2014.1.14 @関西某所 

2017年03月24日(金) 23時58分

今は病院のベッドの上。
早めの消灯で暗くなった薄明かりの天井を眺めながら、砕けそうに起き上がれないまま。
今日はもう何度目になるのか分からない眠りにつこうとしている。



いや…眠る事さえもうできずにいる。
(寝すぎて)

でも眠らねば
眠らねば

眠らねばぁー・・・



…!
だってなぜなら明日から怒涛の授乳ライフが始まるのだものっ!
寝れないよ!
もうほんと明日から寝れないんだしっ!



2014年1月13日出産予定日
ほじねが第二子(女児予定)
(これは当時リアルタイムで書かれた病室での記事に、3年2ヶ月の時を越え、薄れ行く記憶を辿りながら加筆したノンフィクションです)



早ければ年末かも?
と言われながら2週間、めでたいはずの年明けからは毎晩の様に前駆陣痛に騙されながらむかえた13日。
日付も変わろうとしていた午後11時過ぎ…
息子はすっかり眠りにつき、旦那が寝るわと寝室へ。
もう毎晩の嘘陣痛にも疲れ、今日も結局おさまって朝になるのかと溜め息まじりに便器に腰を下ろす。

便座の温もりにしばしの安らぎ…



痛い…

明らかに痛い。

とりあえずソファーに横になり時計を見つめ5分、10分、まさかの…10分!?

みるみるうちに激痛になり、足がガクガク震え出す。
来たか本番…さっさとお風呂入っとくんやったな(涙)
さっきちょっとキバり過ぎたか(笑)



ちょっと…あかん…めっっちゃ痛いゎ…



@旦那を起こす
A実家(走って5分)に電話
B寝ている息子を託す
C出発

何度も立ち止まっては痛みに耐え、なんとか車に乗り込むも15分程度の道のりが長く遠く…受付のおじさんの淡々とした態度がなんだか恨めしい(笑;)

とにかくこれは病院行かな…と思ってからのバタバタと激痛で全く余裕なし。

あ、ぽじねがさん、すぐ分娩室行けるけど着替える?そのまま行く?

コンビニでも行く感じやな、と痛い中でもついツッコミたくなる関西の血…
前回汗だくになった経験を踏まえてトレーナーから薄手のワンピースに着替えるあたり一応2人目。

とにかくさっさと着替えてあれよあれよと分娩室へガラガラガラ…
や、早いにこしたことないんやけども…バタバタ過ぎて頭の中空っぽ;

ただただ痛みに任せてるだけの時間が過ぎる。



赤ちゃんちょっとしんどいから少しだけ吸うわなぁー

(す、吸う…のか;)

いゃ、ちょっとだけ圧して。

(お、圧すのか;)

先生の指示でお腹をググッと押さえられ…あぁもうマジで次はないわぁー・・・

ベッドの上で酸素マスクを装着、点滴されたまま天井を仰ぐ。



なんか、いつイキんでいいのか分からんままタイミング外した感じ?
だって2人目だからって言ったってまだ2回目やのに、助産師さんアーダコーダ言ってくれないんだもん( ̄^ ̄)
てか、分娩室に入れられた時点で産めって事なのよね、と後になって気づく(笑)

散々陣痛室で耐えて耐えての前回の記憶が鮮明過ぎて、すっかり分娩台でタイミングを逃してるうちにベビー共々酸欠になっていたらしくアレコレ手間をかけてしまったらしいスミマセン。
(*´∀`)ゞ

そんなこんなでまぁ出てきたのが…;



(;゜∀゜)ぇ ま、また・・・



ちっとも赤ちゃんらしくないボテボテのオニギリ。
り、力士 Σ(・ω・ノ)ノ!?
なんと兄より大きい3400g近いベビーが!
あんまりにも兄と同じ系統の為、今写真を見てもすぐにはどっちか分からない…



前回より2歳年老いたせいか否か、タイミングを逃してムダに体力消耗したせいか、ホンッッットにクタクタでグッタリで、先生にも「このままちょっと休んでからにしよか」と分娩室にしばし放置される。
なんか脈がトンでたらしく心電図とられたりして(笑;)いやいや、トンでるなぁ…とか言われたらめっちゃビビるし!

ま、一応何事もなかったのでこうして生きています。
よかったです。



そして懐かしい人にも再会。

病室でのんびりしていると、これまたのんびりした声の助産師「吉井」!

