洗脳日記序奏 

December 01 [Thu], 2005, 20:04
ちょっと前に、あるひとのHPで、
「異宗教同士では、ヘンな教えとかについて、信者同士はお互いどう思い合っているのか」
っていうのがあった。

このAという宗教では、こういう馬鹿な教えを信じているが、
そのAの信者達は、Bというまた別の変な宗教の事を、どう思っているのだろう、
「馬鹿じゃん。そんな教え信じて」と思っているのか
それとも
「お互いカワリモノの教祖を持って苦労しますね」とかって理解し合ってるのか
どういう気持ちか聞いてみたい。
というようなことだったと思う。

彼ら信者は、
きっと、自分の盲信している教えは正しくて、
その他の教えは「馬鹿じゃん」って思ってるんだ、と、わたしは思う。
なぜなら。
彼らは、脳みそを細工されているから。つまり、洗脳されているから。

大体において、宗教とかに流れる人って、
半端なく辛い思いや、物足りない思いをしているのだろうし、
宗教の教えの80%くらいは
まっとうで正しい(と、いうか、ごくアタリマエの事)を教えていると思うし。
そういうことをふまえれば、専門家(宗教の)にとって、洗脳なんて簡単な事だと思う。

我々一般の者から見ると、とても不可思議な教え。
しかし、信者にとっては、
きちんと筋立てがあった上で、コレハコウイウモノダと思っているのだ。
だから、信じることこそが自然で、信じないことは不自然なことなのだ。
Aという宗教の信者の前に、別のBという宗教の教えが突然あらわれても、
突拍子もないなあ、と思うだけだろう。
Aにとっては、Bは、スジダテがないから。
だから、一般人が、その宗教の教えを訝しがるのと、まったく同じように
AはBの教えを訝しがるだろうと思う。

洗脳された人を「悪い意味で素朴」とか、いうひともいる。
(まあそれは確かにそうなのだけど。)
でも、その科学的技術?を知ると、そうとだけも言えないかもしれない。
スゴイと思う。
その威力。

洗脳。
実は、わたし、されたことがあるのです。
別の意味で、オモシロイ体験をしました。

洗脳日記@(美味しいブランド食品) 

December 01 [Thu], 2005, 20:10
ジャズダンス仲間の友達の家へ鍋をしに行った事がすべての始まり。
ちょっと浮世離れしたところのある、かわいい子。
最近新しく習いに来たので、あまり深く彼女のことは知らない。
彼氏と同棲しているというので、
もうひとりのジャズダンス友達と4人で鍋を囲むことになったのだ。

鍋は、ものすごくおいしい。
美しいまっピンクの豚肉と、野菜たち、牛乳に玉子。
すべて同じブランドだという。
大手デパートにも入っているヤマ○シという団体。
牛乳パックには、
「10日間で怒らない人になります」とかなんとか書いてある。
合宿のお知らせ。農作業合宿の様だった。

その当時、わたしはリストラで会社を辞めたばかりだった。
退職金と失業保険で、ちょっとした退職成り金だったし、
暇を持て余していたわたしは、農作業に興味が引かれた。
彼女らが強引にすすめるでもなく、促してくれたこともあり、
行くことに決める。

さっそく、牛乳のパックに書いてある所へ連絡すると、
合宿に行く前に、大阪にある支店へ来い、ということだった。
まあ、行く前から、少し宗教くさいなあ、という気はしたが
とりあえず、その指定された場所へ向かう。

事務所にいた、わたしと同じ歳くらいの、かんじのよいオンナノコが相手をしてくれる。
彼女は人当たりよく、ニコニコふにゃふにゃとしていた。
なんだか、人が集まり、畳の部屋に通される。
いきなり、ギターを持ち出し、「じゃあ歌おうか!」とヒトリの男が叫ぶ。
えっ?ええっ?!まじですか?という間もなく。
皆20代くらいであるだろう彼らは、円陣になって、輪になって歌い出す。
歌は宗教じみたものではなく、フツーのフォークソング系。
ジョンレノンの曲とか。
愛だの友情だのの歌。
気恥ずかしく、身悶えしそうになった。思いっきり引いていると、
彼らは、一曲歌い終わる度に、口々に「いい歌だなあ〜」「感動する〜」などと言いだす。
おかしい。へんだ。

洗脳日記 A(ナナメ目線で入り込むのも面白いかも) 

December 01 [Thu], 2005, 20:21
「合宿に行けば、歌えるようになるよ」と笑顔で言われる。

この時点では、もう、あーこれはヤバいなあ、と思ったものの、
この合宿に、ナナメな目線で入り込むのも面白いかも、と思えてきた。
こんな機会、めったにない。
宗教潜入10日間。
芸の肥やし?になるかも。
危険と思う心より、ここを覗いてみたいという好奇心に負けてしまったのだ。
ほんとに10日間いたら、怒らない人になるのか?
帰ってきたら、ほんとに照れもせず、ギターの前で歌えるようになるのか?
あの、ふにゃふにゃニコニコムードは一体なんなんだ?!
当時のわたしは、仕事を辞めて急に得た暇さに、あきあきしていた、というのも大きい。

