24時間を実に過ごし/25時間目を虚に尽くす/25時間目に詩を書くため/24時間に零を乗ける (永瀬清子詩集より)

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タバコに害はあるのか / 2012年05月11日(金)
タバコは煙たいし、匂いがつき、人に迷惑をかけるので、分煙がいいと思うが、タバコそのものに害があるとは思えなかったので、僕はやめる気もなかった。分煙ぐらいの規制でいいと思うが、タバコで税金をあげていくのはちょっと
  おかしいと思う。嘘なのは、たばこを吸うと肺がんなどにあるというものである。
  たばこを吸う人は減っているのに、肺がんになる人は増加する一方である。肺がんの死亡率は人口十万人あたり1980年に18.3人だったのが、1990年は29.7人、2000年は42.8人、2009年は53.7と3年で3倍に増えている。これは疑問です。タバコと肺がんに因果関係があるかというと相当疑問である。タバコよりもむしろ排気ガスのほうが影響が大きいという声もある。なのに排ガスについては人はおおらかである。

 ニコチンやタールが強いタバコを吸う人が多かった昭和50年頃までの方が、肺がんでなくなる人は少なかった。これもタバコが癌になるということと矛盾している。ある老人ホームの調査では40代、50代、60代、70代を、それぞれの年代でタバコをやめた人とやめない人の寿命は変わらなかったという報告もある。

 タバコを吸ったときには一時的に血管が収縮するといわれているが、血管が収縮するのはストレスや、不安・緊張、過労などあるときのほうが危険だと思う。交感神経が過剰に興奮すれば血管などは収縮の過剰である。

 ニコチンはストレスを解消させる力をもっている。ニココチンはアセチルコリン受容体に結びつく作用がある。アセチルコリン受容体は脳の神経細胞や免疫細胞にあるが、それらに作用し活性化させるわけだ。それによって、意欲や快にかかわるドーパミンや心を安定させるセロトニンを分泌させるとも言われてる。

 潰瘍性大腸炎にもニコチンがよいことが報告されている。JTが二千人の自殺者を対象にして、タバコを吸っていたか人がどのくらいいたかどうかを調べたところ、その結果、タバコを吸う人は一人もいなかったのである。

 ニコチンが脳内物質に影響を与えているのである。つまりタバコを吸うことでストレスが軽減されているわけである。

 だいたい歴史の重みに耐えてきたものは歴史によって実験調査済みだから、私はそんなものだろう、「タバコ云々いうなどはあてにならないぜ」と考えてきた。
 
 何が一番悪いか。何が最悪か。それは健康神経症である。健康を心配することである。これははっきりデータがでている。健康神経症はやめなければならない。癌にもなる恐れが十分でてくる。

 時々タバコを吸って、フッと一息、なかなかおいしいものである。


 
Posted at 13:17 / 発言 / この記事のURL
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無意識の革命(没落) / 2012年05月05日(土)
 久しぶりに東京八重洲ブウクセンターでのんびりと本を見てまわった。
 仕事上、気になる本を2冊買った。そしてゆっくりと現代を読み解く論者の意見を拾い読みした。そんな中で、田原総一朗と佐高信」の対談も広い読みして、「へえ」と思うことを知った。田原がドキュメント制作だった頃、ソ連で何かのシンポジウムがあるということで、そこに呼ばれたことがあった。ついでのムスクワ大学の学生達の前で話す機会があった。その当時、田原がモスクワに出向いたころ、ちょうどフルショフが失脚したときで、このことを話題にしたら、みな黙り込んでしまった。
 田原はソ連というのは自由と平等の先進国だと思っていたらしい。ここからが驚くことだが、田原が日本に帰って、ソ連は実は自由と平等とはほど遠い国だなだと、言論の自由などないと、語ることは相当はばかられたらしい。それほど世にはソ連主導の社会主義が知識人の常識で、田原が言おうものならこの世界で生きていくのは難しかった。そんなふうなことを語っていた。
 日本の自民党は社会主義国家よりも社会主義化したような国家づくりをした。金融、優勢、もすごい数のある規制、国家の介入をひたすらしてきたのが自民党であった。

