24時間を実に過ごし/25時間目を虚に尽くす/25時間目に詩を書くため/24時間に零を乗ける (永瀬清子詩集より)

 
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ひとりの生活 / 2012年02月08日(水)
 「声」についての本と、「電波とアンテナ」、それと「骨の名前としくみ事典」を図書館から借りてきて読もうとしている。
 ひとりの生活が続いているので結構することがある。灯油がなくなれば補充しなければならない。ゴミだしもある。妻がやっていた仕事の代行もしなければならない。銀行や郵便局にもいく。昼は自分で作り、夜も今のところ外食はなしで自前である。仕事のことでも家のことでも何かが不足すれば買いにいかなければならない。
 娘から赤ちゃんの写真を送ってくれたので、僕の母に印刷をして渡す。メールが入ってくる。その返事をする。この頃のメールビューアにはタスクをメモするところがあるので、ますますノートが要らなくなっている。

 仮に妻が先に死んだとするとこんな生活になるのかと思うこともある。

 夜はテレビを見る。昨日は The Departed (死者というのだろう)を見た。長い映画だった。デカプリもマット デーモン も熱演だが、ジャックニコルソンの存在力に圧倒されているようだった。しかしながら、映画としてはどこも新しさはなく、ストーリーも意外性を求めるだけで、ごくありふれたものだったので失望した。 今日は Glorious Busters でよかったブラッド ピット の「バベルを見ようと思う。友達はもうえげつない惨劇や気色の悪い映画はもうみないのだと宣言した。解かるような気もするが、「冷たい熱帯魚」などはすごく気色悪いがよい映画であったことを思うと僕はまだそんな気分にはなれない。
 
 

  
 
   
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小雨降る / 2012年02月06日(月)
 ウチのテレビは小雨が降ると1,2のチャンネルが見えなくなる。アンテナの位置が悪いのか、アンテナが古いのかわからないが、それをなんとかしようという気持ちは起こってこない。ワンセグがあるし、まあいいかとなってしまうのだろう。
 また明日から寒波がやってくるようで、まだ三寒四温という感じではない。
 俳句のセンスがある人なら今日のような冷たい小雨を見ても句をひねりだすはずだ。
 尾鷲は雨ですんでいるが、北国はきっと雪だろう。
 アンテナひとつどうする気にもならないのだから、さしずめ自分ならこまめに雪を除くというのもできそうもないような気がする。それをしないと生きられないからしなければならないということはたいへんなことだ。
 その点ではバリ島などは台風もないし、大水もなく、気温はあんまり変わらないから天国のようなところだ。
 ところが別の危険もある。半年以上も高気圧が続くことだ。これはたいへんなことだろうとは思う。雨の日こそゆっくり落ち着けるはずだが、熱帯の地域にはそのチャンスが少ない。だから日常生活で守ることがある。交感神経をそれ以上使わせないことだ。走らない。喧嘩しない。イライラしない。大雪も辛抱だが、イライラしないことも怒らないこともいわば「辛抱」である。発散したほうがよいと思うが、それは村の祭りでやるのだろう。

 今日も新しいパソコンでなにやらした。だんだんなれてきた。探りながらやるので時間がかかる。
 娘の赤ちゃんもこの世に生まれて10日がたった。10日目の孫をメールで送ってくれた。

 

  
 
   
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キルトの家 / 2012年02月05日(日)
 どこかに就職することなく、きままに会社を作ったり、お山の大将したり、成功したり、失敗したり、楽しんだり、苦しんだりして、自分でツケを払いながら、ようやくここまで生きてきた。
 こころひそかに全くの自由な時間ができるようになったら、挑戦してみたいことがあるが恥ずかしくて言えない。
 釣りの旅もしてみたい。
 さしずめよい漁場が周辺になるから、周辺釣りもやってみたい。特に、釣りたい魚をひそかに思っている。これは言える。コブ付きの真鯛。シロアマダイ、メイチ鯛、ホウボウ・・・・。

 何か気がかりなことがあると暇があっても釣りをする気になれない。

 NHKの土曜ドラマ「キルトの家」で、どこから鉄砲弾が飛んでくるかわからない、その弾が胃かもしれないし、肝臓や肺かもしれない、心臓かもしれない。それが老人だ、という山崎努が言うセリフがあった。
 僕もそんな年齢に入っている。だからいつも講習生に同じようなことを言う。もういつ死ぬかわからない人生の時期に入ったのだ。
 このドラマを脚本した山田太一はたいしたものだ。現在の若者もの問題、天災のこと、老人のこと、親子関係のこと、この社会のことを3時間ほどのドラマに凝縮させる。
 よい仕事をしているなあ、と思う。