あ〜ぽじねがさん、2人目〜?
たぶん1人目私かもぉー(*´ω`*)ねぇー



(; ̄▽ ̄)お元気そうで何よりです。
変わってなくてホントに嬉しい。
当時は新人助産師だった吉井さんが、後輩にアーダコーダ言っていたりして時の流れを感じました。たった2年なのに。
2年の間にどれだけの新しい命に吉井さんは出会って別れてきたんだろうか。



そんな吉井さんに取り上げられた当時2歳の兄はというと…



ぁ あかちゃん!

自分からトコトコと近寄ってきてちょんちょんちょん、とつついてみる。

あかちゃんちっちゃいねー
あたまよしよしやなぁー

くちゃくちゃっと髪の毛を撫でて照れ臭そうにハニかむ。
ちょこっとだけ見せた照れ笑いに、なんかあとからじんわりと嬉しさ感じる母でした。

ん〜・・・本当に、嬉しいです。
この幸せな時間が好きです。
お産がしんどくて産後の経過がどうであれ、この入院中の穏やかな時間が私はとても好きです(ご飯しなくていいし!)

なんと言えばいいのか、時間の流れが日常とは違ってる気がして、どんなに寝不足でも心が折れない(家でもこーならいいのに!)

私が陣痛で病院に行ってから実家にお泊まりだった息子さん。
ちょっと熱を出したりお腹がユルくなったり、体調壊してたので、側に居てあげられなかった分余計に病院で顔を見ると優しい気持ちになったりしてね……なんか私お母さんみたい//と思ってみたり。
(まだまだ、現在でもお母さん年齢5歳ですけど)



そんな中、体調壊してたのは実は息子さんだけじゃなく…体調壊して、というか、娘ちゃんの黄疸が産後3、4日辺りからひどくなり、結果

高ビリルビン血症で1日入院。

毎日ペンみたいなピッとかいう機械で黄疸の数値を測って貰うんだけども、徐々に増えて白目まで黄色くなってきて。
入院ていっても、同じ病棟の別の部屋で1日謎の光を浴びるっていう;;素人にはよく分からない治療法。
なにやら、血液中のビリルビン?が増えすぎて黄疸が出て、24時間その光を浴びるとオシッコと共に排出されるらしい?
母乳の赤ちゃんには割りと黄疸が出やすいらしく息子さんももしかしたら入院?なんて言われてたなそういえば。

まぁとりあえず、その光を浴びてる光景が面白くて仕方なかったって言ってもいいですか!許せ娘!だって…

日焼けサロンかっ!

てツッコミたくなるくらいの小さな透明のカプセルに寝かされた姿がっ!!
布製?のサングラスをかけてて!!!
ちゃんとメガネ型をしていて!!!!

どこかで、必ず治るっていう自信みたいのがあったから夫婦で笑い合ったりできたんやと思うけど…ごめんね、笑ったりして;
でも元気に退院できた時はホントにホッとしたんですから、ウソじゃないです。
(; ̄▽ ̄)



そんな家事なし天国の入院生活も終了。
せっかくやからゆっくりしたら?と言ってくれた旦那と実家に甘え、長めにのんびり1週間の楽園生活。
娘ちゃんの入院もあり、思いがけず一人病室でゆっくりできたお陰で私も元気に退院でした。
息子さんも元気に帰宅でめでたしめでたし!



・・・と、思いきや、( ̄□||||!!



退院から2、3日過ぎた頃から私の体調激変。
あんなに順調そのものだった産後の経過が微熱に始まり、トイレで真っ赤な鮮血がポタリポタリと…!



生後10日の娘ちゃんを抱えて、病院の待合室でグッタリ。
なんだ・・・これは・・・

もうただでさえグダグダやのに微熱でフラフラするし、ホントならお母さんに娘ちゃん託してきたいところだけど、あいにく母乳しか飲まないし病院なんてどんだけ待たされるか分かんないし(T_T)



ぽじねがさーん、診察室にどうぞ。

娘ちゃんを助産師さんに預けて診察台へ。



・・・これはぁー・・・ちょっと残ってるねぇ。
ちゃんとしとかんと後が大変やから頑張ろかっ



(´д`|||)(´Д`|||)(´д`|||)

ナ、ナニヲガンバルノデスカ

もしや噂のガリガリ…
世にも恐ろしいガリガリ…



嗚呼・・・2度としたくない、あんな思いは…



はぁぁ〜・・・全身の力が抜けて手で顔をおおって、そんなこんなしてるうちにガチャガチャとなにやらの器具の音がして。

ちょっと痛いけど我慢やで。

麻酔もない、乗り越えるしかない、思わず腰が浮きそうになるのをハァ〜・・・と深く息を吐いてやり過ごす。

ハァーーー・・・う"

なんと表現できるのか、お腹の中を削り取られるあの感じ。
自分の体なのに決して触る事が出来ない領域を他人にガリガリされる感触がダイレクトに伝わってきて、痛くて痛くて痛くて痛くて…



