北風と太陽 

January 30 [Sun], 2005, 19:46
喧嘩のとき、あの人は私のことを
「まるで子供みたいだ」と罵った
私はあの人に振り向いてもらおうと
わがままやいぢわるを振り回した
それはまるで「北風と太陽」
そんなことばかりしていれば
あの人はコートを頭から被り
決して心を開いてはくれない
今は何も言わずに
遠くからあの人を見守ろう
しばらく何の口出しもせずに
あの人が再び心を開いてくれるまで
幸せがいっぱい訪れるよう
祈ろう

父と暮らせば 

January 23 [Sun], 2005, 19:26
父と暮らして34年目になる。

 ここだけの話だが、ついこの間まで私は父を嫌っていた。
小さい頃から背中を向け、話しかけるのが厭だった。
父のほうからも何も話をしないのが怖かった。
兄の暴力に屈してしまうのが嫌いだった。

そうして私は鬱病になった。
3回も自殺未遂をした。これは特に父とは関係なかったが・・・。

大学を4年で中退し、私は家の中で暮らすようになった。
どんなに厭な光景が繰り広げられるか想像だに震えが来た。
今までの父は私と母親だけには暴力を振るった。

しばらくはそんな状態が続いたが、私と父はだんだんと変ってきた。
まず、「話をする」ようになった。
こんな書き方をすると、まるで父のほうが病人みたいに聞こえるがw
「話をする」ということはこんなにも、お互いを理解できるものなのかと思ったし、
逆に「話をする」ことで、どんどん心の間が離れてしまうことには、「ちくり」とする想い出が沢山あった。

それから私たちは母親を交えて話をするようになった。
母親はよく話す性質なので今までどれだけ私を可愛がり、必要であったことを話されると、
なるほどそうだったのか。
と、よく解ったが、肝心なのは父だった。

父は、話すだけではどうも解りきれなかったようだ。
だが、昔の話をすると父は面白がって笑った。
そんなところなんて見た事がなかった。

そのうち両親と出かけるようになった。
昔に行ったところに行き、昔のことを沢山話した。

父は私が生まれて大層喜んだそうである。
ひどい小児喘息の兄の発作で夜中に病院へ行くとき、まだ小さい私を連れて行き、車のシートで遊んでくれた。
もう少し大きくなれば、一人でも眠れるようになったので私は布団の中で震えながら帰りを待った。