 まあ、僕もこれからだ。

 
   
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妄想の類 / 2012年02月04日(土)
 娘に赤ちゃんが生まれておじいちゃんになった。自分の娘が産まれたときは「こんなものか」ぐらいの気持ちだったが、今度はまだ3、40センチぐらいの赤児をみていると、しみじみと、どんな子になるのだろう、と思ってくる。また娘達夫婦もこれからどんな人生を歩み、孫もどうなっていくのだろうと思う。
 妻が娘の世話をしに東京に行き、僕は一人戻ってきた。富士山をみながらのんびり帰ったのだが、時々、孫達とは一緒に住まない道を選んだことなどを思う。

 4月には息子夫婦にも子供が生まれる。

 押し出されるように老いていくような気がする。
 孫の存在ののみで立場が「おじいちゃん」となる。おじいちゃんとなることは望んでもいないがどうしようもなく新たな特別な関係が生じる。

 一人も気楽なものであることは旅をしたり、時々妻が郷里に帰ったりするときに味わうが、ふと、妻が先に逝ってしまえばどれだけさびしいものだろうとか、僕が先に逝ってしまったら、妻はどうするのだろうとか思う。まだ僕らはそういう問題について話しあったこともない。

 梅の季節はそろそろだ。フキノトウももうsぐだ。するとカタクチイワシが美味しくなる。イワシがおいしくなると初カツオの季節だ。その頃に娘の夫はドイツに出張するので、その時期に貝でも録りにいこうと、娘に言ってある。ややまだ寒いかもしれないので、もう少し温かくなってからとなるのだろうか。

 ところで、東京で、「甘エビの塩辛」を食べた。これが美味しかった。それと「赤カブの潮麹和え」というのが旨かった。記録しておきたい。娘の夫とその父親と孫誕生を祝って酒を飲んだ。存分に酒をあびて、どう帰ったのかもおぼえていない。めっきり酒も弱くなった。

 ひとりだといろいろ思う。だいたいが妄想の類である。
 
   
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復興 / 2012年02月03日(金)
 日本列島のどこかしこにもある活断層からくる直下型地震。沖で発生し、地震だけでなく津波も呼び起こす、沖合いの活断層。昨年の和歌山の水害。毎年やってくる台風。そして日本海側の雪。これだけ自然災害の多い国も他にないだろう。こんな危ないところに、四季折々の風景があり、食べ物がある。
 そんな環境から生じてくる私たちの精神とはどんなものか。

  諸行無常という言葉が日本人に割合とぴったりする感じがこころの奥底にあるのかもしれない。恐ろしい天変地異にもそんな言葉で耐えられるのかもしれない。

  戦後、日本人はアメリカに追いつけ、追い越せでひたすら復興のために働き、高度経済成長を成し遂げた。その成し遂げたものとは何か。全国一律の駅前。国道筋。電信柱と電線のある風景。コンクリートの団地やマンション、海岸線はテトラポットとコンクリートの堤防でガチガチとなった。戦後の日本人がつくりあげてきた近代都市神戸が一瞬で崩壊した。今回の東日本大津波では思いもよらず、海岸線の町は崩壊した。

 美しい日本は確実に近代化志向で汚くなった。
 東日本の復興では美しい東北を取り戻してもらいたいものだ。
 
 
   
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吉本隆明 / 2012年01月31日(火)
母型論を5度読んでいる。この難解な吉本の比ゆ的なイメージに読むたびに近づいているような気もするが、いつもあらためて自分の読解力のなさにうっすらと時間の遅延が刻みこまれるようである。

 人間の異常や病気の発生と乳胎時期の前言語期は同期しているようである。つまり、この乳胎児期、つまり前言語期の母なる海の荒れ模様がそのまま人間のその後のこころの荒れ模様を作っているようである。
 このことをあまりに具体的に言いたくない気持ちがある。具体的とは心の模様が母なる海の渦巻きや滞留や、流れのスピードや、突然の変異を説明すれば済んでしまうという具体性である。

 吉本が 「言語にとって美とは何か」を書いてから十数年後に故三木成夫の著作にであった。三木成夫は胎児の世界の時間は37億年分に凝縮されその変遷を再現するという見事な研究をし、その世界が生物の進化の歴史を、走馬燈のように母胎のなかで変化していくことを具体的につきとめた。三木に言わせれば、内臓系は生命が植物と動物に分かれる前の植物系の名残であり、人間はそれを抱えたまま、動物系の感覚系と、織物で言えば、たて糸と横糸のようなものである。

 このことが吉本を勇気づけたし、彼に三木成夫の延長論を執筆させ気にさせたと言ってもよい。
 私は吉本隆明の著作の中でこの「母型論」が最も彼の思想が凝縮されているものと思う。