 拾い読みだが、言い方そのものではないが主旨はあたっていると思う。
 僕らはその時代のあとに学生になったものだから、ピンとこないところがある。
 結局国民の一般層はアメリカの文化を選んでいったのだった。報道がグローバル化することで、ソ連はどういう国かがあきらかになってきた。
 ソ連は社会ファシズムの国であった。

 いわばマルクスが可愛そうである。ソ連=マルキストというイメージがつきまとい、マルクスの思想・哲学はいつもソ連と一緒にみられるようになった。
 思想家というのは不思議な存在である。
 親鸞がまさにそうである。弟子ももたず、仏教の解体を唱えた人が、いつの間にか死後に浄土真宗の教祖となっている。怒り心頭ではないか。

 社会主義国家が実は社会ファシズムであったことは、資本主義経済社会の未発展の段階ではどこもそうなる。日本もまた中央集権国家で、自民党は社会主義的な政策であまたの規制を作ってきたのだった。金融業界を見ればよくわかる。
 人々のなんでも国に求める態度を見ても、その体質がわかる。
 あらゆる国民の面倒をみるのが社会主義国家である。

 さて、現在、若者の8割が未来への不安感をもっている。その若者達は日本国のデフォルトを傍観する、というより待ち受けるような無意識の態度を示している。
 1500兆円ほどある個人資産が半減し、国債が暴落し、日本社会が破綻に向かうということはリセットすることである。すると利権者も、支配の構造も変わってしまうということである。
 自然に待っていたら破産となり、若者にもチャンスがめぐってくる。
 金持ちは貧乏には耐えられないかもしれないが、貧乏なものはこれ以上の貧乏よりも、やり直しができる、自分でもチャンスを求められるのである。
 この社会は転換期だという人がいるが、没落期ではないかと思う。転換などはあまり期待していない。転換したとで。もてるものはまた登場してくるのだから。
 もっと地の底の方まで落ちる。若い層はそれを待っている。僕もこの歳でそれを待っているといっていいと思う。
 新聞は相変わらず、生活者の視線に立てない。経済が上向きなどと今日の記事にでている。企業あんけーとらしい。彼らの突っ込みはそこまでで、実は「絶対消費」が上がり続けていて、「選択消費」がかつかつになっている生活するものの実態を知らないように思える

 あれこれ思いながら停滞した20年がやや動き始めるような気がする。そしてどこに動いていくのか、必死になるのが保守層だと思う。僕のいう保守層とは、自民党も、民主党も、社民党も、共産党も含めたものだ。
  

 
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国家ー日本人 / 2012年04月22日(日)
国家とは面倒なものだ。僕は国家など将来的にはないほうがよいと思っている。すでにヨーロッパは国家意識はないのではないか。政府意識がある程度ではなかろうか。
 国家は資本主義社会であれ、社会主義社会であれ、利あるものがリードし、それを保護しようとする。それに緊急時に国家の名で人を縛り、死にいたらせることもする。いちいちビザやパスポートが必要だし、領土などと争いをする。尖閣列島や北方領土は交渉をして共同統治をして自由に行き来ができるようになればいいと思うが、どんなものだろう。僕には「日本、日本」という意識があまりないので、なんとかビジネス交渉みたいなもので、平和裡にやってもらいたいと思う。
 石原慎太郎のように「国がやらないなら東京都が買い取る」という発言が歓迎ムードでテレビは報じている。痛快であるのはわかる。しかしこの人は日本が大好きなようなである。政府というよりは国家の意識が強いようである。 一番日本人をバカにしていたのが石原だと思っていたのだが。
 僕は、日本人の悪い政治家たちが国家を運営するくらいなら、他の国の良い政治家たちに運営してもらうほうがよいと考えている。
 たとえば、戦争当時であれば、アメリカ政府にやってもらったほうがよい、という風に。

