初志貫徹 

2006年06月18日(日) 10時21分
物事を知ることが難しいのではなく、
知った事を実行することが難しいのである
-書経

プレゼント 

2006年05月31日(水) 15時51分
永が年の苦労をかけてきた最愛?愚妻?にプレゼントと思い
午前中は街の中央の「めぼしを処に見附つけていた店に行く」

「豈に測らんや、ご機嫌に召さない」 朝食兼昼食を執りご帰宅。
苦労が身にしみ付いて、勿体無い。と言う。
今度、自分が見つけるまで、お預け。

浪費癖の自分に取って逸まで金が続くか不安である。
早速、銀行に大枚◎◎万円一時お預け。
「将棋」の歌ではないが・・・・・・小春がいたから今の自分が有る。

それだけ、馬歯を重ねて来た。と言うことか。

嫂子颂 

2006年05月27日(土) 18時08分

你好吗?到11日对日本是停留,不过,私事,
关于繁忙联络也不有说请轻而易举容许。
如果再回国必定做电话。是一边做吃饭一边聊天吧。
我想听你的胡琴。赠胡琴的中国民间歌曲
http://mp3.baidu.com/m?f=ms&rn=&tn=baidump3&ct=134217728&word=%C9%A9%D7%D3&lm=-1

嫂子颂
词:李文歧曲:张千一

嫂子嫂子借你一双小手捧一把K土先把敌人埋掉
嫂子嫂子借你一对大脚踩一溜山道再把我们送好
嫂子嫂子借你一副身板挡一挡太阳我们好打胜仗
噢憨憨的嫂子亲亲的嫂子我们用鲜血供奉你
噢KK的嫂子噢KK的嫂子KK的你

眼鏡新調誂え 

2006年05月26日(金) 0時15分
最近、又、眼鏡を壊す。
新しい眼鏡店に行き、新たに調節請入した。

 朋友来る 

2006年05月19日(金) 9時43分
本日、講師の体具合が悪いので休校と家に緊急連絡があり携帯で
「西日本日中◎◎」で2時間、読書中。張君がHIS習われる。

早速、、自宅で談話、の件に張君と入る。
朋友のGGOに電話を入れて23日、大連の渡航と仕事の縁で
「周荘」で昼食をとりながら決める事で決着。

田中メガネで相談、なんと8万余。「少々考える」と他のメガネ店
で新調のメガネをきめて帰る。



頭脳の柔軟性  

2006年05月18日(木) 20時59分

漢字圏と非漢字圏の人人の接する機会が多くなるにつれ、我々日本人の生活環境も変化することの意義深いことを痛切に感じる。就業で来日する外国人は日増しに多くなってきている。

最近、日本語を教える必要性を感じ、日本語教育言語習得概論を学び基礎から日本語教育のための誤用分析。著者は中国人。中国語話者の母国干渉例題を読んでいる。

加えて日本語文法のポイントの重要性も学習者はどkが解かりにくいか、何をどう、教えれば好いかなど詳しく再考の機会に恵まれ、時間の許す限り記憶に留めたいと日夜励む。

解説書に「〜(た)ほうがいい」「〜てもいい」「〜たらいい」は「目上の人」に使うと失礼になるので使わないほうがよい。助言、忠告、許可を求める場合は失礼にならないが、「です」を「でしょう」にする。「例。今行lったほうがいいでしょうか。」と丁寧な表現になり。

「〜(た)ほうがいい」は助言を、「〜てもいい」許可を表す。「〜たらいい」は助言を表すが、やや突き放したニュアンスを持つ。のくだりには。溜飲を下げた。ほかに「〜たほうがいい」は過去の助言ではなく、話しての気持ち(助言への

好久不見了 

2006年05月18日(木) 7時57分
山根老師と久しぶりに再会した。88歳と思えない
背筋もピーンとし、足取りも速く、スタスタと歩く。
ある友人が私に逢いたいと言う人が居ると言うので
お逢いしたのが山根先生。