そういえば、御伽噺を読んでくれた。
沢山写真を撮ってくれた。
なのに私は、自分では関わってもらえていないと一人で思い込み、
想い出も全て忘れてしまった。

最近私は父とよく話す。
ごく自然に。
解らないところは、つっこみ、
言い足りないことがあればつっこまれた。
年のせいもあるか、父はとても可愛らしかった。

みずき 

January 23 [Sun], 2005, 19:24
そこには、小さくてちょっと汚な目な中学生のような男が、

ビックカメラの紙袋を手に下げて立っていた。

携帯で聞く音声にピッタリに口が動いている。



彼が「みずき」だった。



みずきの声は先方に謝るのが上手そうな、甲高さだった。

一瞬帰ってしまおうかと思ったが、ビデオを貸す約束をしていたし、

なにより文字でも感じられた、彼の頭の良さ、教養の高さには興味があった。

なにかしようものなら、私の方が強いような気がした。



みずきと知り合ったのは、とある出会い系サイトであった。

そのサイトは「出会い系」だが「コミュニティサイト」と言った方が私にはしっくりくる。

男性は必須、女性は任意でよくわかるような写真を載せてあり、

同性の友達もできたりする。



随分前に「中島らも」が大麻所持で捕まった時、

それを笑った私にみずきは声をかけてきた。

肝心の彼の写真は…知性はなんとなく感じることはできたが、

いわよる「イケメン」では決してなかった。

勿論、声や喋り方、仕草や喋るときの態度はわかるはずもなく、

私は気を抜いて彼と「中島らも」について、メールなどで語り合った。

みずきは芝居がなにより好きで、らもの逮捕を悲しみ、

ラーメンズだとか大人計画とか、私の全く知らない事を教えてくれた。

みずき 

January 23 [Sun], 2005, 19:20
それに、彼もまた鬱病であった。


私の懐古趣味に興味を持ったのか、彼はチャップリンやバスター・キートンのサイレント映画のビデオを観たいと言った。

私の方も、松尾スズキやケラリーノ・サンドロビッチの芝居を観てみたいと思ったので、

それじゃあお互いビデオを貸し合おうと、私のうちの最寄り駅で落ち合う事にした。



それがどうだ。

私はみずきの写真に、ゆっくりと無表情で、かったるそうに話すインテリを想像していた。

相当がっかりしたが、結果、彼の「知性」に期待して会う事に決めた。




「始めまして」

と言うと、彼は落ち着き無くペコペコ頭を何度も下げた。

悪いことはしなさそうである。

私達はお互いにビデオを持って、近くのファミレスまがいの店に入った。

ここはチーズケーキが美味しいのだ。

みずきがそこで何を注文したのかは忘れた。

とにかく、二人してドリンクバーにした気がする。

私はあまり人見知りせず、自分の事や映画の事などを喋った。

だが、みずきはプルプルと震え、コーヒーカップをカタカタいわせていた。


「餅つけ」


と、思わず「2ch語」を使いたくなった。



ひとしきり彼と話をした後、彼から携帯にメールが来た。


「会わないで帰ろうと思っただろ。」


私は声を出して笑った。

帰ろうと思ったが、やっぱりみずきの教養の深さには圧倒された。

それに、もともと男友達が結構いることについては、自慢であった。

勿論、オタクといわれようが私の知らないことを知ってるような人間ばかりだ。


この日から私は彼と携帯のメールをやり取りするようになり、恋愛の相談をし、

鬱病のことについてもよく話すことになる。



この間みずきが「ラーメンズ」の芝居をおごってくれた。

私が驚いたのは、芝居が始まってからかつて見た事がなかった彼の大笑いする顔を見たことだ。

なんとなく嬉しかった。

芝居がある限り、みずきは鬱に負けず、生きていけそうな気がしたからだ。

儚き夏 

January 23 [Sun], 2005, 19:18
この頃暑くて仕方が無い。

と言うのは私だけではないだろうw

地球はどんどん暑くなっている。



しかし、考えてみると私には夏が一番日本情緒を感じる。

私が小さかった頃には、朝のラジオ体操に行く時間なんてとても涼しかった。

そういえば、今夜はクーラーをつけようとか、今日はつけなくていいね。

なんて言っていた気がする。



このところ本当に暑いし、熱中症などで亡くなる方も多いが、

夏の日本にはたくさんの文化が残っていて、それはとても日本の気候風土に合っていて

いわゆる「涼を求める」という行為がステキな気がする。



もっとも、それくらいでは到底涼しくなりはしないのだが、

風鈴の音が夕涼みの時間に鳴っていたりするとなんとなく嬉しい。