 安全保障理事国の核をもつ国々は北朝鮮ヤイランに核をもつな、と言っているが、そんなことは不可王であることは小学生でもわかるのではないか。核がもてる国が「核を持つな」という矛盾はあまりにも幼稚すぎる。そんなことは誰も知っている。
 だったらどの国も核を捨てればいいではないか。そのときにだれが邪魔をするのだろう。

 人々の多くは軍事産業で利益を得る人々を除いては戦争などしたくないだろう。

 日本は現在、デフレから抜け出せず、選択消費が下がり、絶対消費が増えている。さらに天災というノイローゼ的な不安症が蔓延している。
 本当は冷え切った経済状況なのである。
 こんなときは危ない、と思う。
 伝染しやすいのも日本人だからだ。


 現実社会をやりくりしていくことは難しいのだろう。現実社会を分析ばかりして、現象を追いかける一群の人がいるが、

  

 
Posted at 13:08 / 発言 / この記事のURL
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吉本隆明 無効性の観念 / 2012年03月29日(木)
 今日は吉本隆明の「無効性の観念」について書きます。彼へのインタビューで島亨という言叢社同人が質問するという形で、「ハイエディプス論」というのがあります。そこででてくる概念です。島氏のインタビューと答え方がとてもわかりにくいのと、その概念の具体性といいますか、実体性を根掘り葉掘り聞いていないので、島氏はわかっているからなのだと思うのですが、私にはインタビューの文脈の中ではわかりにくいものでした。

  それで改めて「無効性の観念」とは何か、私なりの理解を述べたいと思います。簡単に言ってしまえば、ある考えなどは有効などと言えなくなってしまうよ、ということですが、たとえていいます。

 大和民族などと言葉がありますが、民族という言葉は近代に入ってから作られた言葉です。大和民族と言えば天皇を中心として日本民族のことを、あるいは男らしい男が一致団結するのに共同の観念として使われるのですが、そんなものはちょっと歴史を調べれば意味はないよ、つまり有効性はないよ、ということです。

 つまり、日本列島には北方アジアから、東南アジアから、それこそ人種のるつぼのように複雑に入り込んできて、少なくとも2万年くらいの歴史があるわけです。その2万年のことがわかってしまえば、たかだか2000年の天皇制による大和民族は意味がなくなります。僕らはもっと複雑な基盤をもっているわけで、大和に集約される必要もないのです。現に僕などは「海洋」と関係したところからきたのではないかと思っています。

 別の例をあげてみます。胎児期、乳児期の無意識は連綿とした生物37億年の歴史と個体史に移し替えたものだと言えます。この時期はまだ言語を獲得していない時期で、言語以前の未明の世界です。この世界を掘り起こしていくと言語が発生する以前まで観念の世界を伸ばすことができます。すると言語発生以前にまで、入り組んだプロセスやその構造がきちんとわかるような観念にいけたら、種族とかいう概念も無効となります。人種だ、差別だ、国家だ、党派だ、ということも限りなく観念として無効になっていくはずです。

 こういう「掘り下げ」というのはとても重要なことです。僕ら人間を支える柱は、ある国家や集団という狭い、束縛したものではなく、もっと広汎な人間としての普遍性です。しかし現在のところ、国家も党派も無効にはなっていません。
「無効になりうる観念」 その構造やプロセスが言える、またそれを一般化される時期というのが未来社会にあるのでしょうか。吉本隆明は「俯瞰的な視線」と「地下に進んでいくような掘り下げ方」を同時にしている人でした。