友達や元同僚には、
農作業と宗教体験してくるから、もし
わたしがヤバくなってたら、目をさまさせてね!などと
ヤバい場所に進入することを、まるで冒険家のような誇らしさで言いまわる。
そして、いよいよ。
合宿に望む。

洗脳日記B(予備知識がないまま合宿へ) 

December 01 [Thu], 2005, 20:23
合宿場は、三重にある。
電車を乗りついで、どんどんどんどん田舎へ分け入る。
そばには、本拠地でもあるヤマ○シ村がある、というは後で知ることになる。
どちらにせよ、ほとんどその団体に対して、予備知識がないまま、合宿に望んだのだった。

合宿場所は、さっぱりとした清潔なつくりの建物。
とても大きな座敷の部屋(村の集会所を思わせる)に、通される。
50人ほどの男女、やや男性の方が多い、の参加者が一堂に集められている。
平均年齢は40半ばくらいだろうか。
20代くらいの人が、わたしのほかにオンナノコ2人、オトコノコ1人。
30代の男性が数人、で、あとはもう40代以上のひとばかりだろう。
少し、みんなの顔が険しい様に思える。

そりゃそうか。
みんな、内容も聞かされず(そう、聞かされない。合宿の内容は他言無用となっている)
参加者同士だって、どこまでヤマ○シに侵された信者か分からない。
第一、知らない者同志、ひとつの部屋に急に押し込められても、
そうそうなごやかなムードに、なる訳がない。
おまけに。
いい年した大人が、平日に仕事を休んで、しかも大枚はたいて、こんな合宿に来るなんて。
きっと、ワラをもすがる気持ちのはずだ。
とても深刻な悩みや問題を抱えてる者が、大半だろう。
退職成り金で、暇をもてあました、ナナメな目線のわたし以外は。

洗脳日記C(驚くべき注意事) 

December 03 [Sat], 2005, 6:45
それにしても。
みんな軽装だなあ。
おばさんとか、スカートはいて農作業すんだろか?
わたしは、パンツばかり持ってきた。
さすがに、初日の今日は、ジーンズでなくて、
スーツ系パンツ?首に黒のスカーフとかしてるけど。
・・・そんなしゃれっ気は、今日からしばらく必要なくなることを、まだ、分かっていなかった。

ヤマ○シの世話役が登場。
驚くべき注意事を言い渡される。
・時計、金品、化粧品、タオル、没収(あとで、きちんと返す、とのこと)
・10日間の間、世間と一切の連絡を禁止する。電話も駄目。
・この大部屋で、男女50人が寝起きする。
・ふとんは、ふたり一組で。ただし、女子同士のペア。ペアは毎晩変える。
・勝手に外に出たり出来ない、自由行動時間がない。

これで、ひとりでいる時間がまったくの無となる。
これがいわゆる洗脳手順、その1の、感覚を揺さぶる、なのだ。

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感覚を揺さ振る→価値観を崩壊→新しい価値観を流し込む→その価値観を固める
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もちろん、こんなこと当時は知るよしもなく、帰宅後本を読んで知る。

洗脳日記D(スゴロクのゴールは、「ヤマ○シの信者」) 

December 03 [Sat], 2005, 6:46
ヤマ○シは、建前上、教祖がいない。
と、いうか、一応宗教ではない、ということになっている。
ヤマ○シの村人達、数人が、我々参加者の
世話と指導(指導とは思わせない様な巧妙な操作、というべきか)をするのだ。

あとから知った事だが、ヤマ○シに関わる人は、ほとんどすべて、
この合宿の洗礼を受けている。
逆に言うと、今回の合宿の参加者は、まだヤマ○シにあまり深く関わっていない人ばかりだ。
もっというと、参加者は、まだ洗脳を受けていない者ばかり。
参加者の多くは、家庭内外に、深刻な問題を抱えており、
ふと知り合ったヤマ○シの関係者に、強引に合宿行きを進められたのがキッカケのようだ。
つまり、参加者はほとんどみんな、ココロの中に空きがある。

●「研鑚」に始まり「研鑚」に終わるヤマ○シ。

畳の大部屋の真ん中には、ヤマ○シの村人一人が座っていて、彼を囲むような形で参加者は座る。
まるで、カゴメカゴメのような形で、村人を参加者が囲んで座るのだ。
参加者が少ない場合は1重に村人を囲むようだが、
今回は50人いることもあり、村人の周りを2重の円を作るようにして座った。
それが、彼らの言うところの「研鑚」をする場合の基本体制。

