24時間を実に過ごし/25時間目を虚に尽くす/25時間目に詩を書くため/24時間に零を乗ける (永瀬清子詩集より)

 
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靴のこと / 2012年05月22日(火)
 東京も危ないし、岡山あたりに、もしくは倉敷は活断層もなく、尾鷲を離れるのだったら、その辺がいいなあ、と妻と話をしていた。すると、岡山と倉敷の人から商談が入ってきた。うまくいくかどうかわからないが、岡山と倉敷を見ておきたいと思って、いくことにした。倉敷は一度行ったことがある。思えば、そこから松江に入って、宍道湖の白魚を食べた記憶がある。倉敷も松江も風情のある町だった。
 明日は久しぶりに男性たちとのビジネス話なのである。靴のメーカーである。僕が以前から「靴はまだ日本人の遺伝子に組み込まれていない」と言い、「正しく歩ける靴がこれから必要だ」と常に言っていたのが人を介して伝わり、興味が湧いたのだろう。
 日本人は世界一と言っていいほど姿勢と歩き方が悪い。これは大きな問題で、この姿勢と歩き方は膝や股関節を傷め、腰痛なども起こす。つまりロコモティブシンドロームというやつだ。すでになんらかの医院に通っている人が2000万人、予備軍が2700万人。
 特にこのごろの若い人はさらに姿勢が悪くなっている、携帯などの影響だろう。それに脚の形も変わってきている。
XO脚という複雑でねじれた脚の人が多くなっているのである。特に女性が多い。男性はそれほど歩き方が悪いとは思えないが、女性が悪すぎるのである。

 テレビのキャスターの方々もよい人は少ない。
 よい脚をしているのは上戸彩、ミムラ、昔だったら松阪慶子など。共通しているのはほぼ15度から30度の外向きに歩くことだ。これが内に入ってしまうとねじれることになる。

 何か靴でよい方法がありそうに思うので、今日はプレゼンテーションの準備を真剣にやった。

  
 
   
Posted at 15:09 / 身辺雑記  / この記事のURL
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パニック / 2012年05月21日(月)
  僕はまったくの方向音痴である。一度行った場所を覚えていなし、なんだか頭がパニックになる。
  そのことをこのごろ、自分が幼稚園ぐらいのときに、大阪で迷子になったときのトラウマのせいなのかもしれないと疑いだした。
  あのとき、西成区の母方の叔父の家は同じような風景の路地が多くあった。その叔父の家の表面の様子には記憶があった。僕はその路地から左にまがり右に曲がったところ、従兄のKがなんだか上級生からイチャモンをつけられているのを見て、迂回して、叔父の家に行こうと思ったのだった。そこから右にまがり、また右に回れば叔父の家の路地が見えるはずだった。ところがどうも違う風景で、うろうろその辺を探すのだが、見当たらない。だんだんと探すうちに遠くまでいってしまったのだった。やがてさっぱりわからなくなって、泣きながらどんどん歩いていったのだった。そのうち日が暮れてきて、まだ地面が土のやや広いところに歩いていくと縄跳びをして遊んでいる子供の一団がいた。その近辺の家は電球が灯っていた。小学6年生ぐらいの女の子が僕のところに駆け寄ってきて、「どうしたん?」と聞いたのだった。僕はどう答えたのか忘れてしまったが、女の子は家に走り、父親らしき人を連れてきたのだった。「心配するな。あとで交番に連れていくから。、お腹もすいただろう、カレーライスがあるから食べて」と僕はカレーライスをたぶん泣き泣き食べたのだろうと思う。親がいなくなるという不安はいわばそんなものなのだろう。わうか3、時間ほどのことだったと思う。親がいなくなってしまうのが「1週間とか、2週間とか、半年、1年と続けば、どこかおかしくなってしまうような気がする。

  どうも今も迷子になるのはそのせいなのではないか。この前福岡の中須川端で2回ほどいったことがあるのに、そしてここのはずだと思っていたのに、どうしてもわからなかった。何度記憶をたどってもだめだった。迷子ではないが、迷子のようなものだった。
  歩きながらぼんやりしtれいることが多い。なんど同じところにいっても記憶できない。道順の回路がどうも故障しているとしかいいようがない。
 外にでる恐怖症にはならなかったからそれは幸運だった。
 