 吉本隆明は国家というのは「共同幻想」であると言いました。幻想である限りは、消すことのできるものですが、確かに僕らは家族を作り、他者と交わり、あるルールや倫理をつくり、国家というか政府というものがあって社会のかじ取りを委託しております。またそれとときに逆立するように「個人幻想」というものもあります。共同幻想と個人幻想は一体化するときもあれば限りなく近づくというふうに歴史は流れています。「対幻想」という二人だけの領域もあると言えばあるのでしょう。人という文字は二文字でなっています。これは人間は二人が基本で、二人から三番目の他者ができるということですし、母との関係は「対の関係」です。
 人間はこれら三つの観念の領域をもっているものだとしたのが吉本隆明です。この三つの領域のことが一度に個体に現れるわけで、彼のいろいろな文も ほぼこの三つの領域の問題を一度に語るという複雑さをもっています。

 「無効性の観念」をいまだよくはわからないのですが、共同幻想が無化してしまう観念のことなのでしょうか。共同幻想は一種の宿命です。人間である限りあることです。そういうふうに考えると共同幻想を自覚化するともいえそうですし、限りなく束縛としての共同幻想を排除、無化する観念ともいえそうです。「党派を無化する」というのは現在の僕らでもわかります。それはたとえば、吉本隆明がハイエディプス論で言っているように、労働組合は党派的なことをするのではなくて、労働者の消費生活、就労生活のことをやればいいのに、そこに政党のものや政治家もはいっていて労働運動をしています。現在の労働組合への加入率からいってもすでに現在の労働組合は無化に近づいているともいえます。

 この方法論はある段階でたいへん有効だと思いますが、初源にたどったときに見えてくるものは何か、というとも私の理解力ではもうひとつわからなさが湧いてきます。初源にまで遡るまでの間に多数のフセンをするべきところが多々あると思います。

吉本隆明の思想はすべて体験を掘り下げたものです。自前の思想と呼ばれていますが、戦争時の体験とか自分の恋愛の体験、胎乳幼児期の体験、学童期での先生との体験とか、その謎解きをやっているところで、「無効性の観念」も「共同幻想」や「対幻想」も出てきた観念だと思います。自分も自分の体験の掘り下げをやってみようと思わせるものがあります。その意味では非常に文学的です。
吉本隆明の死以降、さまざまな論議がされるのでしょう。市井の人がどんな風に読んでいるのか興味があります。 

  

 
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経済のゆくえ / 2011年12月24日(土)
15年ほど前、国土交通省(当時は通産省といっていた)の中部局長と対談をしたことがあった。その前年だったと思うが田川元三重県知事らとテレビ鼎談にでたことがあった。そのあとの北川元知事らとの座談会によばれて出席したことがある。当時は経済研究所が意見を聞きにきたり、シンクタンクがやってきたりしていた。
 僕の意見は「消費は遅れた生産である」「家庭での支出は自由に選択できる消費が半分以上になている」「人口比でも産業別の構成比でもすでに第三次産業(販売、流通、医療、教育など)が60%を越えている。」「いくら道路やダムに公共投資をしても経済的な波及効果は大きくない」「それよりも第三次産業と次に四次産業にお金を使うべきである」「たとえて言えば、デパートでもコンビニでも、品揃えができるようにするとか、デザインやIT関係の利用者育成をするとか、病気予防に力をそそぐとか、教育にお金を使うとかを提案していた。

 100兆円の公共投資をしても経済はよくならないことはこの20年でよくわかった。すでにケインズ経済もマルクス経済も通用する時代ではなくなっている。

 1972年が第三次産業が一次・二次産業を上まわった時期で、それ以降、一次産業はさらに衰退し、加工業などの二次産業は30%台を推移するようになった。逆に言えば何もないところから物を作るのだから作れば売れる、考えなくても真似していても売れる、不動産価格は毎年上がっていくという最高潮戦後経済時期であった。

 しかし日本の経団連などは製造業で占め、それは今も同様である。バブル崩壊後、物を作っても余る状態になってきた。製造業が海外に進出すると、価格競争となる。リストラが始まり、非正規社員という労働者、派遣社員を製造業にも許可し、価格競争を政府も支援した。
 貿易が黒字になれば円が上がる。労働力の安いところに工場を出し、国内ではますます効率化が行なわれた。するとまた円が上がる。こんな状態が今も続いている。

