最後に… 

2006年05月02日(火) 14時38分
長すぎる文章を読んでくれた皆様、ありがとうございました。
今日でこのブログはおしまいです。
本当に今までありがとうございました。

そして今までイクのことかわいがってくれた皆様、
最後まで頑張ってくれた医師や看護師の皆様、
アタシをいつも励ましてくれたママ友や友達のみんな、
本当にありがとうございました。

イクの死を本当にみんな悲しんでくれました。



イクがいなくなって半月たちました。
アタシもダンナも泣くことは少なくなり、日常の生活に戻りつつあります。
まだ「前向きに…」とは正直思えないけど、支えてくれる家族や友人がいます。

ママ友の一人が「ひかりの世界」という絵本をくれました。
天国へ行った子供がお母さんに語りかける…そんな内容の絵本です。
気持ちが少し落ち着きました。
ダンナも少し楽になった…そう言っていました。
そのママも子供を2人亡くしています。
とても強くみえます。
でもその裏で、きっといくつもの感情を乗り越えてきたんだと思うし今もそうなんだと思う。
それでもイクが生きているときからとても心配してくれ、イクだけじゃない、頑張ってるイクのお友達のみんなのこと心から応援している、そんなママです。
アタシもいつかそうなりたい…そう思います。

今はまだ自分で精一杯です。
「なぜ脱水に早く気付いてあげられなかったのだろう」「なぜ吸引なんてお願いしたのだろう」「なぜもう少し早く病院に連れていってあげられなかったのだろう」そんな後悔が頭をグルグル…。
イクがいないという実感もまだあまりありません。
これから徐々に押し寄せる現実にアタシは耐えられるだろうか…。

そして消しても消しても出てきてしまう思い…

「イツカ心カラ笑エル日ガヤッテクルノ?」

「育実ノイナイ人生ニ、生キル意味ガアルノ…?」


それでも今は、先の見えない道を一歩一歩進むしかないんだ。
いつか心からの笑顔で、イクの思い出を話せる日が来るまで…






育実の人生C 

2006年05月02日(火) 13時06分
にいる4ヶ月間は隣にあるダンナの実家と病院以外、ほとんど外出しませんでした。
季節が秋から冬にかけてだったこともあるし、何よりどこかに出かけてイクが風邪をひいたり、それによって心臓の状態が悪化することをアタシが極端に恐れていたのです。
周期熱も変わらず出ていたし、ゼロゼロとの戦いも続いていました。
それでも、イクとずっと一緒にいれてアタシは幸せでした。
ときにはイライラしたり、ダンナと険悪になったり、友達と飲みに行きたくなったり(または行っちゃったり)することもありましたが、でもやっぱり今考えると、その時はとてもとても穏やかで幸せな日々だったんだ…。

その間にも確実に、拡張型心筋症は悪化していきました…。

それまでは心臓のことについてはさほど気にしていなかったアタシ達でしたが、
平成17年12月半ば。
2週間おきに外来へ受診し受けていた心エコー検査。
その結果がとても悪くなっていた…。
その後の心エコーも同じ結果。
循環器の主治医Kゴン医師から「(余命が)あと半年以内の可能性もある」と告げられた。
心臓の新しい薬もいくつか追加されることとなった。
でもイクはあまり変わらないように思える。実感がない…。
きっと春になってあたたかくなれば大丈夫、今は寒いから一時的に調子が悪いだけなんだ…
大丈夫大丈夫、イクは強い子だから…
前向きに前向きに、とにかく前向きに…
決してあきらめたくなかったから、アタシはずっとそう思うようにしていた。
時々押し寄せるマイナスの感情に負けないように…。



平成18年2月の終わり、イクは約4ヶ月ぶりに入院することになりました。
入院の1週間程前から吐くことが多くなって、周期熱も重なりイクがつらそうだったのでアタシ達のほうから入院を希望しました。
点滴にして注入を止め、少しイクの胃腸を休ませてあげてすぐ退院しよう。
そう思っていました。
でもそうはいかなくなってしまいました。
肺炎が発覚…。
心臓の状態も悪く、強心剤を点滴で入れることになりました。
初めて「イクはこのままいなくなってしまうんじゃないか」と強い不安におそわれました。
不安でたまらなく、何日も病院に泊り込みました。
医師や看護師の緊張も伝わってきました。
それでもイクは、回復してくれた。
頑張ってくれたんだ。











