいろいろなことを経験してきた。
 この経験がいつか大輪の花を咲かせるか、というと、歳もとりすぎたか、と弱気になることもある。
 僕は「三日山」のせいで、会社勤めをしたことがない。新しい事業を立ち上げる。新商品を開発する。そんな繰り返しであった。いつも自由で縛られるものがない。上からしかられることもない。それは気楽なものだが、その裏では「生活の安定感」のような保証されていない。お金が貯まれば、次々と何かを始めた。
 この閉塞の時代に自分は一体どうすれば納得して死んでいけるだろう、と今も思うばかりである。
 

 
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むなしく、はかない / 2012年05月02日(水)
 今日は東京まで。新東名を走った。ひたすら紗希ちゃんは眠っていた。娘が品川にいるので、僕はいつも青物横丁に宿をとる。宿をとるほうが気楽だからだ。好き勝手にその辺を歩く。「まかないや」という店がある。ここはいつも楽しみで、今日もそれが目的かのように急いで訪れた。生の渡り蟹をニラと一緒にした溝であえてある。食べにくいが滅法うまい。
 ここの酒盗がうまいので、そrを所望したが、残念ながらなかった。それじゃあ、海老の塩辛をと頼んだのだが、これもなかった。それで今日あったのは渡蟹である。これはまたうまいのだが、なにせ食べにくい。
 酒飲んで、こんなのを食べていると人生どうでもよくなってくる。
 明日は息子の今度産まれた赤ちゃん、百合子の顔を見にいく。ついでに息子をも励ましたい。僕らはまあまあ娘、息子を育ててきたと思う。孫を見るとさらに僕らの成果がわかると思う。孫というのは僕ら祖父母の懺悔も告白もすべても含んでいる。

 明日も東京にいて、あさって帰る。帰るとなんだかさびしい二人の生活がまた始まる。
 人生とはいかにむなしく、儚いものか。


 

 
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ルピア安 / 2011年10月02日(日)
ルピアが1円119ルピアとなり、史上最高の安さである。円が異常にドルに対してもアジア通貨にたいしてもユーロに対しても強い。
 僕は経済評論家ではないから素人の生活感覚からしかいえないが、外国から見れば、日本人の貯蓄にはまだまだ余裕があり、国債にしても日本で買われているのが安心感なのだろう。税金をあげても国民は暴れることもなく、しかたないじゃないか、という余裕も安心感を呼ぶはずだ。
 インドネシアはインフレ傾向である。あと5年もすれば、日本人の国民年金をもってやってくる人は住めなくなるにちがいない。このまま順調にいけばの話である。
 なんだあ世界が煮詰まって来ている感じがする。中国はいつまで高度経済成長を続けるのか。アメリカの衰退はどこまですすむのか。ヨーロッパはどうなっていくのか。これらの国々は互いにどんな影響をうけあうのか。

 
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ブラジルは / 2010年07月26日(月)
 ブラジルのカップルが来ていて、ルイスという男性と雑談をした。ブラジル戻って大学にはいりたいのだそうな。高校を卒業した人であればだれでも大学にいくことができる。よい制度だと思う。日本ではまだ高校の延長が大学という意識があり、社会人になってから受験することは難しい。30歳になって勉強の大事さを知り、大学へというわけにはいかない。日本が先進国並みではないのはこういうところにもある。新しい政権で教育制度、特に大学制度を変えてもらいたいものだ。
 ブラジルには徴兵制があり、18を過ぎると、1年の軍事訓練がある。その経験を経ないと銀行口座も車の免許もとれないし、パスポートも発行されないというから、たいへんなものだ。この点は戦争を放棄した日本はよいなあと思う。ブラジルの人たちも日本は素晴らしい憲法をもっていると高く評価するのではないだろうか。
 彼らはサンパウロに戻る。原因は日本の景気が悪く、労働環境が悪くなったからだ。もうひとつにはブラジルの経済成長もある。サンパウロは人が多すぎるとぼやき、暑いとぼやいていた。
 ルイスはおじいさんが日本人。チエミさんはおかあさんが日本人。ブラジル移住した世代の第三世代である。11年日本で過ごし、9月に帰る。

 

 