 つまり、物作りはよいことで、消費は贅沢で、日本は資源がないのだから、それを買うためには外貨が必要だという発想に呪縛された経営者や政治家、経済評論家が今も跋扈している。

 第三次産業にお金を使えというきちんと説明できる経済学者は私がテレビで知る限り、個々最近登場してきた二人ぐらいで、それまでは、また今もほとんどは輸出産業支援型である。

 当時の僕の説明もうまくできていなかったかもしれないが、当時の人たちは全くわからない風であった。ケインズ経済学を信じ込んでいる風であった。しかし現在であれば、ダムや道路や堤防を作って経済効果を出していこうとしたことの結果がよくわかるから、聞く耳をもつ人はいるだろうと思う。

 本来、僕が思うに、政府や地方自治体の予算は産業別人口構成比にしたがって予算を組むのが一番いいように思う。仮に一次産業が7%、二次産業が30%、第三次産業が60%とあれば、おおむね予算もその割合とする。さらに未来型の四次産業の育成をはかる。

 一次産業が7%なのに、仮に15%を配分していたのでは、これはもう利権である。それによって一次産業を翌年8%にあがればいいのであるが、おおむねさらに衰退するという推移であった。すると偏った予算は無駄であったとも言えるのである。それよりはむしろ、一次、二次、三次産業がもてない能力である四次産業的なものを育てれば、一次、二次、三次産業を引っ張ることになるだろと思う。

 僕はずっと三次産業、四次産業に関わっているから、身びいきするのかもしれないが、ここ20年、そんな風に考えてきていたから、現在、漸くに「これまでのやり方ではだめなのだという論調がでてきて、「フン」とも思う。

 高度経済成長の頃をよく知っている人たちは「生産力を上げる=善で、消費は=贅沢 貯金は美徳
株=バクチ 」 というような呪縛から抜け出せないのである。

 すでに資本主義は衰退に向かっていて、消費資本主義となっている。消費資本主義とは消費者のサイフの開け閉めの閉まり具合で経済や政府が変わってしまう社会である。アメリカやヨーロッパ先進国
は先にそんな時代に入っていて、資本主義はいよいよ後期に入っている。

 新しい経済の方向は、たとえば、日本の優秀な技術を教えるかわりに農産物をもらう外交努力をするとか、自然にそうなってしまうとか、一方では、地面にある土地を階層化して一階も地面、二階も地面、20階も地面というような超高層のビルに農業地帯や漁業地帯を作っていくような方向であり、国民国家という呪縛をといていくことだと思う。

 2012年は政治も経済も変わらなくてはならない年になるはずだ。

 
Posted at 10:12 / 発言 / この記事のURL
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毅然と / 2011年09月11日(日)
 福岡で福島県の物産展を催すことになった。この物産展の主催実行委員会に「放射能をもってくるのかというようなメールが10件ほどあったらしい。それで主催実行委員会は物産展をとりやめることにした。京都の大文字焼きもそうだった。
 主催者側に覚悟がない。馬鹿な、と言いたい。どうして10人に対して毅然と物が言えないのだろう。僕がこの日本社会の一番嫌いなところだ。こんな場面でこそ物言うべきではないか。
 クレーマーはどこにでもいる。このクレーマーに新聞社もTV局も非常に怖がる。彼らが日本人の意見を代表しているわけではない。単なる恥ず知らずである。こんな少数の人に対して、説得すればいい話ではないか。それができずに腰砕けである。
 僕は不思議でならない。
 ちゃんと恐れずにいうことだ。日本人はときにこんな調子になる。「この戦争は負けるよ」といったら、「演技でもないことをいうな」とたたかれるのと同じである。それでケチョンとなる。
 真っ向からやりあう勇気がない。どうして、十人の人のほうが強いのだろう。ノイローゼ、神経症的なだけだ。
 これに負けたらいけない。だがもう襲い。決めてしまったのだ。僕は主催者にも住人の投稿者にもげんなりする。
 大衆にはあほもかしこいのも、どうでもよいのも、いろいろいるである。そんなことは前提だ。そんな前提があって物産展を決めたはずである。
 恐れたら前へは進みめない。毅然さがなければならない。

