村上春樹的な、決意表明 

March 10 [Fri], 2017, 2:03
3.11の震災で失われたたくさんの人や物は、いまだその被害の実情を様々な形で残している。

しかしながら失われたと見えるものが、今でも多くの人たちのいたわりや感謝の心を生み、育み続けている。
その事実に対して価値を見出すことが出来れば、
この社会も自然と前向きになっていくことが出来るはずだと思う。


仕事をして酒を飲んで寝てまた仕事をして酒を飲んで...

どこまでも空っぽな私の容器には、溢れるほどの液体を流し込んだとしても、
無数に空いた小さな穴から注ぎ込んだ瞬間にそれらは流れ出していって、
やはり何も残らない。

私は思う。
私はただこの人生を、生きている"ふり"をしているだけなのではないか、と。

相対的に他者に対して誇ることの出来得る生き方というのは、
あるいはわかりやすく実現が出来るのかも知れない。
例えば私が誰かを支える杖となっていたならば、それには十分な価値があるはずだ。
しかし今の私には、それはない。

得がたい人間関係や社会生活は、強い想いだけでは得ることが出来ないものであるから。

しかし、そんな私自身が、今現在の私を好意的な眼差しで俯瞰することができるのであれば、
その人生が無価値なものだとは思わないだろう。

そのためには私の、私の人生に対する決意表明が必要であるように思える。

決意表明とは、何かを実現するための前向きさではなく、
私自身がその現状をまず受け入れることである。
それは必ずしも恵まれたものでなくてもかまわないはずだ。

私の感じている、止め処ない孤独感や喪失感、
心の奥底に沈殿し、悪霊のように付きまとう感覚と想起。

そんなものを受け入れながら、進んではいけないだろうか。

名作でなくとも良い。
自分自身が、ずっと傍に置いておきたいと思えるような、
そんな物語を残せたらいいと思っている。

音楽 

January 31 [Tue], 2017, 23:04
音楽とは、私にとっては代償行動であり、
それはとてもネガティヴな主観から発生する行為である。

ただ純粋に、拙い言葉を紡いで投げかける音は一方通行で、
正しくその答えが返ってくることはない。

対照的に私に対して向けられる他人の言葉。
その音を訊かないように耳を塞いでいる毎日はただただ平和で、
そして苦しくて、辛い。

虚構だらけの現実、不安ばかりの未来、寄る辺の無い感情。

こんなにも大勢の人間の中で周囲の人々と交わる度に次々と失くしていった、
現実に生きるための様々な欲求。

それがこのままどんどんなくなっていけば、
自分はどうなってしまうのだろう。
きっと生きていられないんだ、と思ってた。

誰かが壊してくれたものがある。
そして私が言わないと起こらない出来事がある。

思いつく限りの言葉で。この気持ちで。
眠っている未来を叩き起こしてやるんだ。

脆弱な夢も、柔らかくて鍛えようのない心の欠片もすべて。
自分の声で。
誰かに届けられるようにと。


私の夢の見方 

January 19 [Thu], 2017, 2:53
「夢の中で責任がはじまる」
という、
ルー・リードの師匠である詩人デルモア・シュワルツの小説のタイトルはつまるところ、夢を見るということはそれなりのリスクを背負うことだということ。

"夢" の捉え方は千差万別であろうが、
例えば、
「音楽家になる」とか、
「小説家になる」とか、
これらは捉えようによっては現実的だ。

だが私はあえてそのような表現において使用することは控えているし、
言葉というものの意味を知りはじめる年になってからは、
これらを夢などと思ったことはなかった。

そう、自分の中の正しい"夢"の見方とは、
"絶対に叶うわけはない。叶わないから夢なんだ"
とわかった上で、尚、夢を見るということに相違ない。


そして、それは自分自身が背負うべきリスクを内包したものなんだと、
私は今では深く認識をしている。

I missed all your funny ways.
I missed your jokes and the brilliant things you said.
My Daedalus to your Bloom, was such a perfect wit.
And to find you in my house makes things perfect.