育実の人生B 

2006年05月01日(月) 22時36分
その後何回かの発熱も自力で下がり、
イクの発熱は「免疫不全による細菌感染によるもの」から「原因不明の周期熱」へと診断が変わったのでした。

改めて経過を見てくうちにわかったこと。
発熱はだいたい2週間間隔で起こり、およそ48時間で自然に下がる。

今まで入院すると最低1ヶ月は退院出来なかったのが、
発熱時の2,3日、多くても10日間程度の入院で済むようになりました。
熱が出て入院、下がってすぐ退院。
その繰り返しが何ヶ月も続きました。

感染じゃないことがわかり、敗血症などの重大感染による急変の危険性もなくなりました。
でも原因がわからない。
大学へ検査を依頼したり、色々な薬を試すことになるのですが、
この周期熱をおさえることは最後まで出来ませんでした。

この頃から、熱の出ない10日間から2週間くらいで過ごすことが出来るようになりました。

そんな中迎えた1歳の誕生日
誕生日はで過ごすことが出来ました。
ささやかながら家族や親戚が集まって、イクの誕生会をしました。
そしてこの誕生日の日からイクは「笑顔?」を見せてくれるようになりました。

育実の人生A 

2006年05月01日(月) 20時15分
初めての入院は9西病棟(その後イクが何度もお世話になる病棟)。
のちにイクをずっと診てくれることになる総合診療部のU医師との出会い。
そしてA看護師との出会い…。

入院の目的はとりあえずCRPが高いので細菌感染を疑い抗生剤での治療と点滴。感染源の究明。
あとは今までの経過から、生まれつきの何らかの病気があると過程しその病気の究明。
様々な検査をした。
そしてそんな中ミルクを飲ませることにもチャレンジし続けた。
でもイクは日に日に飲めなくなっていく…。
一旦、口から飲むのは中止にし、鼻から胃へ管を入れそこからミルクを注入することとなった。
そしてその先ずっと、注入とは縁を切ることが出来なかったんだ…。

約1ヶ月の入院生活。
イクについて様々なことが明らかになりました。
病名は「vici症候群」 とても珍しい病気。
白皮症、脳梁欠損、拡張型心筋症、難聴、成長発達の遅れ、などなど…。
「vici症候群の症状のひとつに免疫不全がある、でも育実君にはそれはないことを願っている」
とO医師が言ってくれた。
拡張型心筋症についても、その後循環器の主治医となるKゴン医師が「今はまだまだ普通よりちょっとだけ悪いという程度です」と、そして「この先良くなるか、悪くなるか、変わらないか、それは経過を見ていくしかない」と。
アタシはそんなにショックは受けなかった。
まず拡張型心筋症という病気の現実について何も知らなかったし、その他のことについては色々ありすぎて、逆に開き直ってしまったのかもね
とにかくイクを守る、イクを幸せにする、と強く決意したのもこの頃でした。