 
Posted at 22:06 / 発言 / この記事のURL
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国家は国民に無理難題を強いる / 2011年08月21日(日)
  国家というのは富めるときに人々を個々に助けるようなことをいうが、国家が貧乏になると、国民に無理を強いる。究極は死までも求めるものである。国民国家というのはそのようなものだ。
 昭和の満州事変の前、経済政策に失敗した日本は戦争への道を作ってしまったという分析もある。
 当時は経済基盤の厚さは生き死にの問題で、飢餓や娘売りというところまで達してしまう。現在は経済が衰退したとしても、1980年や1970年ごろに戻るくらいのものだという点で状況はずいぶん違う。そのくらであれば日本人は我慢するのではないか。また労働の寡占をせず分配意識が高まれば、残業や過剰労働の問題も解決できるのではないかと思える。
 ただ政治家は古い体質と思想をもっていて、過去と同じことを繰り返すようである。財政がきつくなると国民に辛いことを強いる。日本のような国家に従順な国民はそれに賛成する人まででてくる。
 増税、国債、これらも経済に影響あたえ、失敗すると、さらに国民に無理を強いる。
 これが国民国家の本質的なところだ。
 先の戦争で310万人という国民を殺してしまう国民国家は織田信長でもできなかったことだ。

 震災を契機として政府は震災復興、被災地救援を言いながら、増税、国債発行をしようとし、改革すべきことはほとんど反対にあって手詰まり状態である。なんと言ってよいか。国家というのは騙す機能ももっていることは肝に銘じておくこだと思う。 

 
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このごろの尾鷲のこと / 2011年08月09日(火)
 ずっと尾鷲で暮らしてきた。どんなことがあっても尾鷲からは離れずにきた。自分にとって尾鷲は住みやすかった。居心地がよかった。その尾鷲も徐々に変わり、今では高速道路が平成25年には熊野まで開通し、尾鷲ー名古屋間も二時間ほどになる。東京までだと休憩なければ六時間というところだろう。それはそれで便利になり、本を買うにも二週間も待っていたのがネットで買えるようになり、買い物は出ずとも家の中から買えるようにもなった。
 しかしながら、尾鷲は店が大店舗化し、小さな店は少なくなり、活気がなくなった。就職できるところも少なく、若い人は相変わらず他所に仕事の場を求める。
 尾鷲圏内だけで物事を考える時代でもないことは知っている。だが、やはり、夜の街の飲食店などは活気づき、若者たちが議論したり、騒いでいるのを見るのは楽しいものだ。
 人口は2万人となった。この人口は団塊の世代と呼ばれる世代が徐々に退場していくと1万五千人ほどになる。15年後、20年後にはそうなっているはずだ。
 尾鷲の多くの店は内向きに尾鷲の人を相手にして商売をしているが、これからは両方、内にも外にも商いをしていくことがよい。
 そんなことが軽々とできるように、僕は20年前から「シンクタンク」を尾鷲に設立することを唱えていた。ここではあらゆる商売が外に向かって商いをしていくための、ネット技術、デザインや、レイアウト、やり方、それを尾鷲市か商工会議所が束ねていけばよいと思う。このような四次産業は必要であった。当時、このことを言ってもわかってもらえる人がまわりにはいなかった。内外向き両方をやっていきたい店を応援する助成金は、他のなによりも必要なことだったように思う。
 大曽根の公園、使われていない野外コンサート場、使用頻度の少ない文化会館、廃屋となっているユースホステルや青年の家、 当時は必要だったから作ったのだろう。このことを今更言ってもせん無いことだ。
 尾鷲はどの方向にに進もうとしているのか、なんとなくどうにかなっていくんだろう、という感じで衰退している。
 市長は「マイ箸」とか「鯛カレー」と言い、どんな町にしていきたいのか、定まらぬ。各業界に遠慮した総花的な総合計画しかできないのではないかと思う。
 尾鷲に必要なものと不必要なものははっきりと峻別し、十年の計で資金使途を決め、集中して新しい産業を起こさなければならない。
  30年で林業にいくら投じたか。そしていくらの税収入があったのか。漁業にいくら投じたか。税収入はいくらだったか。
 加工業にいくら投じたか。税収入はいくらだったか。先に進めておくべき産業は何が有効か。どのくらいの規模になる可能性があるか。

