雄一育成日記62 

September 24 [Mon], 2007, 11:01








小さいころから、そう、物心ついたころから、

彼はいた。

隣の家の、弟分。

初めは、女の子かと、本気で思っていたけれど、

始めて一緒にお風呂に入ったのは、保育園のときだったと思う。

そのときはそんなに感じられなかったけれど、

彼が中学生になったとき、

一緒に温泉旅行にいった。

家族ぐるみでいったんだとおもう。

その時は、目のやり場にこまった覚えがある。

彼が中学生で、俺は高校生だったはずだ。

彼が高校生になったとき、俺は大学生、医大生になっていた。

高校生のときの彼は、非常に危なっかしかった。

男子校だった。

その中でも、彼はひときわ目立っていた。

小学生のころ、中学生のころは、彼に近づく、よからぬ輩を影でつぶしていた。

高校生になって、田口が現れた。

田口はよく彼のそばについていた。

大学生。

彼は教師を目指して教育学部へと進んだ。

そこで現れたのは、亀。

高校・大学ともに、一緒にいてくれる仲間が増えた。

もう彼は一人じゃない。

一人じゃない。

そして、念願の、就職。

しばらくして、現れたのが……












「バカ犬」

「………」

「俺は、竜也のことを昔っから知っとる」

「………」

「一人が嫌いなことも、暗闇が怖いことも、よーく、わかってるつもりや」

「……だから、だからなんだって言うんですか…。それだったら、たっちゃんのそばにはあなたがいればいい。わざわざ、それを言いにきたんですか?」



満月が、今はかげっている。

こいつと冷静に話をするのなら、今しかない。

今は、目の前の犬は、泣きそうな表情を、浮かべていた。




「あなたがいればいい。俺はたっちゃんのそばにはいられない。





だいたい、恋人なら、どうして今まで一人にしたんですか…」









恋人、


そう勘違いしているであろう、この犬は、


俺のことを殺してやりたいというような目つきで睨んでいた。













「恋人や、ないねん」








恋人やったら、

よかったんやけどな。


雄一育成日記61 

September 23 [Sun], 2007, 7:59







さよなら











そういった。

ここで、俺は哀愁ただようつつ窓からひらりと飛び降りる、ちょっとかっこいい男、

を、演じるはずだった(なんだそれ)





動けなかった。





がっちりと、

俺の体を背中から抱き締める。

そんな愛しいご主人様。

これ以上、俺の心をゆさぶるの?





行かないで…

そうやって、泣きながらご主人様は言葉をもらした。

でも俺は迷惑をかけてしまったから。

これからだって満月の夜は、また訪れるでしょう?

今は月が雲で隠れてるからいいけれど、

満月の光をじかにあびると、俺は凶暴化するんだよ。

だからそばにはいられないんだ。

わかってくれ。

振り向いて、おもいきり抱き締めたかった。





どくん

どくん

どくん





たっちゃんの心臓の音が背中を伝って俺の心臓にひびく。











「雄一がいなくなったら、俺はまた一人になっちゃうよ…」











俺だって…






一人になんか、してくねぇよ…。








「家でも学校でも一緒にいれるのに…いきなりいなくなるなんて…」









頼むから、これ以上俺の気持ちをゆさぶらないでくれ。











それに、俺は気性が激しいんだ。

狼だから。

アナタが好きすぎて、まわりが見えないんだ。

暴力行為だって、

あなたのためだったらやってしまうんだよ。

社会には、どうしても適応できない。





「…ごめん、たっちゃん…俺…」











「竜也の言うとおり、やで」











やけに透き通った声が響いた。









「亮ちゃん…」


「………」


「よ、バカ犬。話は聞いとる」





声に振り向けば、

錦戸さんが、

入り口に寄りかかって、

じっと俺を見つめていた。


雄一育成日記60 

September 22 [Sat], 2007, 9:55


とりあえず、感情的になって飛び出してきたものの、

雄一がどこにいるか、なんてわかるはずもねぇ。

亮ちゃんはどこを探してんだろ?



雄一が犬ではなくて、狼、否、狼男と呼んだほうがいいのか?