平成16年11月の初めに退院。
その後1ヶ月はで過ごしました。
注入により栄養が入って、体重も増え6300gになりました。
この時の体重がイクの最高記録。

平成16年12月の初めに再入院。
発熱したためでした。
そしてそれから、熱との戦い、入退院の繰り返しがはじまるのです。


育実の人生@ 

2006年05月01日(月) 18時58分
平成16年6月12日の正午、イクは誕生しました。
予定より2週間早かったけど、超超安産
出生体重2524g。  
産まれた瞬間からイクの頭はまっ黄色
そればかりか体もなんか黄色い
看護師が「胎便(お腹の中でウンチした)で体中黄色いのねー」なんて言っていたのでアタシもダンナも真に受けた。
しかし、沐浴してもらった後もなぜか髪の毛だけ金髪
それでもアタシ達は「色素が薄いんだねー」とさほど気にしていなかった。
でも医師はその時既に異常を感じたのだろう。
生後2日目、突然眼科へ受診するよう告げられた。
アタシの兄が網膜色素変性症という目の難病を持っており、出産前に家族の既往を聞かれてそのことを話していたため、一応の受診なのだと思っていた。
でも違った。
一番初めにイクが告げられた病名は「先天性白内障」
そして網膜の色素も薄いと言われた。
「将来弱視になる可能性が高い」  
そう告げられた。
その頃のアタシは健康な子が産まれてくるのが当たり前だと思っていたので、そう言われたとき頭が真っ白…  ショックで涙が止まらなかった。  
そして、退院の直前に産婦人科ではなく小児科の診察を受けた。
「白皮症(全身の色素が薄い病気)だと思います。大きな病院の診察をすすめます」と…。



生後3週間頃、出産した病院より紹介状をもらった神奈川県立こども医療センターを受診した。
眼科と遺伝科。
その眼科の医師の対応がとても(言い方悪いけど)ムカついた
「生後3週間じゃまだ何もわからないよ」とキレ気味に言われ、不安なアタシ達の気持ちを無視するかのような冷たい対応。
もう二度とこの医師の診察は受けたくないと思った。
出産した病院へ行き、違う病院へ紹介状を書き直して欲しいとお願いした。
そしてもらった紹介状先が、イクがその先ずっとお世話になる国立成育医療センターでした。






やっぱり… 

2006年04月11日(火) 0時23分
熱は出ました
律儀に札幌ババが来ている間は熱を出さず、札幌ババが帰った昨日の夜から38.5℃になりました。
今日も朝は37℃台だったのですが日中からずっと38℃後半。
でもいつもは39℃〜40℃台まで上がるのでいつもよりは軽い方かな
解熱剤が良く効いてくれるので、イクはそんなにまだつらそうじゃないかな
今回も無事、周期熱を乗り切れますように…

熱が出てる時は特になんですが、イクは立って抱っこしないとダメなんです
スヤスヤ眠っているので(アタシが)ソファーに座った途端パチリまたはスヤスヤ眠っているのでベットに寝かせるとパチリ
そして起きた瞬間から「アウーアウー」と怒ります
仕方なくまた立ち抱っこ、するとすぐ眠る、今度は用心して熟睡したのを確認した後ソファーに座る(orベットに寝かせる)、あんなに熟睡してたハズなのにパッチリ目覚めまた怒りだす…の繰り返し 
おかげで立って抱っこしたまま1時間や2時間なんてことも当たり前になってしまいました

イクは立って抱っこさえしてれば眠っているわけですから、その間アタシはとてつもなくヒマで、しかも疲れるのです

そこで
アタシは考えました。この時間を有効活用出来ないものかと…
そして思いつきました「イク抱っこしながらダイエット」
イクを抱っこしながらつま先歩き、イクを抱っこしながらスクワット、イクを抱っこしながらウエストねじり…
我ながらいいアイデア
これでアタシはやせちゃうよ



今日のところは… 

2006年04月08日(土) 22時39分
まだしっかり熱は出てません
でも夕方38℃をマーク  その後すぐ下がったけど、熱の前兆は引き続き
出そうで出ない感じが3、4日続くこともあるのですが、それはそれで微妙
出るなら早く出て、そして早く下がって、スッキリして欲しいんですよね

イクって1歳10ヶ月にして人が一生に出す熱のもう何十倍も熱出してるよね
それって自慢になるかなぁ
でもそれだけの熱を今まで頑張って乗り越えてきたことは自慢してもいいよね

今日から札幌ババが来てます
平日は仕事をしているので明日には帰ってしまうんですが…
たったの1泊2日しか出来ないのに、遠くから毎月のように飛行機代をかけて来てくれる。
感謝していますよ

札幌ババ(アタシの母)がくる度、父チャンのことを思い出す。
普段は全然思い出すことないんだけどね

父チャンは4年前食道癌で死んだ。
まだアタシが独身で札幌にいたときの頃だ。
癌ってわかってから、たったの4ヶ月で死んじゃった。
それでもアタシが一番鮮明に覚えている父チャンとの思い出は、その4ヶ月間なんだ
父チャンが元気な頃は、ほとんど会話なんてしなかったし、酔っ払うとマジでウザイ(笑)ので近寄らなかった。
2人きりになると親子なのに気まずい…そんな感じだった。