夜に潜む女たち 

November 26 [Sat], 2016, 22:00
人は誰でも自分の人生で、どうしても忘れられない人に出会うことがある。自分の心をときめかせてくれる人がいる。

真夜中の静かな部屋の中でじっとこちらを見つめる彼女を忘れるなど決してできないだろう。今でもずっと彼女は私の心の闇に潜んでいて、私を見つめている。

愛するものを失った失意というのは、本当に身がちぎれるほどの苦しみになる。それは誰でも知っている。すべてのものが色あせ、何もかもが意味を失う。

寝苦しい夜がある。

意識があるのかないのか自分でも分からないような状態の中で寝ていて、どうしても深く眠れない中でふと自分が寝汗をかいていることに夢うつつの中で気付く。

ぼんやりとした意識の中で過去を追憶していると、どこを想い出しているのか、まったくわからなくなってしまう。

何があっても忘れたくないと思って執着してしまう。あの頃の日々を忘れられない。

想い出は美化され過ぎるのかもしれない。

しかし、それは美化されるほど大切な想い出であることには間違いない。ゆらゆらと揺れて、淡く消え去る繊細な想い出であるが故に、美化されてもいいから記憶に残って欲しいと願う。

人を好きになるという感情は、とても強いものであることにつくづく感銘を受ける。

あまりにも感情が強いと、どれだけ年月が経っても、想い出の中の女性と共に熱い切ない酸っぱい感情が蘇ってくる。胸騒ぎがして心がうずく。甘い匂いと共に、心が乱れる。

夜に生きて、夜にどっぷりと浸った女。闇を抱えて問題のある女。熱帯の花のように派手な女。さらりとしたシーツの上に、ポトリと汗の滴を落として笑う女。

男と触れ合うことで生きている女。挨拶をするように、出会ったその日にセックスをする女。官能でとろんとした粘液をにじみ出す女。

男をじっとりと包む柔らかい女。一緒に時間を過ごしてくれて、孤独を癒やしてくれる女。そして自分の夢のためだけに生きる女。

夜の闇に潜む女たちの中には、善悪を飛び越えて、ただ目の前にいるというだけで、惜しみなく男を包み、甘えてくれて愛まで与えてくれる悪魔のような天使がいる。

寝苦しい夜に現れて、私を置いてけぼりにして去っていく。

シロ 

July 21 [Thu], 2016, 5:38
都会から絶望と挫折感だけを手土産に帰郷した男が、
「シロ」と名乗る少女と出会い、思いがけず幸せを手に入れる。

そして男は廃屋で猫の遺骸を抱いて眠っているところを発見され精神病院へ。

退院しすべてが妄想だったと悟った男は、
廃屋に戻り近くの木の枝に掛けたロープに首を掛ける。

当時、そんな小説を書きかけた。


埋没した信念をぶら下げて私はどこに向かっているのだろうか。

ただ、死に向かって生きてる。
私はいつもそんな風に感じていた。


ピーターパンシンドローム 

June 20 [Mon], 2016, 19:31
生前のマイケルの、幼児虐待の罪を暴こうとつけ回す保安官の存在などは、
ルービン"ハリケーン"カーターの話に似てなくも無い。

架空の白人像のお面を被ったマイケルのそれはまさに、
年を取らない、架空のディズニーアニメの白人像である。

ディズニーのテレビ番組では、最初にウォルトディズニー本人がでてきて
「それでは4つの国にご案内しましょう」
と言う。

4つの国とは、
『未来の国、冒険の国、おとぎの国、開拓の国』


本家ディズニーランドを構成している、
『トゥモローーランド、アドベンチャーランド、ファンタジーランド、フロンティアランド』
がこれにあたる。

そう、この中にはネバーランドがない。
だからマイケルはネバーランドを自分で作ってしまった。


他の4つの国は想像上の国ではあるけれど、全部時間は流れている。
ファンタジーランドは時間が流れていないようにみえるが、
それがある種の幻想である事は意識化されている。

でもネバーランドは時間が流れていなくて、
それが幻想だということも意識化されていない、

ある種1番ヤバイ国。作っちゃいけない国。


ピーターパンの中にもそういう会話がある。

ピーターパンが主人公の少女ウェンディーにたいして、
「何で子供のままいちゃいけないんだ?このままここで子供でいればいいのに」
というとウェンディーは、
「でもやっぱり、おうちに帰る」と。