 そんなことも話題にのぼらず、尾鷲市民はやるかたなく、道もわからず、他人や世間ばかりを気にして、あっちをたてればこっちが立たないと思う小心で、衰退の一途をたどっている。

 「道の駅」も見ものである。どこに建てるか。これを建てる場所で市を動かしていく人々のレベルがわかるというものだ。
 私見を述べれば、現在のオトトか、消防署横が最適である。それ以外の場所では一番重要な「宣伝媒体としての道の駅」の有効性がなくなる。   

 
Posted at 13:15 / 発言 / この記事のURL
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漁師と労働 / 2011年07月24日(日)
 絶賛の声鳴り止まぬロングセラー、「渡辺京二」の「逝きし世の面影」(平凡社文庫)によると、明治十年あたりまでの労働観が書かれている。計測的に時間管理をされ、一日でいくつのものを作るなどといういわば近代的な労働の概念がなかった。働きたいときに働き、働きたくないときは働かない、という風な感があった。職人の技は素晴らしいし、農民は勤勉であったが、おおむねのんびりとせかせかせずに生きていた。 これを三陸沖の自営漁師に当てはまればいいのだろう。養殖をする漁師も、沿岸漁師も、自由そうである。大手資本がゆってきて競争原理の中に入り、時間も、収穫も計測され、無理してでも働く環境になれば、漁師も自由な労働をすてなければならなくなる。育てたり、獲る楽しみも、雨で出航できない我慢の日々を送られるのも、自営だからである。サラリーマンになったら、事務職人分も、なにも働かない株主分も出さなければならない。

 昔の近代工場制以前の労働観はまだバリ島に残っている。気候のせいもあるが、人々は走らない。こせこせ働かない。ゆっくりである。過剰労働はしない。注文しても時間に几帳面ではない。
 日本は高度経済成長期こせこせしすぎた。女性までもその世界に参入してきている。すでに時代は過ぎ、スローライフが提案され、エコが提案され、経済一辺倒から別の価値観を探しだそうとしている。
 漁師は高齢化で後継者がいないという。そんなことはない。高齢者が死に、収穫できる価値あるものがあるならば、若い人はそこに参入してくるはずだ。
 ただ自営していく小さな漁師を枠にはめずにやってもらうのがよいと思う。大きな会社なんてのはいいものではない。

 
Posted at 14:20 / 発言 / この記事のURL
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状況 / 2011年06月23日(木)
 夏目漱石は英文学を勉強し、英語教師になってのちイギリスに留学した。帰国後は大学で教鞭をとった。
 彼は最先端の翻訳物も含めて英語文学を読める人であった。明治の終盤期、漱石が読む本はどれほどあっただろうか。現在とはくらべものにならないくらい本の数が少なかったにちがいない。漱石は直接に海外の本を読んでいた。まだ近代文学は黎明期であった。泉鏡花、二葉亭四迷などがいたが、近代的自我と呼ばれる知識人の葛藤は夏目漱石が輸入といおうか、英文学の影響を受けて日本近代文学を作っていったのである。
 政治で言えば、維新の頃、欧米に視察に行ったものがその後の政治をリードしていったようなものだ。このことを今の私達から見れば、「なんとラッキーな」というしかない。新しいものを見て、それに同意し、納得すると、あとは真似ればいいのである。真似るといえば語弊があるかもしれないが、来るべく未来が見えていたのである。ヨーロッパという国家をあげて目標とする先進地域が存在していたのである。
 たまたま漱石がその任を得て、その任にたえられるほどの見識をもっていたということなのだろう。
 日本は文学においても西洋化の道を歩むことになった。その道案内に夏目漱石がいたということだ。