そろそろ 

2006年04月08日(土) 1時46分
周期熱が出そうです

ハイテンションだし、笑った顔するし、寝ないし、微熱はあるし…
熱の出る前兆全て揃ってますみたいな

イクはなぜか熱の出る前だけ、とってもクリア(意識がハッキリしてる感じ)になります
それはウレシイ半面(笑顔もそうだけど)、また熱出るのかなぁとヘコみ、とても微妙なんです

調子のいい時に笑ってくれたりクリアになってくれたりしたらいいんだけどなぁ

明日から札幌ババが来ます
はるばる札幌から来るのに、イクはたぶん発熱中です

←こんな顔したり、←こんな顔したりするときは必ず近いうち熱が出るサインです…


退院 

2006年04月05日(水) 23時38分
無事退院してきました
今日から早速ミルクの濃度アップしてみたけど、今のところゼロゼロもそんなに増えてないしいい感じです
しかも、調子に乗ってオレンジジュース(10mlだけ)注入してみました
これからも少しずつミルク以外のものも注入していく予定
ミルクだけだと足りない栄養素が出てくるとは前から言われてて、みそ汁やジュース、ココアなど注入することをすすめられていたのです
基本はミルクだけどさ
今までは、体調が万全なときに試してみようって思ってたんだけどそれじゃあ一生出来ないような気がしてきて…
思い切って今日から試してみることにしました
どうか下痢とかになりませんように

また今日からでの生活です
もうしばらくは風邪はカンベンしてください


〜番外編〜
いくカメ日記
はじめましてカメです

カワイイでしょウチのカメ
最近イクの入院でアタシも朝から病院、ダンナは仕事で朝から晩までずっと1人(1匹?)の生活でカワイソウでした
アタシやダンナが帰ってくると、ものすごい勢いで向かってこようとします。
一日中1人だとやっぱカメもさみしいようだ

時々登場しますので、今後ともよろしくお願いします




結局 

2006年04月04日(火) 22時39分
なんかPIの話は全く出てこず、注入で頑張りましょう的な感じになりました
そこで、注入の量や濃度の調整について先生と話し合っているうちに病院より家のほうが調整しやすいんじゃないかってことになり
「じゃあ明日退院します
と突如明日の退院が決定しました

PIになって入院が長くなることを覚悟していたアタシは正直拍子抜けでしたが「退院します!」と強気で出たのもアタシ。
頑張るしかないじゃない
注入のみで体重増やしてみせよーじゃないの

先生とアタシのやりとりを聞いていた看護士が
「先生はママに色々任せすぎだね、これじゃあママが大変だね」
と言っていました。
注入の調整や体調が悪くなったときの受診のタイミング…などなど
アタシだって何回も先生に聞いたよ、でも先生は決まって「わかりません…正解はないんで…お母さんが一番わかると思うんで…」としか答えてくれないんだもん
アタシがやらなきゃ、決めなきゃいけないことなんだって思って今までやってきたんだよ
アタシだって先生に決めて欲しいし、自分の判断に自信もない
でもイックンの病気は先生達にとっても謎だらけ。
毎日イックンと一緒にいるアタシの判断が正しいっていう先生の考えにも納得出来る部分はあるんだ
だからアタシは自分の目を信じてやっていこうと思う


ところでイックンですが、咳もゼコゼコもで、風邪はほぼ完治です
サチュレーションは不安定だけど、見えてなかっただけできっとにいるときも下がってたんだろうな

体調が良くなりイックンの表情もとてもスッキリしてきました
指しゃぶりも復活です


P R
■プロフィール■
☆名前☆ なお
☆家族構成☆                       お父さん:テツ 31歳                         お母さん:ナオ 26歳                         いっくん:イクミ 我が家の一人息子                                 1歳になったばかり                                 vici症候群という生まれつきの病気を持っています
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