今日は満月。




俺が、上田の親友の赤西くんを演じているのは、きっと今までも、これからもかわらないと思う。

俺はずっと上田が好きだった、らしい。

小さくため息を吐き出した。

だからこそ、だ。

だからこそ、雄一が、どうしても、許せなかった。

満月の夜で、暴走してしまったのは仕方がないことかもしれないけれど、

たっちゃんをおいて、いなくなってしまったこと、が。

上田を置いて、消えたこと、が、



どうしても、許せない。




つかまえるまで、

気がすまない。




「どこほっつき歩いてんだよ、バカ犬…。」





小さく、呟いた。

雄一育成日記59 

August 01 [Wed], 2007, 9:43

「雄一…?」



俺が話しかけると、にこっと笑った。

いつもの雄一の、笑顔だ…。

「雄一…」



もう一度。

名前を呼んだ。



さらっとした髪の毛と、前よりもやや大きくなった耳と尻尾が風でゆれる。




「あんまり見ないで」



小さく呟いた。

なんで?と俺は言葉を返す。




「今、満月の夜なんだ。俺牙もあるし、耳も尻尾も、普通の可愛いイヌじゃねぇよ」



暗くて、表情はよくわからなかったが、

悲しそうな声だった。



「あやまりにきたんだ…






俺、たっちゃんにひどいことしたしさ






けじめつけときたくて…」





やめてよ、

もう二度と会えないみたいな言い方…。


笑って、頭を撫でてよ…。


もういなくならないでよ。



喉まででかかった言葉が、出ない。

声が出ない。

これは、あの夢?

夢の続きなの?


亀のほうを見た。

やっぱり寝息のリズムはくるっていない。

静かに寝続けている。


雄一がそっとまでから部屋の中へと入ってきた。

体が近寄る。

近寄る。

30センチメートル

20…

15…

10…



目の前には雄一の顔が、



反射的に目を閉じた。



唇に触れた熱は、現実か?

夢なのか?




「さよなら」






待って…

お願い待って…

ずるい、

こんなふうにしてでていくなんて…。



動け


動け



俺の体



お願い



動いて!

雄一育成日記58 

July 01 [Sun], 2007, 9:32
夢を見た。

俺はおいかけていた。

泥水の中を一生懸命走っていた。

背中をおいかけていた。

俺は叫んだ。



「―――ッ!」



でも声がでないんだ。

背中は振り向かず、俺から離れていく。

暗闇の中一人になる。

一人が怖かった。

暗闇を、俺が怖がる理由を、彼は何も聞かずにそばにいてくれた。

どこまでも、大事な存在になっていた?

雄一が、化け物だって、なんだっていいよ。

最初はびっくりしたよ。

でもそれでも俺は、構わない。

だからお願い…

居なくならないでよ。

オムライス食べたいよ。

どこに行くの?

雄一は俺から遠ざかっていく。

俺は泥水の中に埋め込まれていく。

沈んでいく…

追いつけない。

腕を伸ばしても届かないよ。

光がさしたような気がした。

目の中に、光が飛び込んできたような気がした。

そこで、俺は目が覚めた、んだと思う。

起きたときは、汗でぐっしょりなっていて、亀も隣で静かに寝息をたてていて、

あぁ…そばについていてくれたんだ。

少し安堵する。

さらっと風が頬をなでた。







風?






ひゅうひゅうと風の音が耳を通り抜ける。

何で部屋の中で風がふいてる?