今日はこれくらいにしとこうか、痛いもんな…
後はお薬でしばらく様子みよな。

どんなに優しく声かけられても、ガリガリした先生かと思うとなんか複雑;



・・・は、はぃ



涙声でやっと返事はしたものの、涙が勝手に溢れて何も見えず。
泣きじゃくった後の子供みたいな声しか出なくてそれは少し笑えた。

起き上がると診察台の下に1滴の血。
鮮やかに真っっ赤。

削られる感覚が甦って来て吐き気がする。
自分の子宮を体の外からぎゅっと押さえてみても痛みはない。
まだ変な感じが残って、なんかうまく言えんけど、出産てこういう事やねんな…て、なんとなく。

真っ赤な血の色。
命の色。

もし経過がまだ良くない様なら、今度は麻酔してもう1回ガリガリ…の予定が、なんとか頑張ってくれた私の体。

ありがとうおめでとう。
あんな思いは2度としたくない。



またこんな思いをするくらいならもう終わりにしたい。
3人目なんてもういらない。
診察台の上で本気でそう思った。
それくらいの痛みだった。

あれから3年。



少し赤ちゃんが恋しい。



ホントにホントにきっと前回よりツラい産後が待ってる、そう思うと足がすくむ思いだけど、つわりのツラさも忘れてないけど、あの小さくてあったかい愛しさが懐かしい。
少し大きくなって、少し手を放れていきはじめた2人が居るからこそ分かるいとおしさ。

今、年長さんになってしっかりし始めた息子が可愛くて仕方ないです。
素直過ぎてマイペース過ぎて、相手の気持ちを考え過ぎて何も出来なくなってしまうあたり少し心配だけど、今はそれでいいよ。
3歳の娘ちゃんが口うるさくママのまねをするから最近少し迷惑そうだけど(笑)お兄ちゃんが大好きだから許してあげて。



時々、とても叱ってしまうけど、1人になりたいな…て思ってしまう事もあるけど、ホントに心がぎゅっとするくらい大切に思う瞬間がたくさんある。
それは成長するほど増えているんじゃないかな。

それでもたまに忘れてしまう事もあるから、時々はここに来て少し思い出そう。



4月からはそんな娘ちゃんも幼稚園。
少しずつ離れていくなぁ・・・

7月3日の記 

2016年07月12日(火) 18時29分
急に暑くなった。

雨が降りだしそうな暗い空が続いていたのに、朝から蝉が、泣く。



1年ぶりの親戚のおじいちゃん達と、総勢6名になった0〜4歳の幼児達と。
こうして近所の坊さんの聞き慣れた声をただただ聞いてると、1年前の葬儀の事が本当に昨日の事みたいに感じられて。
よく言うけどホンマに昨日の事みたいやわ…な、おじいちゃん。

この家におじいちゃんが居ないなんて事、そんな事になったら、それが一体どんな状況でみんなどうなってしまうんやろか。
入退院を繰り返すようになって、実際おじいちゃんが家に居なくても、どうしてもまた戻って来る以外の想像はできなくて、それこそお母さんの介護の負担が減るから、もう少し入院が長引いてもいいとさえ思ってた。
少しずつ、愛車の軽トラをぶつけるようになり、つまずくようになり、頑なに免許を返還しなかったおじいちゃんが自転車にしか乗らなくなり、それでも田んぼにはまったり、こけて動けなくなっているところを近所の人 が助けてくれたりした。
おしゃべりも、家に友達を連れて来るのも好きだったおじいちゃんの口数が、その頃からほとんどなくなり、言いたい事があっても言葉が見つからずに怒る事も増えた。

脳梗塞だった。

小さな脳梗塞が、少しずつおじいちゃんから好きな事を奪っていった。

おばあちゃんのアルツハイマーは、良いのか悪いのか、その頃には一段落し、近所を探し回ったり物を投げたりする事はなくなってた。
でも、おじいちゃんの顔を見れば怒り出して…それに反論していたおじいちゃんもいつの間にかそれすらしなくなって、それは病気を理解したからとかそうすべきじゃないと悟ったからでもなく、ただもう本当に疲れてしまったというのが目に見えて分かるくらいで…
おじいちゃんの様子がおかしく思い始めたのはその頃から。
時々チグハグな話、コップを持とうとする手が宙を彷徨う。

まさかおじいちゃんまでおばあちゃんと同じ………お母さんと目を合わせて、お互いが言わなくとも何を考えてるのか分かる瞬間があった。
そうなれば、家族は確実に普通ではいられなくなるしそもそも家族だけでどうにかなる域は越える。