うちはあまり、野球には興味が無いのだが、そんな時間によその父親が

枝豆をおつまみにビールを飲みながら、野球(巨人対阪神戦が望ましいw)を見ている

というのは、日本でなければ見かけない。

そういえば、高校野球というのも涼しくはないが、「夏!」というイメージが強い。



食の面では、そうめんやひやむぎ、また枝豆w

梅肉の風味のおかずがさっぱりして美味しい。

焼きナスなども捨てがたい。



最近ここらでは、8月にならないとセミは鳴かない。

昔あった日本家屋が今どんどんアパートに建て替えられている。

セミは確か8年?くらい土の中にいるはずだが、掘り返されてしまったり、

潜っているところの上がコンクリで固められてしまって出てこられないのだろう。

土から孵ったセミの命は一週間。

だが、土の上の世界を知らずに死んでしまうセミもいるのだ。


儚き夏 

January 23 [Sun], 2005, 19:12

最近は多種多様な浴衣が流行っている。

私は白地に紺のキキョウかなにかの模様の、昔ながらのものが好きである。

そうして、みんなで花火大会に行くのだ。

夏祭りでもいい。

毒々しい色の杏飴や、ソースせんべいがなぜか美味しいw

そして、花火やお祭りには好きな人と手をつないでいくのが鉄則だ。

浴衣というものはかなり涼をとる作りになっているのだが、今としてはその効果は無い。

だが、見た目に涼しげで風流な雰囲気を楽しませてくれるような気がする。



夜、母親が風呂から上がると、必ずうちわで扇いでいる。

なんでも、扇風機でなく人の手でゆっくりと扇ぐ風が丁度いいらしい。

母親がうちわで扇ぐ姿を見ていると、なんとなく「人と人との愛情」みたいなものを感じる。

例えば、私がまだ幼稚園に上がる前など、きっと母親は今のようにゆっくりとうちわで

私たち兄妹の寝顔を見つめながら、扇いでいてくれたに違いない。

また、私もいつかそうするだろう。

相手は愛しい人か、大事な子供か。



夏はなんだか、儚くもある。

暑さが取れるとなんとなく寂しいような気がする。

私は本物の蛍を見た事が無いのだが、蛍の光というのも実に儚く、風情がある。

そのうち、庭のアオマツムシが鳴き、もっと涼しくなるとコオロギが鳴きだす。

それが終わると、もう秋である。



あまりに儚くて、何度も何度も振り返ってしまうような経験をしたのは私だけだろうか。

花の名前 

January 23 [Sun], 2005, 19:10
今でもよく思い出すのは、病み上がりの私を母が外に連れ出し

わざわざ、うちの裏手の遠いスーパーマーケットに行く途中、

公園などで咲いている花の名前を一つ一つ教えてくれたことである。



他にも母は、「これで、好きなものを撮りなさい」

と安いカメラを与えてくれた。

当時、裏手には猫がたくさんいて、被写体には困らなかったが、

そんなことよりも、私は母が教えてくれる花の名前に興味を持った。



この話は10年ほど前のことで、ポケベルも携帯電話も無い時代で、

パソコンも使う友達は少なかった。

ホームページなんて作れるなんて思いもしなかった。



今は携帯電話のカメラでよく道端に咲いている花の写真を撮る。

ホームページの詩歌にあわせて使うことがあるからでもあるし、

忙しかった昔に比べて、病人の私には四季の変化が

よく目に付くようになった。



空の模様、色、風、天気、黙っていると見過ごしてしまう野の花。



残念ながら、母に逐一よく教えてもらった花の名前は、

飲んでいる薬のせいもあってか、半分くらいは忘れてしまった。

だが、勿論好きな花の名前は覚えている。

野草に限らず、大体和の花が好きである。



牡丹、芍薬、酔芙蓉、芙蓉、テッセン、朝顔、寒椿、ソメイヨシノ、
向日葵、ハチス、芥子・・・・



「ひまわり」という映画がある。

ビットリオ・デ・シーカのアレである。

当時、ソ連ロケが有名になった映画だが、冒頭とエンディングの向日葵の

群生している場所は、スペインのアンダルシア地方で撮影されたそうである。

物語も好きであるし、ソフィア・ローレンも、マストロヤンニも大好きで

あの群生した向日葵の中を歩くのは永遠の憧れである。

花の名前 

January 23 [Sun], 2005, 19:07

牡丹と芍薬は似ているが、両方とも薄桃色の大輪のものが好きで、

こんな感じの女性になれたら、ゆったりとこんなに大輪の花であるのに

押し付けがましくないところが好きである。



うかうかしていると見逃してしまうのは、酔芙蓉と朝顔である。

酔芙蓉は夕方になるにつれ、酒に酔ったかのように紅色に染まってくる。

朝顔は早起きしないと見ることが出来ない。