夢の中で俺を照らした、光。

俺を照らしたのは月明かり。





「たっちゃん」




窓辺にすわっているのは、

まぎれもなく、






「雄一?」





だった。

雄一育成日記57 

June 06 [Wed], 2007, 19:57



「あの二人はさ、バカだから」

「亮ちゃんも赤西も頭はいいよ…亮ちゃんにいたってはお医者様なわけだし」

「そうじゃねぇよ。竜也バカってこと。あの二人はたつやばかなの」


亀ちゃんの言葉に、なにそれと小さく言葉をもらした。


二人が出て行ってから、小一時間ほどが過ぎた。

こんな広い市で、雄一を見つけられるはずがない。

何も考えずに出て行った二人。

聖が淹れてくれたお茶にそっと口をつける。


「考えすぎても仕方がないから、少し休みなよ、ね?」


田口がやんわりと頭を撫でてくれる。


確かに、亀ちゃんの事件からずっと起きっぱなしで体力のない俺には辛いことだった。


少し、甘えさせてもらおうか。


「うん…ごめん、ありがと」


田口に客間を一室借りて布団に丸まって床についた。


鍵をしめた窓が、かたかたと音をきざむ。

風が、強いんだろうな、今日は…


よほど疲れていたのか、それから意識がなくなるのはすぐだった。

雄一育成日記56 

June 05 [Tue], 2007, 18:01



その日は忙しかった。

田口の家に全員で集合して、皆で手伝って早めに仕事を終わらせて…。

そして集まったのは居間のソファ。

集まったメンツは、俺、亀ちゃん、赤西、亮ちゃん、田口に聖だ。

実質、雄一と会ったことがない人も何人かいるが…。

聖が飲み物を運ぶ中、はじめに沈黙をやぶったのは、亀だった。


「田口…そろそろ…」


田口に話すことを促すように亀は言葉をとざす。

またしばらくの静寂がおとずれた。

時計の針が動く機械音がいやに胸に響いてうるさかった。


「俺は上田くんや亀梨くんの話でしか、彼のことは知らない」


ようやく、田口が口を開いた。


「皆は、ウェアウルフとかルー・ガルーとかって聞いたことあるかな?」


…?

田口の口から、よくわからないような言葉が出て、よくわからなくて、俺を含め全員が眉間にしわを寄せている。

聞いたこともない単語に戸惑うばかりだった。


「日本語に訳せば、人狼って言われてるね。」

「人狼…って…狼男ってこと?」

「近いよ上田くん、限りなく近い」


人狼の話を出してきた田口に、俺は不安気な表情を向けた。

かまわず田口は続ける。


「これは迷信に近いものがあるけど、人狼の血筋を持つ一家があるって聞いたことがあるんだ。人間が狼に変化するっていうタイプと狼が人間に変化するっていうタイプがあるみたいでね…。彼がどっちなのかは…」

「待って…待ってよ…。そもそも人狼ってなんなの?」


不安で不安で、たまらなくて、田口の次の言葉を聞きたくなかった。

だから話をそらした。

亀ちゃんが心配そうで、悲痛そうな表情を浮かべる。


「人狼というのは、狼の血を持った人間のこと。または人間に変化した狼のこと。満月の夜は、興奮して凶暴化するし、まぁ満月じゃなくても月は興奮剤になるんだけれど…狼は自分の物ときめたら誰にも譲らない特性がある。」




満月の夜…



今日は、満月だ…。




「亀梨くんを襲ったのも…」



やめて。



「上田くんが最初に襲われたのも、自分の物が取られたからだ」




涙が出そうだった。


「まだ、雄一が人狼って決まったわけじゃないんでしょ?」

「亀梨くんが爪でやられてる。切り裂かれた傷だね。本人も雄一君だったって…」


田口の言葉に唇をかみ締める。


「上田……」

聖が心配そうに、困ったような表情を向ける。

亀ちゃんも、

田口も……。


「涙、ふけよ」


聖がハンカチを手渡してくれる。

いつの間にか涙はあふれていたようだ。




ガンッ




大きな音が響いて俺はびくっと体をこわばらす。



「……ふざけんなよ」



赤西が、おもむろに、テーブルを蹴りつけたのだった。

その表情からは、怒りが見てとれる。


さっとソファから立ち上がるとポケットに手を突っ込み、玄関へと向かう赤西。


「お前、どこ行く?」


亮ちゃんが落ち着いた口調で背中から声をかけた。



「雄一んとこ。探し出してぶん殴る」



ちょっと待って…と声をかけようとしたが、その前に亮ちゃんが口を開いた。



「奇遇やな。俺も同じこと考えとったわ」



静かに立ち上がる亮ちゃん。



「待っ……」



二人をとめる言葉は、見つからなくて、ありきたりな言葉しかでなくて…

結局とめることはできなかった。



二人が出て行ったあと、生ぬるい風が頬を撫でた。

まるで嫌なことが起こる前の静けさを感じるようであった。


雄一が人間じゃない…?

狼男だって?