「研鑚」というものを通じて、村人は、ヤマ○シの考えを、参加者に流し込む。
これはかなり巧妙で、参加者は「自分でその答を導き出した」と感じる。
それが、この宗教の(わたしは、あえて宗教だと言い切ります)大きなポイントだ。
他の宗教は、教祖の教えを信じる事が基本だろうから、この点が大きく違うだろう。
ヤマ○シは、細かい道筋を計算して、参加者が「自分で導き出した」ように、感じさせる。
この合宿は、巧く作ったスゴロクのようなものだ。
スゴロクのゴールは、「ヤマ○シの信者」。
それが、「救い」。

洗脳日記E(「考えて下さい。怒りとは何ですか」) 

December 03 [Sat], 2005, 6:47
合宿一日目。
化粧品から金品、時計まで没収されて、不安気な参加者達。
「研鑚」の名のもと、村人を囲んで座るも、空気が重い。

村人からお題を出されて、皆で意見を出し合うのが「研鑚」だという。
参加者は、手を挙げ、村人に指名されてから発言をする。
まるで子供の頃やった、学級会での会議のようだ。
はじめてのお題は「怒りとはなんですか」だった。
村人はそのお題を、何度も何度も繰り返す。
「怒りとは、何ですか」

しばらくすると、数人が手を挙げはじめる。
一人が指名されて、答える。
「ええっと、頭に血がのぼる事です」
村人は、それを聞き、静かに繰り返す。
「考えて下さい。怒りとは何ですか」

参加者は、色々な角度から、色々な言葉で、「怒り」を表現してみる。
どんな完璧と思える怒りの説明をまくしたてても、
村人は、感情のこもらない顔で、ただただ繰り返す。
「考えて下さい。怒りとは、何ですか」

そのうち皆、具体例を出すようになってくる。
会社の上司が理不尽でムカツク(←これはわたし)とか
子供が頭の手術したばかりなのに、他人に殴られた とか
自分の弟の結婚を反対したばかりに、弟がヤケになって交通事故を起こして
両足切断する事になってしまった とか
これこれのせいで不幸が重なった とか。
・・・まるで、人生相談のようになってきた。
感極まって、泣き出す人も出てくる。
でも、ここは、相談所ではない。
なぜなら、村人は「考えて下さい。怒りとは何ですか」と繰り返すだけだからだ。
どんな重い体験談を聞いても、何の反応をするでもなく
淡々と同じ言葉を繰り返す村人。

洗脳日記F (アタマニモヤガカカル) 

December 03 [Sat], 2005, 6:47
重い空気が場を包む。
時々、数分のトイレ休憩が用意されているものの、
何時間も何時間も、その問いが繰り返される。
長時間かけて、この合宿所に来た参加者は疲れきっていた。
知らない土地。知らない人々。不可思議な村人。先の見えない不安。時計もない。
一体いつまでこの無駄な問答が続くのか。
参加者も、だんだんとイライラしてくる。
やっきになって、村人をやりこめようとしても、無駄だった。
具体例を出しても無駄のようだ。
泣き出したり、わめき出したり、この場を逃れようと、
やみくもに謝り出す人まで出てくる。

絶望感。
なぜ、こんなツライ時間を過ごさなくてはいけないのか。
精神的疲労と、身体的疲労。
参加者は、皆顔が疲れきっている。
それでも、村人は、数時間前と変わらぬ表情で、
「考えて下さい。怒りとは何ですか」と続ける。
考えて考えて考え続けなくては。
答を出さない事には、10日間このまま、眠らせてもらえないのかもしれない。
しょうがない。考えよう。考えなくては。

ずうっと考えていくと、
「怒り」というのは、自分の中の問題のように思えてきた。
わたしが怒ったから怒った。
「怒る相手がいても自分が怒らなければ、怒りは起らなかった。怒ったのは自分が悪い」
おおっ?わりと優等生的な答えなんじゃないの?
これで、村人は納得してくれる?
そうおもったけど、やっぱり村人の答は同じだった。
「怒りとは何ですか」
ああ・・・
苦痛の為、涙が滲んできた。
頭が、痛い。
頭が、まわる。
アタマニモヤガカカル。

何時間たったのだろう。
「怒り」についての研鑚は、唐突に終了する。
つかれ切った我々は、男女50人が同じ部屋に寝る事や、
二人一組(同性どうしで)で同じ布団で寝る事の理不尽さも忘れて、
倒れるように眠りに就いた。

●ここまでの、ヤマ○シの狙いは、
 悟ったり自己反省することでなく(まあ、それもあるかもしれないが)、
 同じ事を疲れたアタマで考えさせて、
 「感覚を揺さぶる」事でなのだと思います。