おじいちゃんはどんな事を考えてたんやろう。
脳梗塞による認知症も少なからずあったものの、おじいちゃん自身が一番恐れてたおばあちゃんと同じ病気にはならず…それが良かったのかどうかは私には分からんけど、心の中に思う事はきっといっぱいあったんやと思う。
めっちゃいっぱいあったんやと思う。
体の中にたぶんいっぱい詰まってて苦しかったんやと思う。
気持ちを言葉にできなくて、誰にも伝えられへんてどんなにしんどい事やろか。



今生きて見てる事も、死んだら私以外の誰も知らない景色で、自分の人生を知ってるのは自分だけ。それぞれ別の人生を生きてる。
時間は戻らへんし。
この時代の今に生まれてあの家に家族のところに生まれて、たまたまそうなって…私はいつどうやって死ぬか分からんけど、死んでも他の人生の点くらいで。
よく世界史と日本史のこことここの時代が重なってますよ的な、あんな横線みたいに重なりながらみんな何年もそーやって生きて死んで、生まれたこの時の過ごした時間しか知らんけど、ただただずっと続いてきたから自分が居る。
知らん間に生まれて死ぬまでに喜んだり悲しんだりして…死ぬ時に色々思う余裕があるかどうかは分からんけど、面白かったなとかもっと生きたかったなとか思って消えていくねんな。
私の歴史の横棒もいつの間にかもう新しい棒とは重ならなくなって、知らんやつばっかりになる。

こんなん当たり前でありきたりで昔からそうで、今さら分かってると思ってたって、身近な人が死んで居なくなってやっとホンマにそーやな…てジワッと体の中から感じる感じ。
死んだ後の事ごちゃごちゃ言うたって自分死んでんねんから、ておじいちゃんがお父さんによく言われてたな。
でも死んでからの事やからって、内心では思ってたって言わんといてよ寂しいから。

お父さんだって、まだうちの息子達の為にも生きてもらわなきゃ困る。



おじいちゃんが自力で動けなくなった頃、デイサービスでお世話になっていた施設の勧めでおばあちゃんは施設に入居、今もとても元気です。

このままではあなたが倒れるよ。

お母さんは助けてもらえたけど、持病を抱えたまま2人の介護に追われてたら、壊れてたのはきっと体だけじゃなかった。



おじいちゃんの葬儀の日、火葬場まで来たおばあちゃんは、もうおじいちゃんの事は分からんかったようで、私の顔を見てもすぐに目はそらされてしまった。
時々息子と娘を連れて会いに行っても、笑っているだけ怒っているだけ。
お互い話すことは…少なくとも私は毎回何も見つけられずにただ見ている事しかできずにいる。

おばあちゃんが死んだ時に、私は泣くのか。

発病してからの日々で散々泣いた。
あの時に、もうおばあちゃんは死んでしまったんかな、と思った事もあったな。



火葬場で、さっきまで寝ていたおじいちゃんが骨になって出てきた。
ただじっとその光景を見ていた息子が、帰り際に、

おっきいじいちゃん溶けちゃったの?
溶けて骨になったの?



人が死んで居なくなるって事、どんな風に感じてるんやろう。

夜中に、おじいちゃんが亡くなった事を知らせる電話があった。
我慢できずに泣きじゃくる母の肩を抱いて、

しんどいの?
元気なるように、いっぱいお手伝いしてあげるからな。



親バカかもしれませんが、優しい息子だと思っています。

息子よ、強くないと、人に優しくはできないのだよ。


祝!復活(?) 

2016年05月22日(日) 23時41分

しばらくご無沙汰中の間に、すっかり文章力が衰えた。て、前がなんぼのもんやねん!
いざ、またちょこちょこ更新しようかなーなんて思ってみても、なんか、何をどー書いてたんかサッパリ…しかも子どもの事とか夕飯のおかずの事とか、そんな事くらいしか書く事思いつかんというね………

まったく、知らぬ間に時が経ったよ、ばあさんだよ。

時が経ったといえば、ついった、なんてもう自分を探せなかったよトホホ。
いつが最後のつぶやきだったのかさえもはや永遠の謎です。
私、消えました。

みんなーどこ行っちゃったのー
おーい (o・ω・o)ノ

プロフィールとか古すぎてわろた。
じいちゃん死んじゃったよ。
そうさ、時が経ったよ。



…いろいろあったよ。
そんなこんなでまたしょーもない事でも書こう。

かな、
消えてません。私。
P R
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:ぽじねが
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 職業:自営業
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息子と娘がおります、これでも2児の母。
最近は子育ての日々、好きだった音楽や映画からは少し離れぎみ…ブログからも離れぎみ…;
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