   
Posted at 15:11 / 身辺雑記  / この記事のURL
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推理小説 / 2012年05月18日(金)
 横山秀夫の本を何冊か借りた。「動機」という短編小説集を昨晩読んだ。おかげで今日は寝坊してしまった。その中の「逆転の夏」がたいそうおもしろかった。横山秀夫の文はスピードがあり、疑い深く、心理を説明していく。それが成功している作品だと言える。意外な結末に向かうまで一気に読ませるのである。
 久しぶりに読むサスペンス。その続きで、録画しておいた松本清張の「鉢植えの女」がまたおもしろかった。これはもう余貴美子の演技によるものも大きいが、女性を主人公にしても松本清張という作家は「転落のドラマ」が得意なのだなあと思う。
 推理作家とうのはいつもストーリーを考えているのだろう。たいへんなことだ。プロなのだから割合と簡単なアイデアの湧き出し方があるのかもしれない。それともうんうんうなって搾り出しているのだろうか。

 推理小説といえば、クロフツの「樽」という作品は読み応えがあった。もうストーリーは忘れてしまったが、その良さのイメージは残っている。
 ただやはり推理小説には深い感動というものがない。
 夏目漱石を読んだとき、ここまで人の心理や感情を言葉にできるか、とその表出のしかたに感心しきったことがあるが、推理小説にはその点はなく、やはりトリックだとか、ストーリーの卓越さが核となるようだ。だから逆にストーリーを知ってしまえば、もう読まないということになる。読んだら読みっきりはなんだか哀しいところがあるが作家はそんなことは思っていないのだろう。考えることに忙しくてそれどころではないのかもしれない。
 太宰治は何度読んでも一言一言がこちらに響いてくる。そんな作家はほとんどいなくなった。
 メディアの発達と自己表現方法の多様化、分散化で、文学もその波に飲み込まれてしまった。

 

 
   
Posted at 22:49 / 身辺雑記  / この記事のURL
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教育的指導 / 2012年05月17日(木)
 実家にある昔の写真をデジタル化しておこうとふと思い、写真を見ていたら、なんと、ほっそりした僕がでてくること。中学2年生のときに、尾鷲の大鷲館に、美樹克彦、田代美代子、笹みどりがやってきた。当時笹みどりは」「下町育ち」とか「男の償い」とか昼のメロドラマの主題歌で大ヒットしてた。この歌謡ショーには五木ひろしも制服姿でていて、一枚の写真に残っている。
 仲間と前の席を陣とって、キャアキャアと騒いでいたのだった。テープを投げたり、花束渡したり、今も笹みどりの小さなフニャとした手の感触をおぼえている。
 あくる日、よほど僕らは目立ったのか、担任の山下豪先生にどやされ、職員室に半日星座させられ、謹慎したのだった。もちろん、なぜそうされるのかわからなかったのだった。
 まあ、教育的指導だったのだろうが、まだ当時は理不尽な教育的指導がたくさんあった。朝日新聞や毎日新聞がからむ高校野球にはでてよいのに、ヤマハが行う音楽コンクールにはでてはいけないと禁止された。これは高校2年生のときだった。今でも理由はわからない。

 中学2年生ぐらいから先生というものがうっとうしくなりはじめた。
 特に高校に入ると、さらにそれに拍車がかかり、熱い、クラスを団結させようと燃えるような男の先生には閉口した。そんな写真もでてきて、今でも不快に思う。
 当時の先生はプロレタリア運動にも力を入れる人も結構いた。まだ東京には「歌声喫茶」があった時期だった。しかし、すでに「平凡パンチ」があり、「プレイボーイ」までできて、アメリカ文化がまさに絶頂期にはいりそうで、経済も高度経済成長まっしぐらであった。

 僕はすっかり音楽と文学の少年になっていて、世界の広さと深さに言葉もなくただ感じていただけだった。
 大学に入ってから感情に言葉をつける@からの出直しに迫られ、初めて「勉強すること」の意味を知ったのだった。

 昔の写真から記念になるようなのをクラウドに入れておこう。
 
   
Posted at 14:48 / 身辺雑記  / この記事のURL
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バリの学校移転準備中 / 2012年05月16日(水)
 なんだか4,5日肌寒かったが、今日は気温もあがった。やはり寒いと冷えるようで、すると体内のバクテリアも活発になるような気がして、この2日ほど体がだるかった。気温が上がるとそれもなくなったからやっぱりか、などと思っている。
 7月からバリ島の学校を移転するので、そのパンフやら案内やらで毎日が過ぎている。
 今度のスクールはこんな風である。







なかなかよいでしょう?
ここに、こころとからだの学校を移転するわけです。これまでより静かになります。


 
   
