ビデオテープ 

2008年05月08日(木) 22時20分
俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。

それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにぐれた。
親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。

俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・

病室のベットの上にお母さんがうつってた。

『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。 今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』

10分くらいのビデオテープだった。

俺、泣いた、本気で泣いた。
次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカにされるくらい勉強した。

俺が一浪だけどマーチに合格した時、
親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。

また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。

俺また泣いちゃったよ。
父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた
俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。

お父さん、お母さん、ありがとうございます。

昨日の明日 

2008年05月04日(日) 19時32分
君 が 「 死 に た い」

そ う 思 っ て 

過 ご し た 一 日 は

昨 日 「 生 き た い」

そ う 思 っ て必 死 に 願 い な が ら

死 ん だ 人 達 の 明 日 な ん だ よ


暖かい 

2008年04月20日(日) 8時59分
フランスに、一人の日本の留学生がいた。

彼が留学したのは、第二次世界大戦が終結して間もなく、日本がオリンピックに

参加することもままならなかった頃のこと。
 
彼が最初に訪れた下宿先では、彼が日本人と分かるや否や断られた。

「夫の弟がベトナムで日本人に虐殺された。あなたには何の恨みもないが
この家に日本人をいれたくないのです」

その後住居は定まったが、貧しい学生生活を送ることになった。

彼は大学から少し離れたレストランで毎週土曜は夕食をとった。

そこは若い娘と母親が営む小さな店で、パリの雰囲気を漂わせていた。

彼は「今日は食欲がないから」などと言いながら、いつも一番安いオムレツを注文
した。


ある夜のこと。通い慣れたそのレストランで、娘さんが黙ってパンを二つ出した。

パンは安いので、会計の時にそのまま支払うことにした。

食事がすみ、レジの前で二つ分のパンの料金を払おうとすると、他の客に分からないように人差し指を口にあて、目で笑いながら静かに首を振り、一人分の料金しか受け取らなかった。

彼は、かすれた声で「ありがとう」と言った。

それ以降、いつも半額の二人前のパンが出た。

何ヶ月か経った冬の寒いある晩。

彼は無理に明るく笑いながら、オムレツだけ注文した。

店には他に二組客がいたが、どちらも暖かそうな肉料理を食べていた。

その時、店のお母さんの方が湯気の立つスープを持って近寄ってきて、

震える声でそれを差し出し、小声でこう言った。


「お客様の注文を取り間違えて、余ってしまいました。よろしかったら
召し上がってください」


小さい店だから、注文を取り間違えたのではないことくらい、よく分かる。

目の前に置かれたどっしりとしたオニオンスープは、ひもじい彼にとって

どんなにありがたかったことか。

涙がスープに落ちるのを気づかれぬよう、彼は一さじ一さじ噛むようにして味わった。

記憶 

2008年04月20日(日) 8時56分
不妊に悩む女性がいて、やっと子宝に恵まれた。

子どもが二歳になり、いろんな言葉も覚えた頃に

「お母さんのお腹の中のこと、覚えてる?」と聞いてみた。


「おかあさんのとこだけだれもならんでなかったから、ぼくがならんであげたんだよ。」

床で死を待つ人へ 

2008年04月20日(日) 8時54分
もしも、このまま私が死んじゃったら、

この目をパパにあげる。

そうしたら、ママとキスするときに、もう困らないでしょ。

耳は、アメリカの偉い人にあげて。あの、いつもテレビに出てくる人。

 遠くで誰かが泣いている声が、ちゃんと聞こえるように。

この足は、歩けない人にあげて。

 その誰かがステップを踏む音が、ママとパパに聞こえるから。
 
このお口は、歌いたがってる人に。

 そうしたら、その人は心を込めて歌うでしょう。 

死んじゃった赤ちゃんを抱いている人にかもしれない。

それか、床で死を待つ人へ。
この腕は、私は持って行けないの。

 地球儀の端から端をつなぐために、

きっと必要としている人がいるから。

生きること 

2008年04月19日(土) 22時22分
赤ちゃんが、生まれたときに泣き叫んでいるのは、

生まれてきたことを嘆いているんだよ。

生きることは試練なの。

生きて、死んで、生きて、死んで。

それを十分に繰り返した魂だけ、

もう繰り返す必要がない魂だけ、

試練を終わることができるんだよ。

だから赤ちゃんはこれから始まる試練を

嘆いているの。

一回だけでも、思ったことがあるかもしれない。

どうして、良い人が早く死んで、悪い人が長生きするのか。

大人になるにつれて、その答えは消えていくの。

大人はただの理不尽と思うかもしれない。

でも、赤ちゃんは当たり前のことだって思ってるんじゃないかな。

良い人が早く死ぬのはご褒美なの。

「あなたはもうこの試練は終わりました」

とか

「あなたはもうこれで、すべての試練が終わりました」

とか

言われるんだよ。きっと。

逆に悪い人が長生きしているのは罰なの。

だから長寿の国「日本」は悪い人ばっかじゃん。

嫌だね。

無理に自殺して早く死んだ人は、

「あなたはまだ試練を終わってません」

って言われて、地獄とかで罰を受けてたりして。

天国は試練をちゃんと終わった魂が、ちゃんと休むところ。

次また試練があるだなんて、考えさせてもくれないくらい、

休ませてくれるんだよ。

でも、これはただの想像なの。

本当か嘘かもわからないただの想像。

試練中の私が考えたただの想像なの。

試練が終わったあと、どうなるのかは、

私の想像不足。

本当だったのか、嘘だったのか、

確かめれる日は来るんだろうか。

アレックスのレモネード 

2008年04月18日(金) 21時24分
アレックスは、小児ガンで8歳しか生きられなかった女の子。

でも、その短い中でアレックスは大きなものを残していったんだよ。

病院で出合った同じ小児ガンで亡くなった子との約束。

「一緒にガンをやっつけよう」

アレックスはその約束を果たすためにレモネードスタンドを開店した。

たまったお金は小児ガンの研究費に寄付するために。

それが全米に広がり、アレックスが亡くなった今も6月12日はアレックスのレモネードスタンドデーになったの。

そんな中でアレックスが残していった言葉。

”When life gives you lemons, just make lemonade。”
人生がすっぱいレモンをくれるなら、それで甘いレモネードをつくればいいの


たとえつらくても、それを変えればいい。

アレックスが残したものはとても大きいよ。

同じガンで苦しむ人がいなくなれば、天国にいるアレックスも笑うよね。

天国のアレックスがまたとびっきり笑顔で笑えますように。

ぷろふ
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