 
Posted at 10:09 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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心配性 / 2010年07月23日(金)
心配性な女性がいて、あれこれと心配する。試験があるからです。試験がスタートした瞬間に頭が真っ白になるのだといいます。それで、完璧に用意するらしいのです。
 昨日夕食にいくかどうかでも彼女は悩みました。試験の準備をしないと落ち着かないらしいのです。こちとら教える方は、授業の都度、納得させながら教えているので、できていくはずなのですが。「心配いらんから食事の時ぐらいは忘れたほうがいいよ」と説得し、みなさんとレストランへいきました。
 彼女はビールは後の勉強にさしつかえるからと避け、アボカドジュースを飲んでいました。
 彼女は難しそうな顔をしています。

 もう一人の女性は落ち着いた、15年のキャリアの持ち主です。えらいと思うのは、経験をひけらかすことなく、初心者のつもりでやっていることです。
 6ケ月ほど再勉強のためのスクールを探したのだそうです。それでもなんとなく腑に落ちず、最後にホームページを見て、ここだ、と決めたのだそうです。

 その女性が優しく、心配性の彼女にいろいろと言ってくれました。でもすぐには人間、性格は変わりませんからね。

 サヌールはヨーロッパ人ばかり。やはり落ち着いていいです。
 バリ島はハイシーズン。クタ、ウブドは中国人が多く、サヌールはヨーロッパからの人が多いですね。
 日本人はひところに比べて少なくなりました。今度日航の路線が廃止になるので、10月以降は早めに飛行機チケットをとらないと、と思っています。
 

 
Posted at 13:15 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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帰国途上で / 2010年04月06日(火)
いつも帰りのバリの空港で、出発までの間、時をつぶす。関西空港でもそうだが、バリ島のこの空港でもいつの間にか、既定の過ごし方になってしまっている。必ず、煙草が吸えて、ビールが飲めるいつものランウンジで案内を待つ。バリの仕事を離れ、尾鷲での仕事にも入らない全くの中間の時間である。一人なので、妙に心も静まり、いつもこの時間は捨てがたいように思う。
 今日は突然の来客でタイからバリにやってきた女性に、出発の間際十時半まで講義をした。
 イダが空港まで送ってくれた。喉が渇いたので、コンビニによったら母親が好きなチョコレートが置いてあったので、いつも空港で買うのをここで買った。三分の一の値段だった。空港に着く頃雨が降り始めた。今はラウンジでビールを飲んでこんなことを書いている。
 しばらくするとアナウンスがあって、搭乗口に入ることになる。これもすることが決まっている。
身体検査を受ける。そしてしばらく待つ。飛行機に乗る。睡眠導入剤を一錠飲む。新聞に目を通す。
キャビンアテンダントに朝食は要らないから起こしてくれるな、と言う。いつも到着の30分ほど前に目を覚ます。関西空港に着くと、なぜかバスに乗ってしまう。上本町までだ。本当は特急電車で鶴橋までの方が早いのだが、なぜかそうしてしまう。近鉄電車に乗るまで時間があるので、いつも途中で青木コーヒー店でコーヒーを飲む。ここのコーヒーは美味しいのだが、しばらく時間がかかる。結構急いで飲む。それから賢島行きの電車に乗る。松坂に着くと、妻が迎えにきてくれている。ちょうど昼ぐらいなので、いつもラーメンを食べる。次第に現実に戻りつつある。がんじがらめの現実の場所へ、別に落ち着くというわけでもない場所へ、近づいていく。翌日まではがんばらないことにする。どうしても翌日からはこのしがらみの中で生きていかなければならない。気持ちをチャンジする。
  

 
Posted at 23:46 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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おばあちゃん子 / 2010年04月03日(土)
 北海道の札幌からGさんがやってきた。僕のバリ滞在もあと3日となる。熱心な人はいいのだが、やや気楽に考えている人たちがいたし、持病の膀胱炎で体調を崩した人もいた。なんだか心が落ち着かない日々だった。それも今はようやく落ち着きつつある。試験の日が近づいてくるにしたがって緊張してくるのだろう。

 今回、ふと考えてしまうことがあった。おばあちゃんに大事に育てられた女性たちが多かった。両親は仕事をしていて忙しい。子供の面倒はおばあちゃんがみる。なんだか両親、特に母親に無意識の恨みを抱いている様子がうかがえた。母親や父親の悪口をうのではないが、思春期時期の荒れ方や、辛い時期の処方のしかたになんだか共通点があるように思える。
 親、特に母親、あるいは母親に安心感を与える役割の父親。二人の関係。また母親独自の個性が子供に圧倒的に影響を与えるものだが、両親が忙しいからとおばあちゃんにあずける。祖父母がいくら大事にしてくれようと子供はやはり母親なのだろう。大人になってもどこか病んでいるような気がしてならない。それを自分で克服していくのが大人である。