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浅尾先生逝く / 2012年05月14日(月)
 裏の家の浅尾先生が95歳で、天寿をまっとうした。ずっと一人で「浅尾医院」を開業していたが、70歳頃に引退した。僕は中学2年生のとき、「いんきん」でお世話になって、自意識が盛んになる頃にキンタマの袋」をみせたのだった。さらに自分に子どもができて、その子どももお世話になった。僕の印象は中学生だったから、はじめから「おばあさん」に見えたので、その後の浅尾先生は変わらずおばあさんに見えた。引退してから、写真を撮ることを趣味にしていた。
 どんなことを思い、考えていたのか知らない。患者と医者の間柄であり、裏どうしで、玄関が互いに北と南を向いているのである。裏同士のこの距離はわずか2mほどであるが、日常的には一切接することはなかった。95歳まで生きるのは至難の業である。あまり余分なことを考えてこなかったのか、医学を知っていたからそれなりの注意はしていたのか、知る由もない。
 地元新聞に会葬のお知らせが載っていたが、香典も供花も辞退すると書いてあった。
 思えば、香典や供花などは昔の風習で、残ったものがその義理を果たすわけになるのだから、そんなこともなんだか死ぬ姿勢のようなものがある。おそらく「生きる姿勢」と同じだろう。医業をやれるところまでやって、自分であやしいな、と思ったところでいさぎよく引退し、あとは余生を楽しむ。
 はたからはそう見せる。
 妻は、葬式に行ってこようかしら、と行ったが、僕もなんだか、葬式にいこうと思ったのだった。

 
 
   
Posted at 20:11 / 身辺雑記  / この記事のURL
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芸者さんたち / 2012年05月12日(土)
 テレビで大相撲をみていると、升席に真っ白な化粧に紅をさし、島田の髪をしている女性たちがいる。新橋か柳橋の芸者さんだろうか。姿勢を崩さず観戦している。僕であれば、姿勢がもちそうもなく、ダラリと腰をまげてしまうだろう。
 どういうわけで大相撲にくるのか。客に相撲びいきの人がいるのか。隠岐の海など人気がありそうかなと思っていたら、旭天鵬に上手投げで裏返しにされた。
 きれいな芸者さんたちばかりで目を見張る。あれだけ姿勢を保っていられれば、相当な訓練を積んでいるにちがいない。踊りというのは柔らかくて強い筋肉がいる。

 松阪からの帰りは「愚痴川柳」を、おかしさで笑いながら聞いていた。帰って大相撲というわけである。風薫る五月、がぴったりの天気であった。紀州は今が一番よい季節だ。札幌は6度、知床は1度だという。
 テレビは安美錦。白鵬をたおし、稀勢の里、琴欧州をたおしたのだから、安美錦もきっと芸者さんに人気があるだろう。全敗の豊真将が相手である。が、安美錦が負けた。
 礼儀正しい豊真将はやや身体が硬いように思われる。全敗を脱したから、明日からは上向きになりそうな。鶴竜は相撲がうまい。
 やっぱり芸者さんたちは姿勢を崩さない。キリッとしている。たいしたもんだ。そうそう、やはり一番もてるのは解説の「北の富士」ではないか、と彼の声を聞いて思ったのだった。
 


 
 
   
 
   
Posted at 16:49 / 身辺雑記  / この記事のURL
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タバコに害はあるのか / 2012年05月11日(金)
タバコは煙たいし、匂いがつき、人に迷惑をかけるので、分煙がいいと思うが、タバコそのものに害があるとは思えなかったので、僕はやめる気もなかった。分煙ぐらいの規制でいいと思うが、タバコで税金をあげていくのはちょっと
  おかしいと思う。嘘なのは、たばこを吸うと肺がんなどにあるというものである。
  たばこを吸う人は減っているのに、肺がんになる人は増加する一方である。肺がんの死亡率は人口十万人あたり1980年に18.3人だったのが、1990年は29.7人、2000年は42.8人、2009年は53.7と3年で3倍に増えている。これは疑問です。タバコと肺がんに因果関係があるかというと相当疑問である。タバコよりもむしろ排気ガスのほうが影響が大きいという声もある。なのに排ガスについては人はおおらかである。

 ニコチンやタールが強いタバコを吸う人が多かった昭和50年頃までの方が、肺がんでなくなる人は少なかった。これもタバコが癌になるということと矛盾している。ある老人ホームの調査では40代、50代、60代、70代を、それぞれの年代でタバコをやめた人とやめない人の寿命は変わらなかったという報告もある。

 タバコを吸ったときには一時的に血管が収縮するといわれているが、血管が収縮するのはストレスや、不安・緊張、過労などあるときのほうが危険だと思う。交感神経が過剰に興奮すれば血管などは収縮の過剰である。

 ニコチンはストレスを解消させる力をもっている。ニココチンはアセチルコリン受容体に結びつく作用がある。アセチルコリン受容体は脳の神経細胞や免疫細胞にあるが、それらに作用し活性化させるわけだ。それによって、意欲や快にかかわるドーパミンや心を安定させるセロトニンを分泌させるとも言われてる。

 潰瘍性大腸炎にもニコチンがよいことが報告されている。JTが二千人の自殺者を対象にして、タバコを吸っていたか人がどのくらいいたかどうかを調べたところ、その結果、タバコを吸う人は一人もいなかったのである。