 さて、今度は村上春樹である。西洋のリーダーであるアメリカ文化の流入が戦後激しくなり、それはまあジャズやキャバレーや映画のようなものから浸透していったが、アメリカ文学的なものを輸入し、あるいはアメリカ文学から影響を受け、日本に紹介したのは村上春樹だろう。もちろん紹介するにたる能力があったといわざるを得ないが、アメリカ文学のいくつかを自分の触覚で選りだし、日本語で新しい日本文学としていったのも「なんとラッキーな」という他ない。

 いわば我々の文学は外国からの影響によって日本語と混合し、醸成されていったのである。
 外国から科学技術を学び、法制度を学んだ日本は、文学も学び、心理学はいうに及ばず、なにもかも学んだのである。
 ロンドンで「タイム アウト」という雑誌を見つければそれを真似して「ぴあ」を作ればよかったのである。ヒットメーカーの筒美京平はアメリカポップスをかたっぱしから聴き、J−ポップをはじめたのである。

 すでに日本の科学も世界の先端をいくようになり、海外に留学までして学ぶこともさほどなくなった。社会思想においてもいつも西洋を見て、そこから輸入することも不要になってきた。逆に日本が漫画やアニマやゲームの世界で海外に輸出する時代とまでなった。
 もう真似るものもない日本人はこのグローバル化の時代の先進国の一員として、よりグローバル化か、より深く独自のものを作り出す時期にきている。それは職人の技術、技術の日本がおし進めているものであるが、文学や思想も、世界に通用する新しいものを作り出さなけければ右や左にお手本がなくなったというべきである。

 模倣ができるものがあるうちは追いかけていればよかった。どこに模倣するものがなくなったのが現在のあらゆる分野においての実体である。
 資本主義に変わる制度を誰が考えだすか。人間の普遍的な課題に誰が新しい手法で描きだせるか。
 テレビ、演劇、映画、漫画、イラストから宣伝文句まで創造のバリエーションは増え、人々はすみずみにいたるまで情報を発信する携帯電話やパソコンを持ち、ブログを作る。これはグローバル化の一端であるが、そんな中から未知の創造的な思想や芸術が出てくるのかもしれない。
 模倣をすることもない時代。小さな模倣ばかり。だからすべて停滞している。追いかけるものがないと右往左往する。

 これが現在のすべての分野での状況ではないか。 
 

 
Posted at 16:57 / 発言 / この記事のURL
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P R
プロフィール 1
  • ニックネーム:榎本順一
  • 現住所:三重県
  • 職業:自営業
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最近、よかったなあと思った本  百田尚樹 「永遠のゼロ」「ボックス」 最近刺激を受けた本   夏目漱石「明暗」「水村美苗「続明暗」 なるほどと思った本  渡辺京二「逝きし世の面影」  中山 茂 「科学と魔術の間」 おもしろくてしかたがなかった本  司馬遼太郎 「国取物語」「竜馬がいく」 なんで、なんでと一気に読んでしまった本  宮部みゆき「火車」や篠田節子の「ゴサインタン」 最近一番よかった、感動した小説  村上春樹 「東京奇譚集」 マニアっぽく大好きな本・DVD  池波正太郎「鬼平犯科帳」「剣客商売」 たいへん影響を受けた本 吉本隆明「母型論」 三木成夫「胎児の世界」 尊敬する人  吉本隆明      
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