 過去をいじるならさらにその前の過去へ。その発想は天皇制ばかりか日本人という概念さえ変えてしまう。どこまで可能な限り過去をさかのぼることができるか。またどこまで未来に現在の考えを延長させることができるか。ヨーロッパにも先進社会の思想にも頼らず、自前の体験による考えの深化で彼の思想はすべて成り立っている。
 このような人は私が生きていた時代の過去に見当たらない。彼がこだわった親鸞や柳田国男や折口信夫や三木成夫はもはやこの世にいない。
 彼の思想は今後多くの人に検証されるにちがにないが、彼の文はあくまで文学そのもの、詩そのものの論文だから、きわめて読み解くのが難しいだろう。

 
 
   
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結婚や葬儀などのこと / 2012年01月30日(月)
 若い論客の中には「結婚制度もみなおしたほうがいいのではないか」という意見を言う人もいる。この結婚という制度についてはここではさておきたい。葬儀のことを言いたい。人が死に、この社会から退出していくとき、寺や墓という厄介な問題がある。
 葬儀などはせいぜい家族でやればよいと思うし、底に仏教がからんでくるのも不思議な話だ。おそらく、だんだんとお墓も自由移動できるようになっていくだろうし、お墓参りももっと身近でできるようになることだろう。七回忌とかなんとか、そんなことも省略化されていくはずだ。個人の消費生活に余裕がますますなくなっていくからだ。
 消費税が上がってくる。さらに人口現象で、社会保障制度も「肩車型」になるという。バブル時期のようにお金がありあまっていたら葬儀への消費も可能だったのだろうが、そんな時代は当面、50年ぐらいはこないだろうと思う。
 ほどほどの生活でよいことは多くの人はわかってきている。このほどほどの中に、結婚式や葬儀にお金を使うことが入るとは思えない。
 寺のお坊さんというのは不思議な長い共同幻想の中にいるが、その幻想の中にははすでに、尊敬できない何か、があることもわかってきている。たとえば「戒名」などという奇妙な寺側の商売もいやらしいものだ。死んでまでなぜお金による格差があるのかと思う。
 お経は完全に僕らには外国語で、意味が不明で、ただ唱えるだけ。そんなことはばかばかしいと思う若い世代がきっと増えているにちがいない。

 フランスではすでに未婚の子供を産む人が40%にまでなっているという。政府はそれを認めている。
 日本の若い女性たちの何気ない振る舞いを見ていると、確かに結婚に対しては自由でありたいと思い、けれど子供はほしいという人も結構いる。離婚した女性というのはもう当たり前のことで、気に入らない、一生をともにできないとなれば、いらぬ我慢などせず、別れて暮らす人も多い。やはり結婚という手続を踏んでと考える人もいる。

 これだけ離婚も多くなると本当に結婚という制度は必要なのかと思えるし、すでに家族はバラバラで家族そのものも崩壊している傾向もある。気の合う人を見つけ、別に戸籍を同じとせずともいいのではないか、それが自然なことではないか、と思える。
 日本人の文化伝統が失われる、という人もいるが、日本は西洋社会を追い続けてきたのだから、西洋的な段階に入っていくことを否定するのも困難なことだ。人間の性は国境を軽々と越えてしまうし、性は囲われてのみする存在でもない。

 さまざまな政治制度が見直しに迫られているが、やっと共同幻想や対幻想にまで制度的な変革の時期に入ってきたのかもしれない。
 常識は変わるものだ。人間の関係のしかたも絶対的なものではない。ゆるやかに変わっていくのだろう。


団塊に性世y的


 
 
   
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スマートフォン / 2012年01月29日(日)
 携帯をスマートフォンに替えてから、その便利さに驚いている。クラウドという概念がわかるようになった。津波がきても貴重なデータはクラウドに手軽に保存できるようになった。
 ただスマホの欠点は入力作業には向かないので、この小さなPCと事務所のPCとスマホで同期して仕事をする。
 いくつか、スマホにしたために、なくしたものもあった。ギャラクシーではオサイフが使えなくなった。それと以前の携帯のミニSDにいれたあった音楽が聴けなくなった。これはまあ残念である。
 ふたつのアプリをダウンロードした。ひとつは evernote で メモの万能版である。これまでのメモ帳では写真のはりつけも、音のはりつけもできなかったので、これは便利になった。もうひとつは bump
映像や連絡先を相手の携帯に瞬時に転送するものである。僕の場合は、立体画像で人体などが見えるとよいがもしかしたらアプリであるかもしれないので、探してみようと思う。