 ニコチンが脳内物質に影響を与えているのである。つまりタバコを吸うことでストレスが軽減されているわけである。

 だいたい歴史の重みに耐えてきたものは歴史によって実験調査済みだから、私はそんなものだろう、「タバコ云々いうなどはあてにならないぜ」と考えてきた。
 
 何が一番悪いか。何が最悪か。それは健康神経症である。健康を心配することである。これははっきりデータがでている。健康神経症はやめなければならない。癌にもなる恐れが十分でてくる。

 時々タバコを吸って、フッと一息、なかなかおいしいものである。

 
   
Posted at 13:17 / 発言 / この記事のURL
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ヨーロッパ / 2012年05月10日(木)
 ハンガリーが「電話税」を決めた。ポテトチップスやケーキなどの塩分や糖分の多い菓子に税金をかけた。ドイツでは「海賊党」という新しい政党が登場し、緑の党と並びかけている。交通機関の無料化などを訴えている。ネットで支持を得る若い政党である。この党は議題の提案が自由で、ツイッタやフェイスブックなどで、活動を行なうし、街頭でチラシを配ったりする。ほとんどが若い人たちだ。既成政党はどこも似たりよったりで、透明性のあるこの党に関心が集っているそうだ。ドイツのような一人がちの国でも、変化の兆しがある。

 ヨーロッパはかなり社会主義化していく流れのようである。
 欧米諸国はイランに経済制裁を行なっているが、そのイランはトルコに接近している。EUもアメリカもこのイスラム国家を嫌っている。イランは経済が困窮し、インフレが加速している。イランは世界屈指の石油や天然ガスをもつ国であり、その自信の表れで、欧米に反発するのだろうか。
 ヨーロッパは激動の時代に入ってきたのかもしれない。ヨーロッパの動揺は日本にも影響を与える。イスラム諸国とはどうしていくのかも懸念される。
 キリスト教もイスラム教も戒律の厳しい宗教であり、それがそれぞれに根を降ろしている。ヨーロッパの動揺とイスラム諸国の経済ひっ迫から目が離せない。
 
 
  

 
 
   
Posted at 22:08 / 身辺雑記  / この記事のURL
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何事にもかえがたい / 2012年05月09日(水)
 今日はカラオケ。薬師丸ひろ子の歌など歌ってごきげんになった。彼女の歌はみんないい。凛としている。で、僕が歌うのもおかしな話だが、好きな歌を歌うというのがカラオケの楽しみ方のひとつだ。
 スナックのママさんはニューオリンズへしばらく旅行していた。ニューオリンズでは音楽祭があったらしくトランペットの音のことや、町のこと、いろいろ聞いた。
 Mちゃんも来た。彼女は「マディソン郡の恋」も歌えば、岩崎宏美の「思秋期」なども歌う。また、「また君を恋してる」も歌う。彼女のこころにはいくつの層があるのだろう。恋への想い、青春への懐かしさ、清い倫理の感情。
 こっちの男は客へのサービスソングめいたものばかり歌う。本当にこんな歌が好きなのか疑ってしまう。「●●のアンポンタン」とか「新橋二丁目・・・」とかで、この人本当に好きなのかな、と思ってしまう。酔っ払っているのだろうか。

 まあ歌はそれぞれで、僕が薬師丸ひろ子を歌うのも人からみれば妙だと思うから、まあいいや。

 福岡で7月15日にセミナーがあるので、日がなその準備をしている。こころについてどのようなテキストを作り、資料をどうするか。改定を決めているため、勉強している。故吉本隆明の「心的現象論 本論」を読んでいる。たいへん参考になる本である。西洋心理学などは吹き飛んでしまうと思う。この国に住んでいる人たちに西洋から輸入、翻訳されたものの考え方とはズレがあるのだ。日本人には日本人独自の振舞い方や伝統文化がある。キリスト教を起訴とするヨーロッパとまだアジア的段階で経済的には先進国だが、精神ではアジア的なものを色濃く残している日本人とは違う。

 よく思うことだが、学者やそれなりの有名な評論家の文には必ずといっていいほど、外国の研究が紹介される。いつもこれにはうんざりしている。自前の「こころのとらえかた」があっていいと思う。

 そこに関心を寄せて、朝昼と勉強している。それで、歌でも歌って気持ちを晴らそうとしたのだが、今日は無事にカラオケで何かを発散できた。
 明日から、また考える。考えることに遠慮はいらないし、自分で考えたことなら、臆することなく話す。だからやりがいがある。これは何事にもかえがたい。
 
   
Posted at 00:20 / 身辺雑記  / この記事のURL
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P R
プロフィール 1
  • ニックネーム:榎本順一
  • 現住所:三重県
  • 職業:自営業
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