昨年まで中国各地の大学で日本語を指導していた
経験談が新鮮に感じれて聞きほれた。

特に戦前の内山書店(上海)の話題。
好き先輩、好き指導者、好き会社経営者、人生の中で通り去る
中で、運。不運。も去り往く中で人の出会いが左右する。

振り替え・母の日 

2006年05月17日(水) 21時55分
擁護介護2の母は擁護介護施設に住居している。施設は老人介護一般、医務、買い物
など、居たせり、つくせり。車椅子生活の母は此処で、歯医者、目医者など治療専門の
介護のもとで成果をなし、すでに5年の歳月をこの養護施設で生活している。
最近、老衰の加減か。よわい90.。言う事。する事。なす総てに年齢を感じる。子供たちに
書き物を残している。と言う。死して物を残すより生存中、気持ちを表すものがあれば、子供たちに
渡した方が好いとの考えで今日、デパートの一隅の食事ところに招待した。「周荘」と言う名の
中国料理専門店。「お粥」が美味く。且つ、料理人の中国人に以前、日本語を1対1で教えて
いた。最近偶然、その店に入り知り合った。一昨年、重慶遊学時メールで往来した国香と再婚
下と言う。因縁を感じる。実直な彼は店に往くと、必ず私の前に来て挨拶に顔をだす。
母をのこの店に招待し姉妹と一緒に食事をした。生存中、渡したいものは金銭であった。

各一人の◎◎万円。車中聞くと◎◎万円渡したい、私に預けている
通帳から引き出すようにと指図した。妹たちは、受け取るなり、
感涙滂沱。何時、今生から消えるかもしれない母の気持ちを察しての、
遺産である。気丈な母も、以前の気丈さはない。記憶力も衰え、
生家と自分の嫁ぎ先を記憶に判断出来ないときもある。

其れゆえ今年は長期の旅は出来ない。中国行きも断念せざるを得ない。
自分の健康よりも、私の体を気ずかう。「風邪を引くなよ!。」が口癖である。
嫁には随分、厳しい母であったが、いまでは「お母さんのお陰で、
ここまで成長させていだだきました」と素直に言う。

人間愛に包まれ生活出来る幸せの中に、一抹の心残りは、母と一緒
に同居生活が出来ないことだけである。精神的に参った、痩せ衰えた妻を見逃すわけには
いかない。日本が抱えている一般家庭。長男としての責任。頼りにして育児してくれた両親
を思うと、申し訳なく思う。しかしどうしようもない。解決が見出せない。親を見届けた者しか
分らない問題でもある。最近人に出会うと、この人は自分の老人の世話をした人かどうかが分る。

心の問うこと 

2006年05月14日(日) 20時38分
朝から調べていたコピー機が動き出した、天の恵みとしか思えない、。
午後はHICに行く、コピーを執りに行く。
受付け嬢が今日はいる。彼女の意見や如何にと想い
一部を渡し≪意見を言聞かせて欲しい」と渡す。

暫く中国人のK氏と話す。
受付け嬢がわたししの所へ来た、この資料の内容に感動したらしい。
資料を尋ね、打ち込んだ印字のミスを指摘する。
有り難いことである。「書籍が見たい」と言う。
「何を目的に言うのか」とも聴く。
・・・・・・・・・・そうですか、
理知的で冷たい感じの、その彼女。

買いかぶっている私の知性に少々はずかしい。


精読練習 

2006年05月13日(土) 23時24分
心に問うこと』:紀野一義著:

四月の中旬に金沢に行き、私の心が自然に行きたい処を自然に歩いた。
金沢は私の故郷の町です。私は山口県の萩市で生まれ4つの年に広島に移ってそこで育った。
それゆえ、金沢の町は知らぬのである。知らないはずの金沢の町がどうしてこんなにもんなつかしいのか。それはわたしの父も、母も、そのまた父も母も、父祖代々金沢の町に生
きていたからである。わたしは大学二年生の時に学徒動員で広島の五師団工兵連隊に
入隊した。そこに中村儀三という連隊長がいた。
八ひげを生やした背の低い、いかし、実に男らしい中村隊佐がある日、連隊長室へ呼んだ。

日本の留学生にこの「心に問う」精読させている.
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