ついに日本人の二人に一人が癌になる時代になった。夫婦のうちのどちらかが癌になることになる。これではいつかはほぼ癌になるといっても過言ではない。闘いがあるから戦国の武士のようにいつも死を覚悟していた。同じように癌が必ず死ぬ病気であるならいつも死を覚悟するのかもしれないが、現在の医療では癌も治る病気になりつつある。
自分のiPS 細胞から臓器を作る技術もすすみ、あと十年もすれば癌も根絶される勢いである。
ますます僕らは突然の事故や災害でもない限り、生は限りなく死に遠くなるようである。
科学の発展が進む中で、人間の心の問題は自殺者の数からみても事故死を上まりつつある。自分で命を断つというのは尋常な精神状態ではない。日本の自殺者数は約3万人。他国は不審死の半分を自殺者として勘定にいれるが、日本は明らかに自殺とわかる人のみの数字で、不審死の半分を入れれば十万人を超え、世界断然トップの自殺の多い国である。
この原因はいろいろあるだろう。「やりなおし」がきかない社会の制度がある。「やりなおし融資」もなければ株に対する教育のなさや、自己責任意識の希薄、世間を気にする国民性、子供を自分のものだ思いきっている物の考え方、心中を殺人ではなくて同情をもって理解する資質、喧嘩してまでも自己主張ができない国民性、法律よりも「誠意をしめせ」とか「親、兄弟がいるだろ」という言葉で借主に迫る貸主。
お金の取引なのだから、貸したほうも、借りたほうも責任は双方あるはずなのに、貸した側ばかりが優位に事が進む制度。事業とは全く関係のない人を保証人にしなければならない制度。
自殺者の多くは経済的な困窮から精神に異常をきたすのである。
社会に広がる「うつ病」。結核が蔓延した時代があり、癌が恐れられた時代があったが、現代の病は「こころ」のほうに移りつつある。
胎児、乳児期に親が安心をして育てられる環境があれば、決して自殺をするようにはならないと思うが、社会の制度も、自殺についてさまざまな意見を聞き、予防の制度化を図っていくべきだと思う。相談室をもうけるぐらいのお茶を濁すような対策ではどうにもならない。交通事故に関しては、酒場の売り上げが下がるぐらい、厳しく対処しているエネルギーがあるのに、自殺に関してはあまりにも対処するエネルギーがないのが日本のこれまでのまた現在の政府である。
意見に対しては意見で。これがいいのではないでしょうか。揶揄したり、悪感情だけでいうのはその意識低さがしれます。