 もうデジカメは不要になったので、それはビデオ専門用にした。16ギガのSDを入れると5時間の撮影ができる。
 光フレッツが尾鷲に敷設されれば、地元通信テレビ局も現実のものとなってくる。
 そんな同好の会ができてもいいと思う。いっぱいできればよい。

 これからIT関係でおぼえなければならないことが多々ある。パワーポイントを使えるようになりたい。
 のんびりとマックでスマホをいじるのも楽しい。野口悠紀雄の『クラウド「超」仕事法』はヒントになった。これも図書館で借りた。
 思えば図書館で借りたものの中でコピーしておきたいページがあるとコピーしていたのもカメラでおさめ、それをクラウドに保存しておくことができる。いずれ不要なものは捨て、必要なものは残すということができる。どこにいても使えるので、メモリースティックの管理もしなくてよくなった。
 そんなこんなで新しいPCとスマフォで明け暮れているこの頃である。

 ついでに、通信教育を始めた。YOU TUBE で会員はブログを使って動画をみて学習できる仕組みである。スクーリーング全国各地で開催ができるようにするつもりである。こんなこともできるようになったのはgoogle さまさまだ。
 
 ついでながら英語の通信教育も始めようかともちらちら思ったりするが、果たして実行するかは未定である。
 
 
 
   
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風が吹けば / 2012年01月26日(木)
 写真をとるとき、若い女子は一様に手をVの字にする。テレビに出演している人たちの中に「ひっくりかえる声」を出す人が男でも女でもいる。一昔 半クエスチョンで語尾を上げ調子で喋る人が多かった。この頃はあまり聞かない。
 人と人は感染しあうのだろう。
 脳についての本の中で、いかった表情の女房が働く脳の各部位とそれを見る夫の脳の部位が同じであることにはびっくりした。最近では飼い主が暗いとペットも暗くなるという話を聞き、これまたびっくりした。ここから延長して免疫力までも感染というか、互いに影響しあうというのはわかるような気がする。楽しい中にいると免疫力も強くなりそうだからである。

 Vサインをする女子たちはまったく一様にだれも行なうことに疑問をもっていない。日本人だけの特徴のような気もする。個人はそれぞれ違うのだからもっと自分らしい格好や表情をしたらいいと思うが、カメラの前で何か特別な表情や演技めいたことをするのには照れるところもあるのだろう。

 真似をしていくことの積み重ねでしか新しいものなどは生まれないのだから、真似はいいのであるが、スティーブ・ジョブズのように真似をトータルで越えてしまうということもある。

 流行といえばそれまでなのだが、ネイル、メイクアップ、まつげ、ファッション、それでも30年前と比べたら、ひとそれぞれの個性のようなものが強調されるようになったと思う。昔はパンタロンが流行ればパンタロンばっかり、ミニスカートといえば大流行だった。

 そんなものなのかな、とVの字でにっこり笑う女性たちを見ていて思う。

 携帯が出回ってから女性も男性もうつむくようになった。携帯では頭がうつむく。パソコン画面と目の位置、腕の位置が悪いと肩は上がり、目を凝らす。これは体に悪いと思う。その分だけエクササイズや健康番組が大多くなっている。
 若い人にストレートネックが多く、頭痛が多いのも現代病のひとつである。

 商売というのはこんな矛盾の溝で芽生えるものだ。風が吹けば桶屋がもうける、という類の話だ。
 
 
   
Posted at 23:55 / 身辺雑記  / この記事のURL
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午後から仕事 / 2012年01月25日(水)
 昨日帰国してぼんやりと虚脱状態で過ごした。熱帯の夏から冬の寒さに体もぎくしゃくしていることだろう。録りためていた「カーネーション」などを見ながらほぼテレビを見ていた。
 今日は十時半ごろまで寝てしまって、からだを元気回復した感じがする。尾鷲ではすでに桜が咲いたところもあるというニュースもあり、この町は暖かいのだと改めて思う。

 1月末に東京に行って、2月17日から20日まで福岡にいく。その準備がある。バリ島で録り貯めてきたビデオも多くあり、整理・編集をしなければならない。

 規制新聞も読んだ。尾鷲北と南が高速で繋がるのであれば道の駅は不要だと思うし、そのお金があれば、津波避難塔のほうがよいと思う。でないとこの町の土地価格は下がる一方だと思う。
 だんだんと東南海沖地震も現実味を帯びてきた。言い換えれば、この町は当面津波との戦いの時期に入っている。逃げれば勝ちであることはわかっているが、逃げる場所がない地域が多いのも現実である。
 
 午後から仕事にいく。 
 
 
   
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P R
プロフィール 1
  • ニックネーム:榎本順一
  • 現住所:三重県
  • 職業:自営業
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