順之助とふみ  19

August 16 [Thu], 2012, 6:47
 乳母のお徳が様子を探りにか、茶菓の盆を用意して義衛門の書斎の廊下に座った。
「旦那様、今坊ちゃんから聞きました。木崎屋のふみ様をお迎えになられる条件が道場通いとか」
「おお、そうじゃ。木崎屋のふみを家に連れてきたのはお徳であったな。ふみは商家じゃ。なんど算段があってのことかの」
 喜代もお徳を見据えていた。
「あのときは、お坊ちゃまの熱心さに負けてしまいました。でも、今考えますに、お奉行様が道場へ行けと言われるなら、逆にふみ様とお奉行様の養子縁組を旦那様からお願いなさってはいかがでしょうか」
 お徳は自分なりに良い考えが浮かんだと内心思った。しかし、
「お徳、お奉行様が儂を与力に取り立ててくざさって間がないと言うのによく言うのう。また、そんな厚かましいことが頼めると思うてか」
 主人に一喝されたお徳はすごすごと台所へ戻ってきた。
 当時、一代限りのお勤めとされていた同心だが、一家に支障がない限り殆んどが世襲していた。したがって同心から与力に抜擢される事など異例中の異例だったのだ。
「お徳、どうであった」
「お坊ちゃま、お徳はお坊ちゃまが道場に行かれることを条件にふみ様との養子縁組をお奉行様にお願いしては。と、旦那様に言って叱られてきました」
「何、お奉行様に養子縁組とな」
 そんな手があったのかと、順之助はにんまり笑って台所を飛び出した。
 お徳は鴨居に届く程背丈の伸びた順之助をぽかんと見ていた。
 暫くして、羽織袴を着けた順之助が脇差を差すと、出掛けると言って門を出たのだ。下男の和助が慌てて後を追った。和助はは二十六歳で、親子二代で磯貝家に仕えていた。
 順之助はその足で髪結い床の格子戸を開けた。
「髪を結って、髭をあたってくれ」
 羽織袴の順之助を見て、髪結いの幸吉は驚いた。
「おや珍しい、順之助様。髭をあたってどこへお出かけで。言ってくださればお宅まで伺いましたのに」
 この幸吉は毎朝役宅へ出向き、出勤前の義衛門の身なりを整えている髪結いなのだ。
「ちと、野暮用でな」
 
 義衛門が与力になって三年になる。三年も経つと磯貝家の気風にも慣れて、誰もが順之助に気安く声を掛けた。だが、順之助の風貌と、弟源四郎の風貌があまりにも違いすぎるので、幸吉は「なんだ、野暮用か」と、話の続きを聞こうとはしなかったのだった。
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