"時間が止まった世界には永遠にそこにいることはできない"という前提で、
ジェームス・バリはある意味シニカルにピーターパンを書いているわけだが、
マイケルは帰らなかったのだ。



連載:どしゃぶりの女B 

June 05 [Sun], 2016, 22:26
前回まで
http://yaplog.jp/19810326/archive/5

こうして私達のすこし風変わりな生活が始まった。

大学にもあまり顔を出していなかった私は、深夜のアルバイト以外はほとんど家に篭っていた。

彼女は私がいる時はほとんどそこにいたように思える。
たまに服が変わっていたから、私がいない間には実家に帰っていたのかもしれない。

正直なところ、私は彼女を恋愛の対象とすることはなかった。
彼女は私に何も望まない。何も無理強いしない。

もちろん私は彼女を抱いて寝るが、それ以上を、お互いが求めことはなかった。

人としての欲望が限りなく希釈化された存在として、
私は彼女が眠りにつくまで、ずっと彼女の髪を撫でていた。


「私には、恋人がいるの」
ある朝、彼女は私の顔を見ることもなくそう言った。

「であれば、君はその恋人の元に帰るべきじゃないのかい?」
私は心から、そう感じているかのように振る舞った。

彼女はそっぽを向いて黙りこんでしまった。

私のすぐ近くにある、生温い、良い匂いのする存在、少しだけ早い呼吸、しなやかな手、
その微笑、時々交す平凡な会話。

私たちがこれほどまでに満足していられるのは、ただ私がそれを彼女と共にしているからなのだ、ということを私は確信していられた。

いつもと少しも変わらない日課の魅力を、細心にもっと緩慢に、あたかも禁断の果実の味をこっそり盗みでもするように味わおうと試みたので、
私達の幾分死の味のする生の幸福は、その時だけは一層完全に保たれたほどだった。


その時、けたたましい携帯の目覚ましの音が鳴った。

7時だ。
今日も大学の講義がある。

私はゆっくりと目覚ましに手を伸ばし、ボタンを切り、布団を被って、
深い深い眠りへと入っていった。


私が想い馳せる場所 

June 01 [Wed], 2016, 6:19

例えば私があらゆる苦しみから解放されるとすれば、
そこにはどんなに眺めのいい景色が見えるのだろう。

静かに悲鳴をあげ続ける心が、
今一人で泣いている。

「助けて」と呟いてみても誰も助けてくれないことを、
私はよく解っている。

私には想い馳せる場所がある。


そこは、
「何も聞かなくてもいい世界。」
「何も知らなくてもいい世界。」

こんなにも大勢の人間の中で、
今私は、一人で死ぬための練習をしているのだ。


イマジン 

May 21 [Sat], 2016, 0:24
ジョン・レノンが平和主義者であるかどうか。
イマジンが平和の歌であるか。
それは単純な認識の下に断言するべきことではない。

片腕を切られた右翼の木村某が不忍池のほとりで骨董店をやっていて、
オノ・ヨーコがそこにジョンを連れて行く。
そこで白隠の軸を買う。

そこに書かれていることの一部を抜き取ったのがイマジン。

臨済宗の白隠はかなりアナーキーな人で、
悟りを開かない弟子を殴り殺してた。

彼の著書には、
「座禅をするときに、頭の上から油が落ちてきて体を浸していくイメージを持ってごらん」というような、
"こういう風に思ってごらん"が際限なく続いていく。


そこにインスピレーションを得たのがイマジン。

仏に会っては仏を殺す。
師に会っては師を殺す。

狂気 

May 13 [Fri], 2016, 1:42
人間の狂気とは、静かで緩やかな印象のものであるように感じる。

昔私が短い期間を過ごした地方の小学校の同じクラスに両親から虐待を受けていると噂されている少女がいた。
いつも顔にアザなんかを作っていて、それでも彼女は何事もなかったかのように笑っていた。

転校してきたばかりの私が、昼休みに給食の配膳の仕方がわからず立ち往生していると、
「ごめんねー、分からなかったよね」

と言って、コッペパンと牛乳パック、プリンの容器を載せ、
その上から直接オカズのカレーを一杯に盛った皿を手渡してきた。

私はその時の彼女の笑顔を、今でも忘れることが出来ない。