バブル期に育った人たちは40代になろうとしている。現在の20代はバブルもくそもない。就職難。安給料。

 今回来た研修生たちは20代、30台前半である。昼ごはんは40円。夕ご飯は50円。なんでも美味しいと食べる。虫だ、汚い、温シャワーがあるとかないとか言わない。そんな風に予算をきちんと決めて、始末しながらバリ島での学校生活を送っている。

 昨日、僕が若い二人の女性にご馳走をしようと思ってレストランにでかけたのだった。夜も十時頃になって帰る頃、ライブのバンドがボブマレーの歌を演奏し始めた。するとその曲を演奏してくれたことにひどく二人は感激し、チップをやりたいといい始めたのである。これまでチップを払ったことがなかった彼女たちがチップを演奏者達に払う。それは心の底からお礼をしたい、という気持ちである。「チップやらなあかんのやろか」という不安げなケチた根性からではない。自分でやりたいと思ったのだろう。

 おばあちゃん育ちのこの女性達。優しい。なんというのだろう。お金の使い方に抑制がきいていて、気にいったものは自分のできる範囲内で払う。なんとりっぱなものか。親へのこだわりはあるとしても外国にきて、つつましく、しかも感動したことにお金を払う。
 みあげたもんだ、と思った。  
   
 

 
Posted at 13:32 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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ジェロ / 2010年04月01日(木)
 「ジェロ」という美味しいみかんがある。 ザボンのようなものなのだろう。
 zabonn ホテルの庭にいくつもある。 
 ホテルの庭にいくつもある。
 

 これは僕が滞在しているいつものホテルである。
 このところバリ島は涼しい。
 十分睡眠をとり、不節制していないので、身体も調子がよい。
 若い人のエネルギーをもらっている。
 

 
Posted at 15:00 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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バリにきてはや / 2010年03月29日(月)
バリに来てはや3日となる。この3日目が日曜日だったので、疲れをとるにはちょうどよかった。連続でやると4日目ぐらいからとてもしんどくなる。推理小説を読んでのんびりしていたら読み終わってしまった。もう2、3冊持ってくればよかった。
 来てから翌日は暑かった。夜はプールで泳いだ。昨日、今日はやや涼しい。
ブログを書いたり、思いついては前の建築中のルコ(2階建ての店舗付住宅)を見にいったりした。テレビをつけたら大相撲をやっていた。これがおもしろかった。白鵬と日馬富士との対戦は白鵬の下半身と上半身の分離された動き、なんというか腰から背骨、肩甲骨あたりの筋肉が相当柔らかいのではないかと思わせた。また把瑠都が仕切りをする時の背筋の線がまっすぐなのにも改めて驚いた。

 夜は久しぶりにバトゥブランまでケチャダンスを見に行った。わずか一時間だが、これがよかった。やはりケチャダンスはウルワツで行われるような夕方ではなく、夜のケチャダンスがよい。今から18年ほど前に初めて見て、いくつかのグループのものを見たが、オベロイで行われるのが一番よかった。バトゥブランのはたぶん初めてでどんなものか期待した。
 また今日は各パートの役割をしっかり意識して楽しんだ。ポンポンポンポンと四拍子で声を鳴らす人はそれを八拍子にしたりする。四拍子の間で5つを刻むグループ、6つで刻むグループ、7つで刻むグループがある。その絶妙な拍子と声のハーモニーがケチャである。なるほどと思いながら正確にリードしていく「ポンポンポンポン」の男性はたいしたものである。
 ケチャが終わったあと、ファイアーダンスがあった。トランス状態になった男が火の中に飛び込むのである。それを4回ほどした。最後は火のついた椰子の皮を口に入れるのである。
 こういうのを見ると人間の不思議な力を思う。そのことで人間への理解を普遍化しようとは思わないが、よくも火傷もせずいられるものだと思う。
 日本にも修験道の行者が火渡りをしているが、熱く感じないのはわかるような気がするが、火傷をしないのはどういうわけなのだろう。

 さて、本日。故郷というのは離れがたいものであるが、離れると縛りがなくなりよいものである。これがいっときの旅の気分である。
 日本は桜は今頃満開だろう。帰ってから桜を見るにはどこがいいのだろうか。
 
 

 
Posted at 20:02 / 僕のバリ日記 2 / この記事のURL
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