祖母のこと

September 02 [Sun], 2012, 23:47

私ははっきりいっておばあちゃん子ではなかった。
祖母はなかなか怖い人であったし、意地悪もされた。

昔同級生が 「おばあちゃんち行くのが楽しみ」
         「おばあちゃん大好き」
         「おばあちゃんは何でも買ってくれる」

など、良い事ばかり話していたが、

同居していた私にはおばあちゃんちは無かったし
毎日一緒じゃ、何でも買ってくれるわけないし、
お互いいつもニコニコなんてしてはいないわけだ。

祖母は嫁である私の母に意地悪だったし、
私にも悪口を言ってきたりもした。

おまけに、人にきた手紙や机の中まで全部見る人だったので
思春期の頃は本当にいやだった。
兄なんかは エッチな本を隠しているを見つけられていたりもした。


そんな祖母の口癖は「あんたは生意気だね、母親そっくり」だった。
それを母親に告げ口すると、母親が怒り、関係は悪化。

小学生の私でもそれは分かったので、もうあまり愚痴は言わなくなった。
その後何度かぶつかったりし、二人は平行線のまま。
そして私は、
社会人になり念願の一人暮らしを始めるため私は家を出た。
私は家をでる事も住む場所も告げずに家を出た。

その頃からちょうど痴呆が始まっていたので、
親から、私の一人暮らしの話を聞いても
よく意味が分かっていなかったらしい。

そして結婚式には心臓病+痴呆の関係で欠席となった。

その後、徘徊や心臓の事もあり、施設に入った。
何度かお見舞いにいったけど、孫がいたこと、子供がいた事
すべて忘れていた。
娘の頃の記憶しかなかったのだ。

人は一番幸せだった頃の記憶に戻るのかな?
おばあちゃんは家族との事ではなく、お嬢様だった
娘時代・・・ちょっと切ないね。
とか色々考えさせられてた。

そして、何年かの施設生活の後
ある朝何の前触れもなく逝去した。

そして今、あんなにいがみ合って腹が立ったけど
不思議と面白おかしい記憶としか残っていない。

残念ながら、優しかったおばあちゃんではなく
「面白いキャラのおばあちゃん」なのだ。

でも戦争未亡人で苦労ばっかりだったぶん
天国では楽しく駆け回っているんだろうと思う・・・。
そう、願っている。


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