そんなの嘘だ…。

雄一育成日記55 

June 04 [Mon], 2007, 18:57



月明かりが差し込む、アパートの自室に、三人でソファに腰掛けたまま沈黙が続く。

亀の傷は思ったよりも浅かったようで、もう流れていた血液はぴたりと止まっていた。



「………そろそろ話せ」



そこで初めて口を開いたのは、亮ちゃんだった。



「………手を出すな」




亀の口からは、よくわからないような言葉が出てきた。

手を出すな。

不気味に頭の中でその言葉が繰り返される。


「その言葉を後ろから囁かれたかと思ったら、いきなりズバッとね、やられちゃったってわけ」


胸騒ぎがする。

嫌な予感がする。

亀は言いにくそうに口を開いた。


「たっちゃん、落ち着いて聞いてね」


「うん……」









「雄一は人間じゃない」









何を言っているの?


理解しがたい言葉、けれどなんとなく予想はしていた言葉に涙が出そうだった。



亀を傷つけたのは、

雄一だっていうの?

雄一育成日記54 

May 05 [Sat], 2007, 16:50


「亀ちゃん!」


亀ちゃんから連絡を受けてから、その場所へと走った。

亀ちゃんがへらっと笑い、こちらにむけてひらひらと手をふる。

その腕の付け根には鮮血が見えた。

彼のそばにしゃがみこみその腕に手をやる。




「痛…ッ」




じっくりとしめった部位は、切り裂かれたような傷で覆われていた。

亀ちゃんの表情は、その苦痛に歪んでいる。

すぐにその表情は笑顔にかわったけれど。

亀ちゃんは、精一杯の笑顔を浮かべた。



「たっちゃん、泣くなよ」

「でも、だって…その傷…」

「泣くなって。大丈夫だから」



ふわりと、傷ついてないほうの片腕で抱きしめられる。

路地裏の壁に寄りかかり、片腕はぐったりと下げている、傷ついた亀ちゃんを保護するどころか、自分が抱きしめられてなだめられている、なんて情けないんだろう。




「何が、あった。」


今までずっと黙っていた亮ちゃんが、寄りかかっていた壁から体を起こして、

静かに口を開いた。



月明かりが、静かに路地裏に入り込んでくる光景が、不気味だった。

雄一育成日記53 

April 01 [Sun], 2007, 18:00

「なぁ、竜也」

「…なに…」

「なんか怖いことあったん?」

「……べつに、ないよ。ただ怖い夢を見ただけ。亮ちゃんは心配性すぎなんだよ」


もう日も暮れて、すでに夜になっていた。

亀ちゃんからなんとかなだめてもらって、洋服も着替えて、少しだけ落ち着いた。

亀ちゃんは、雄一を探しに行くといったまま戻ってこない。


そこへ、亮ちゃんが現れた。

にしきどりょう。

彼は、小さいころ、近所に住んでいたお兄さんだ。

大学時代のころも、よく遊びにきてくれたりしていたから、亀ちゃんもよく知ってる人。

俺が教師になるって言ったときも、ものすごく心配してくれた人。

窓から差し込む月明かりがいやに幻想的で、まるでさっきの出来事が嘘みたいだった。

亮ちゃんの胸に軽くもたれかかったまま、時間は刻々とすぎていく。

雄一のことは、話していない。

さっき、襲われたことも、話していない。

夢だったらいいのに。

さっきの出来事が。

すべてが、

夢だったならば……



「なぁ、竜也」

「なに…」

「今騒がれてる都市伝説、知ってるか?」

「しらない。興味ないから」

「怖いだけやろ」

「しらないったら」

「まぁまぁ、元気ないようやからはなしたるわ」

「べつにいいってば」



月明かりの激しい、こんな夜は、

注意したほうがいい…。



「どうして?」



人ではないものが出てくるよ。



「何それ…」



亮ちゃんの大きな手が頭の上で揺れた。

昔から、この大きな手に撫でられるのが好きだった。

本当のお兄さんみたいに、安心できて、

本当の家族の、嫌な思い出を忘れさせてくれるような、そんな力を持っていた。



「月明かりが、激しい夜は、出るんやで」

「幽霊…?」

「いや…」








そのとき、犬の遠吠えが静寂に響いた。












「狼男や」










亮ちゃんの言葉に、一瞬不安を感じたその瞬間、大きな音が鳴り響いた。

携帯の音だ。



携帯のカバーを開くと、暗い部屋にディスプレイの光がさした。

ディスプレイには、『亀梨和也』の名前が映し出されていて、俺の不安は頂点に上り詰めたのだった。