洗脳日記G(合宿所でのスケジュール1) 

December 03 [Sat], 2005, 6:48
合宿所での基本的なスケジュール、流れを説明してみようと思う。

1.起床 
  ヤマ○シの基本姿勢は、
  「自分、あるいは皆で考えて、決めて実行する」ということになっている。
  彼らの発言は、(言葉上では)命令は、一切ない。
  だから、村人は「やってみましょうか」等と言って、
  それを行動を促す言葉に代える。
  起きる時も、村人が、「起きましょうか」と言う。
  かといって、寝続けていられる雰囲気ではなく、
  「やってみましょうか」という問いかけにも思える言葉は、
  イコール「やりましょう」「やりなさい」なのでは、ある。
  このあたりもズルイというか、「自分で考えて行動した」かのように思わす
  カラクリのひとつで、あると思う。

2.身支度
  二人一組で寝たふとんを、ふたり一組で、やはりかたずける。
  毎日寝る人は変えるので、
  10日の間で9人の人間と同じふとんに寝ることになる。
  近くで寝るといこう行動は、親近感を強く感じるように思う。
  隣で寝るだけでなく、男女50人が同じ空間で寝起きするのだから、
  最終日には、参加者同士は、かなり近しい気分になったのではないだろうか。
  ヤマ○シの基本理念は、「みんなが家族に」なので、狙い通りといえよう。

  化粧品は没収されて、「やめてみましょう」(=ヤメロ)と言われているので、
  身支度は、みんな、早い。
  あと、着替える時は、もちろん男女は別々の場所で。

3.ラジオ体操
  朝の冷たい空気が気持ちいい。
  ほとんどマイニチ、部屋の中に監禁されている状態なので、
  その開放感は大きい。
  普通、人は、強制されたラジオ体操を、張り切って出来るものなのだろうか。
  わたしは、なんだか、張り切るのが照れくさくて、
  最初はきちんと出来なかった。
  でも、日が経つにつれ、キビキビバンバンと、頑張るようになる。
  その理由は、開放感のせいか?ヤマ○シズムにのせられたせいか?
  ・・・両方あるだろうと思う。
  最初のうちは、皆、時計がないのをすごく気にして、
  ラジオ体操の時間だから6時半頃ではないか、とか
  あれは、録音されたものだから、アテにならない、
  とか推理をしたものだった。
  そのうち、誰も時間なんて気にしなくなっていく。

洗脳日記H(合宿所でのスケジュール2) 

December 03 [Sat], 2005, 6:50
4.朝食
  「家族」がテーマなものだから、男は「お父さん」と呼ばれ、
  女は「お母さん」と呼ばれる。
  皆でコテコテコテと協力し合い、ばくばく食べる。
  食事作りは、ヤマ○シの村人たち。
  世話役とはまた別の、オボコイかんじのひとびと。
  オボコイかんじのオンナノコなんかが、一所懸命作ってくれて、
  野菜も肉も取りたてなので、すごく美味しい。
  これは、合宿活動の強力な繋ぎとなっているはずだ。
  これに関しては、我々はヤマ○シに、否でも好印象を抱いてしまうだろう。
  もちろん、これすらも、彼らの作戦のひとつだ。

  それにしても。
  「嫌な事は、自分の中にあるので、嫌がらない」というような考えの反面、
  「うれしい事は、とことん、五臓六腑に渡ってまで、表現する」ようなので、
  ごはんのときは、村人はうるさいうるさい。
  「美味しいなあ!!」「美味しいなあ!!」と何度何度も繰り返すのだ。

  たしかに、美味しいものを美味しいというのはいい。
  いいのだが。
  普段ぶっちょう面の村人が、「美味しいなあ!」を連発するのを聞くと
  心臓を捕まれたように、ドキリとする。
  どこか、金太郎飴的な、型っぽい感想に思えるのだ。
  いや、多分、洗脳されきっている彼らは、ココロの底から感激して
  「美味しい」と言っているのだろうが。
  巧く表現できないが、そこはかとない違和感や、居心地の悪さが感じられる。

5.掃除
  いくつかのグループに分かれて、
  台所、和室、洗面所、トイレなどを掃除する。
  やるべき事、・・・例えば和室なら、窓拭き畳掃き、
  畳カラブキは指示されるものの、
  手順や、誰が何をやるか、などは、
  グループ内で「研鑚(相談)して、やってみましょう」ということになる。
  最初こそ、困惑するものの、より作業効率の高い作業をする為
  皆活発に意見を出し合うようになる。
  で、手早く綺麗になる方法を編み出したりすると、
  それなりにうれしく、感激してしまう。
  「皆で、考えて、実行して、良い方へと向かう」
  実はこれこそが、ヤマ○シズムの基本であるのだ。
  ああ、乗せられてる乗せられてる・・・。