花の名前といえば、向田邦子の短編に「花の名前」というのがある。

結婚した夫に、四季の移ろいとともに咲く花の名前がわからないというのは
味気ないと、
毎日見た花の名前を教えていくという話である。



ツワブキという花がある。



ある日、夫の愛人らしき女から電話がかかってくる。

その女の名前は「ツワコ」といった。

自分が教えた「ツワブキ」の「ツワコ」ではないかと想像する。

しかし漢字が違った。



うちの両親は、よく二人連れ立って桜を見に行ったり、

梅を見に行ったり、紅葉を見に行ったりしている。

本当のことを言うと、お互い伴侶よりも娘である私と見に行きたいそうだが、

正直言って、病人の行き遅れと年をとった親の悲しい絵が厭で、

一人または、友達と見に行っている。



だが、そういった私達の世代ではあまり見かけなかった、

季節の変わるごとに自然を鑑賞してくるという趣味は、

とてもいいものだなと思った。

うちはとりわけ都心であるので、どうしても繁華街の方に足が行く。



今年の冬、私は好きだった人に振られた。

私はその人と、梅を見に行き、桜を見に行き、

公園でお弁当を開くのが夢だった。



しかし、そんな甘い夢は花のように儚く散ってしまったのだった。

二の舞 

January 23 [Sun], 2005, 19:04
今している恋は、今までと比べると実に変わった形をしている。


なにが違うと言えば、私の好きな人には既に婚約者がいて、奪おうと思っても、それは愚行だろう。

二人はきっと切れないのだ。


もう一つ変わっているのはなのは、私のように、その二人を見ていてかつ彼が好きな女の子がもう一人いることだ。
私とは交信がなくお互いに気持ちを探り合ってる状態である。

だが、一つ言わせてもらえば、私はもう半分くらい彼を誰にとはなく「譲って」しまっている。


理由はさっきも述べた通り婚約者がいることと、彼がリンゴ農家を運営していること、
そして彼の明るさと体力に、私が鬱病であるばっかりに「あてられてしまう」ことだ。



では、彼にとって自分はどういう存在になりたいか。
少し前までは、勿論付き合いたかった。
でも、やはり彼と話がしたいということで「マブダチにして?」と頼んだことがある。

なにかあるにつれて話し掛けてほしかったのだ。だがそれも愚行だと気付く。
彼にはとっくに全てを話せる婚約者がいるのであった。


女の連れション根性も嫌いだが、男性が意識する「マブダチ」とは女性が考える以上に離れたものなのかもしれない、と、ちょっとばかり淋しくて、唇を噛んだ。

石愛づる姫君 

January 23 [Sun], 2005, 19:01
最近パワーストーンに凝っている。

友人達には「石集めてどうするのよ」「パワーストーンって何だよ!w」「いい加減やめなよ」と非難轟々である。

非生産的であるし、なにより30過ぎた未婚の女がそんなことをしていると「恐すぎる」のだそうであるw自分を振り返ってみて…全く同感であるw




まず、どんな石を持っているか書き出してみよう。

@ローズクオーツ

Aハウライト

Bアメジスト

Cルチルクオーツ

Dムーンストーン

Eホワイトムーンストーン
Fソーダライト

Gラピスラズリ

Hブルーレースアゲート

Iブラックオニキス

Jロードナイト

K翡翠




挙げていったらこんなに沢山なってしまい、自分でも驚く限りである。

しかし、どれかを身につけていないと出先で良くない事が起こるような気がおさまらなかった。




私はなにか「すがる物」を探しているのだ。



病気にいい翡翠から、恋愛関係にいいとされるもの。仲直りできるもの。万能なもの。厄払い。

これで人間関係で失敗し、発狂して死んでしまったらどうなのだろう?
私はそれは充分有り得る事だと思う。

そう、金閣寺でもらった御護符とアメリカ土産の厄除けの面の見下ろす場所で悪いことに走ったように。

そんなものだ。



それでも私は石を集めるのだろうか。



集めるだろう。

人間関係はいつもいつも、もろ過ぎるからだ。

ただ、前のようにお守りの効果を自分で断ち切ってしまうようなことは、
もう絶対しまいと、心の中で決めた。
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アイコン画像マダム ジェダイト
» 石愛づる姫君 (2005年01月04日)
■鬱歴10余年、入院歴4回■
■z.o.e.■
■お陰様でライフワークはあります■
■両親、兄、セキセイインコ一羽■


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